夕ご飯はパンケーキ!?北欧の「がんばらない」子育てから私たちが学べること
先日、東京二子玉川蔦屋書店で、あるトークセッションが行われました。ファシリテーターの長田杏奈さんと、スウェーデン在住の翻訳家久山葉子さん、北欧書翻訳家の枇谷玲子さんによる、それぞれの著書を軸にしたブックトークです。テーマは、『待機児童がいない北欧に学ぶ ママの自尊心を削らない子育て、どうする?』。北欧の社会背景・リアルな子育て事情から、私たちが子育てに生かせるヒントを探ります!
スウェーデンでは「子育ては夫婦2人でするプロジェクト」
自身の著書で「女性が健全な自尊心をはぐくむことを応援したい」と述べる長田杏奈さん。北欧事情に詳しい2名をゲストにこのイベントを開催したのも、長田さんが「親子の自尊心をはぐくむヒントが、北欧の子育てにあるのかもしれない」と感じたからだそう。
長田さん(以下敬称略):まず、久山さんがスウェーデンに移住したきっかけを教えてください。
久山さん(以下敬称略):働きながら出産、娘を都内の保育園に入れて職場復帰したのですが、その職場復帰が大変で……娘はしょっちゅう病気になり私は欠勤、職場でもだんだん肩身が狭くなり……あるとき、私自身が肺炎で倒れてしまったんです。そんな状況を見た夫が「東京から離れて暮らそう」と言い始めて。急な提案に「えー!?」と混乱しましたが、行き先は学生時代私が留学していたという理由でスウェーデンに決まり、ドタバタのなか移住しました。2010年に移住して当時1歳だった娘も今年で小学校5年生になりました。
長田:その体験をもとに、移住先のスウェーデンでの保育園事情や子育て事情をつづった一冊が『スウェーデンの保育園に待機児童はいない』ですね。
久山:はい。私はスウェーデンで新たに職探しをしなければならならず本当に大変でした。まさに「失業者状態」の中、申し込みから4カ月以内に保育園に入れることが就職活動中の人にも保証されていたことには今でも本当に感謝しています。行ってみて本当に実感したんですが、働いている女性がほとんどというスウェーデンは「社会で子どもを育てる」という感覚が当たり前だったんです。
枇谷さん(以下敬称略):私も出張で北欧に行くことがありますが、北欧のパパと話していると、パパだけどなんだかママ友と話しているような感覚。育児の話題が普通に男性とできるんですよね。
長田:私は趣味で北欧ミステリーを読んでいるんですけど、70年代の作品ですでに男性女性が半々で家事や育児を担っているという背景が描かれていて、驚きました。
久山:そうなんです! 育児にも男女の役割がなくて、「子育ては2人でするプロジェクト」という意識が浸透しているんだな、とつくづく感じます。
保育園のころから「子どもの権利」を教え込む教育
長田:保育園での教育にも日本との違いがありましたか?
久山:一番の違いだなと私が感じたのは、スウェーデンの保育園では、男の子だから、女の子だから……という言い方をしないことです。そして、基本は褒めて育てること。「人間には全員同じ価値がある」という言葉も頻繁に耳にしました。気づいたのですが、実はこれ、長田さんの著書のなかで「生きているだけで美しい」と長田さんが女性に向けて語っていることと、すごく通ずるものがあるなって思ったんです!
また「子どもの権利条約の日」というものがあり、子どもたちは「すべての子どもには同じ価値がある」ということを保育園で学んでくるんです。そして誰かに叩かれたら先生に必ず言いなさいと教えられてくる。ちょっと叩いただけでも絶対にダメなんです。
枇谷:北欧は子どもへの暴力もきちんと法律で禁止されていますよね。あるときスウェーデン大使館で開催された体罰防止に関するセミナーの後の懇親会で、スウェーデンの子どもの人権保護団体の方から「1人目の子どもを育てていたころは子どもを叩いてしまうことがあったけど、1979年に体罰が法律で禁止され、社会も変わっていったことから、2人目、3人目の子は叩かなくなった。法律は抑止力になるんだ」というお話をうかがったことを思い出しました。
がんばらなくていい!?スウェーデンの夕ごはん
トークセッションが進み、ここでスウェーデンの食事が紹介されました。
長田:この写真、スウェーデンの食卓でおなじみのメニューなんですよね?
久山:そうなんですよ。まずは右上、薄いパンケーキにクリームとジャム! これ、おやつじゃないんです、これだけで1食。立派な夕ご飯(笑)。左上は冷凍の白身魚のフライと野菜。これで「今日はちゃんとお魚を食べた」ってなります。そして下が最近流行っているタコスでいくつか巻く材料を用意して、あとはくるむだけ。これがいちばん手が込んでいる料理ですかね。
日本の生協のようなシステムで、ミールキットを頼んだことがあるんですけど、パプリカを切るだけという料理に“パプリカボート”っていう立派な名前がついていてびっくり! そのくらいみんな力を抜いているんです。日本にいるときは、「1日30品目」つくらなきゃお母さんとして失格、みたいな感覚があったのですが、スウェーデンに行ったら少々手抜きでも「私がんばっているほうじゃん!」って思うようになりました。
またスウェーデンには、「ちょっと息抜きしてお茶すること」という意味の「フィーカ」という言葉があり、「一休み」することも大事にしています。こんなふうに息抜きしながらまわりとコミュニケーションを取る習慣もすごくいいですね。仕事もするけれど、家事を頑張りすぎない、自分や家族の生活に余裕があるのがスウェーデンの魅力だと思います。
スウェーデンの子育てに関するお話、いかがでしたか? 会場では「すべての子どもには同じ価値がある」と子どもの頃から教えていく話に深くうなずく人も多くいました。
次回は、思春期の男の子と女の子の心の葛藤を描いた『北欧に学ぶ 好きな人ができたらどうする?』を訳した枇谷さんを中心にインタビュー!北欧の本をヒントに思春期の子どもとのかかわり方を考えていきます。
(文・中島博子)
●Profile
翻訳家・教師・コーディネーター 久山葉子(くやま・ようこ)
1975年生まれ。『スウェーデンの保育園に待機児童はいない: 移住して分かった子育てに優しい社会の暮らし』(東京創元社)の著者。神戸女学院大学文学部卒。高校時代、交換留学生としてスウェーデンで学ぶ。大学卒業後は北欧専門の旅行会社やスウェーデンの貿易振興団体に勤務。2010年に夫と娘の家族3人でスウェーデンへ移住。現在はスウェーデン・ミステリ作品の翻訳のほか、日本メディアの現地取材のコーディネーター、高校の日本語教師などとして活躍している。
ライター 長田杏奈(おさだ・あんな)
1977年生まれ。『美容は自尊心の筋トレ』(Pヴァイン)の著者であり、このトークセッションのコーディネーター。女性誌やwebで美容を中心にインタビューや海外セレブの記事を手がけるライター。「儚さと祝福」をコンセプトに、生花を使った花冠やアクセサリーを製作する「花鳥風月lab」としての活動も行う。小学生時代、人生で初めて書いた長文がトーベ・ヤンソンのムーミン谷シリーズの魅力について。成長後は、北欧を舞台にしたミステリー作品にハマる。
翻訳家 枇谷玲子(ひだに・れいこ)
1980年生まれ。『北欧に学ぶ 好きな人ができたら、どうする?』(アンネッテ・ヘアツォーク 著、カトリーネ・クランテ、ラスムス・ブラインホイ 画)(晶文社)の翻訳者。 2003年、デンマーク教育大学児童文学センターに留学(学位未取得)。2005年、大阪外国語大学(現大阪大学)卒業。在学中の2005年に翻訳家デビュー。北欧書籍の紹介に注力している。