子宮頸がんワクチンに新しい動き。期待と迷いに揺れるママたちの疑問に医師でジャーナリストの村中璃子氏が答える
7月21日、9価の子宮頸がんワクチンが正式に承認されました。世界標準のこのワクチンを使うと、日本で起きているほぼすべての子宮頸がんを防ぐことが期待できます。『10万個の子宮 あの激しいけいれんは子宮頸がんワクチンの副反応なのか』の著者であり、子宮頸がんワクチンに関する科学にもとづく執筆活動が評価され、科学誌『ネイチャー』等主催のジョン・マドックス賞を受賞した医師・ジャーナリストの村中璃子先生に、子宮頸がんワクチンの現状を2回にわたって教えもらいます。ママたちの口コミサイトなどに書き込まれているさまざまな疑問についても、先生に答えてもらいました。
現在も子宮頸がんワクチンは定期接種で無料
Q 現在、国は定期接種の“積極的な勧奨”をやめていると聞きました。国がすすめないのはなぜですか?
A 国は接種をすすめていないのではなく、接種の通知をやめているだけです。子宮頸がんワクチンは2013年当時から今日までずっと定期接種のワクチンです。
「子宮頸がんワクチンを打つと、接種後に慢性の痛みやけいれんなどの症状が生じるとの報道がくり返され、“危険なワクチン”との誤解が広がりました。その声に配慮した政府は、積極的勧奨の停止、すなわち定期接種年齢の子どもがいる家庭に「ワクチンを打ってください」という通知を出すことをいったん差し控えることにしました。
この決定はどう控えめに見ても紛らわしく、「勧めていない」と誤解されてしまうのも無理はありません。
そのせいもあって、定期接種であるにも関わらず接種率は1%以下に下がり、世界きっての低さをずっとキープしていますが、その後、厚生労働省が実施した全国調査でも、そういった症状は子宮頸がんワクチンを打っていない思春期の女子たちや男子の間でも、ワクチンを打った女子たちと同じくらいの割合で起きていることが確認されています。
つまり、子宮頸がんワクチンのせいだと言われている症状とワクチンとの因果関係は認められないと言えます。
くりかえしになりますが、通知をやめたといっても、接種の推奨をやめたわけではありません。定期接種年齢の小学6年から高校1年(相当)の女の子は、このワクチンを無料で接種できます」(村中先生)
専門家の評価に耳を傾けて
Q 接種後に重症な副反応が出たという報道もあり不安です。“接種をせずに何十年後かに子宮頸がんになるかもしれない”のと、“接種をして副反応で日常生活を送れなくなるかもしれない”のとどちらかを選べと言われているようです。どう判断したらいいのでしょうか。
A 子宮頸がんワクチンは、がんから命と健康を守る大切なワクチンです。以前、テレビでもよく放送されていた痙攣する女の子や歩けなくなった女の子たちの映像はショッキングで不安になるのも無理はありませんが、重篤な副反応が出たというエピソードが、科学的にはどう評価されているのか、専門の医師や学術団体の判断、信頼性の高い学術調査の結果を知ったうえで判断しましょう。
「HPV(ヒトパピローマウイルス)は女性であれば一生に一度は感染するウイルスであると言われています。
大事なことは、“ワクチンの副反応”とされている症状が、ワクチンによるものであると証明されているわけではないという事実です。
最初にお伝えした厚生労働省が全国規模で行った調査もそうでしたが、2015年に中間解析が発表された、名古屋市内に住民票のある若い女性約7万人を対象に実施した調査でも、接種者と非接種者の間でワクチンの副反応をうたがう症状の発症率に違いはなかったという結果が出ています。
つまり、接種と接種後の症状には因果関係は認められず、ワクチンを“打った後”に起きている症状が、ワクチンが”原因“で起きたものと誤認されしまっていたことがわかります。
体も心も成長し、揺らぐ思春期。
あまり広く認識されていませんが、脳や神経に異常があるわけではないのに、からだの痛みが続いたり、痙攣したり、歩けなかったりといった症状は、思春期のすべての子どもたちに、場合によっては大人にも起こります。
子宮頸がんワクチンは世界180か国で使用され、世界80か国以上で定期接種となっています。WHOも「安全性と効果の高いワクチン」として強く接種を推奨しています」(村中先生)
子宮頸がんワクチンの効果
Q 世界で使わているワクチンと日本で使われているワクチンとでは効果が違うと聞きました。日本で使われている子宮頸がんワクチンの効果はどのくらいあるのでしょうか。
A 日本でこれまでに使われてきた子宮頸がんワクチンを用いれば、子どもを産み育てる年齢の女性の子宮頸がんの約90%を防ぐことができます。また、承認された、9価の子宮頸がんワクチンがを用いれば、日本で起きている子宮頸がんのほぼすべてを予防することができます。
「子宮頸がんを引き起こす“ヒトパピローマウイルス(以下、HPV) “には100以上の型がありますが、がん化しやすいのはそのうちの数種類。ワクチンに含まれている型の数によって、たとえば4種類の型のHPV感染を防ぐものであれば“4価ワクチン”、9種類のHPV感染を防ぐものであれば“9価ワクチン”といったように表現します。
これまで、日本で使われてきたワクチンは2価と4価のワクチンだけでした。従来のワクチンを使っても、20代から40代に多い子宮頸がんの約9割を防ぐことが期待できましたが、承認されたばかりの9価ワクチンを使えば、年齢を問わず、日本で起きている全子宮頸がんの約9割を防ぐことが期待できます。
これでやっと日本の子どもたちも世界標準のワクチンで命と健康を守られるようになったわけですが、9価ワクチンが定期接種として無料で接種できるようになるまでにはまだ少しだけ時間がかかりそうです。無料で接種できる定期接種年齢のお子さんを持つ方は、定期接種の期間を逃さないように接種を始めましょう」(村中先生)
Q ワクチンの効果はどのくらい続くのでしょうか。
A 世界の専門家の間では30年間は持続すると考えられています。
「世界で子宮頸がんワクチンの接種が行われるようになってから、2020年で14年目になりますが、現在でも、最初に打った方々の間で十分な抗体価が保たれ、子宮頸がんを予防していることが確認されています。
子宮頸がんワクチンの作り方はB型肝炎ワクチンとほぼ一緒です。B型肝炎ワクチンの抗体価も30年は持続することから、専門家の間では、子宮頸がんワクチンの持続期間もだいたい同じくらいであると考えられています」(村中先生)
お話・監修/村中璃子先生 撮影/西川節子 取材・文/まえだみのり
次回も引き続き村中璃子先生にママたちの疑問に答えてもらいます。
村中璃子先生 (ムラナカ リコ)
Profile
医師・ジャーナリスト
一橋大学社会学部出身、北海道大学医学部卒。京都大学医学研究科非常勤講師。WHOの新興・再興感染症チームの勤務を経て、現在は医学と社会学のダブルメジャーで執筆や講演活動を行っている。2017年、科学誌『ネイチャー』等主催のジョン・マドックス賞を、日本人として初めて受賞。2018年、初著書『10万個の子宮 あの激しいけいれんは子宮頸がんワクチンの副反応なのか』 (平凡社刊)が世界的に注目を集める。