麻酔科医に聞く! 出産や産後に使われる麻酔って?麻酔の赤ちゃんへの影響は?
妊娠・出産・産後の過程で、意外に使われる機会が多い「麻酔」。妊娠中に麻酔を意識することは少ないかもしれませんが、実はだれにでも使われる可能性があるものなのです。今回は、妊産婦さんに使われる麻酔について、産科麻酔を専門としている麻酔科医の先生に聞きました。
麻酔はどんなときに使われる?
産科麻酔という言葉にはなじみがない妊婦さんが多いかもしれませんが、妊娠中から出産時、産後まで、麻酔が使われることは多々あります。主なケースを具体的に紹介します。
【妊娠中】
身体に負担がかかる胎児のための検査や、羊水検査、胎児治療をするとき。妊娠中にケガや病気をした場合。
【出産時】
経腟分娩時に会陰切開をするときや会陰裂傷の縫合のとき。無痛分娩のとき。帝王切開のとき。
【産後】
産後の出血が多い際、止血をするとき。帝王切開の産後のママの鎮痛のため。
上記以外にも、妊娠前、不妊治療の体外受精で採卵の手術をする際も麻酔を使います。これらのすべてを含んでいるのが「産科麻酔」です。施設によって麻酔科医がかかわる部分に違いはありますが、どんな妊婦さんでも麻酔をする可能性が高いこと、産科麻酔が身近にかかわっているものだということがわかるのではないでしょうか。
妊娠中・出産時に使われる麻酔とそのほかの手術に使われる麻酔はどう違う?
無痛分娩や帝王切開などの出産時に使う麻酔は基本的には局所麻酔です。妊娠していない人に使う麻酔薬と基本的に違いはなく、行っている手技にも違いはありません。ただ、妊婦さんに使用する場合は、細心の注意を払っています。なぜなら麻酔をしている対象者は、妊婦さんだけではなく、そのおなかの中には赤ちゃんがいるからです。
一般的に妊婦さんは麻酔薬が効きやすいため、使う量を調節したり、薬の濃度を調節したりしています。たとえば、無痛分娩の場合は、下半身の痛みはとりつつも、ママがいきんで赤ちゃんを産み出す必要があります。麻酔薬を使うことで、薬が効きすぎて下半身が動かなくなれば、分娩の進行を妨げてしまいます。つまり、痛みの感覚はとるものの、運動の機能は残しておかなければならないのです。一般的な痛みをとるための麻酔よりもさらにデリケートな処置が必要になります。
また、帝王切開でも局所麻酔を行うことが多いですが、さまざまな理由から全身麻酔を行うこともあります。全身麻酔の場合は、麻酔薬が胎盤を通しておなかの赤ちゃんに移行する可能性があるため、量を調節しながら慎重に行っています。
妊婦さんに麻酔を使うとき、医師が気をつけていること
麻酔科医とは、麻酔を専門に扱う医師のこと。そのなかで妊産婦などの産科麻酔を専門としている麻酔科医がいます。産科麻酔専門の麻酔科医は、無痛分娩や帝王切開などの麻酔以外にも、妊娠中に行われる手術や合併症を持つ妊婦さんの分娩中の麻酔、胎児治療の麻酔なども行っています。
欧米では、産科麻酔を専門としている麻酔科医が産科病棟に常駐していることが多いですが、日本では産科麻酔専門の麻酔科医の絶対数が少なく、欧米のように大規模な施設にお産が集約化されていないため、産科医や麻酔科医、助産師などの医療スタッフが各施設に分散してしまっている現状があります。また、小規模の有床診療所(クリニック)での出産も多いことから、通常は、産科医自身で出産時の麻酔を行うことがほとんどです。
いずれの医師が行うにしろ、妊婦さんに麻酔を使う場合、ママにもそして赤ちゃんにも悪い影響が出ることがないように、麻酔の種類や量、麻酔中のママの体の状態に細心の注意を払っています。
また、無痛分娩では硬膜外腔にカテーテルと呼ばれる細い管を入れますが、そのカテーテルから投与された麻酔薬が確実に効いているかどうかも、常に気をつけています。その理由は、万が一、無痛分娩から帝王切開のお産に切り替わったとき、安全に手術を行うためです。
どんなお産でも何らかの理由で帝王切開に切り替わる可能性はあります。無痛分娩から帝王切開でのお産に切り替える必要が生じたとき、硬膜外麻酔が確実に効いていれば、無痛分娩の麻酔から、安全に帝王切開の手術のための麻酔に移行することができます。
麻酔を使ったときの赤ちゃんへの影響は?
無痛分娩や帝王切開での麻酔は、多くが背中から針を刺して硬膜外腔に薬を入れる「硬膜外麻酔(こうまくがいますい)」や脊髄を直接麻酔する「脊髄くも膜下麻酔(せきずいくもまくかますい)」という「局所麻酔」です。この方法の場合は、赤ちゃんへの影響はまずありません。
一方、局所麻酔に比べて割合は低いですが、「全身麻酔」を選択した場合は、赤ちゃんが眠くなったり、生まれたあとしっかり泣くまでに少し時間がかかったりすることがあります。でも赤ちゃんの成長を長い目で見れば、麻酔の使用はいっときだけのもの。それが赤ちゃんに生涯にわたって影響を与え続けることは考えられません。必要以上に心配しなくても大丈夫です。
麻酔を使った出産に後ろめたさを感じてしまうママも…
日本ではいまだに「出産はおなかを痛めてこそ」といった考え方があり、無痛分娩や帝王切開などで出産をしたママが後ろめたさを感じることがあるようです。でも最も大切なのは、ママと赤ちゃんが健康な出産であること。どんな経緯で、どんな方法で産んだかではありません。無痛分娩を選択すると「わがまま」「普通ではない出産」ととらえる人もいまだにいるようですが、欧米ではママが鎮痛を希望する場合、「医学的に禁忌でなければ鎮痛をすべき」という考え方が一般的です。
また帝王切開になると「普通に産んであげられなかった」と自分を責めるママもいます。でも、手術を乗り越え、赤ちゃんのためにベストを尽くしたことは、誇りに思っていいこと。どんな出産方法でも、赤ちゃんへの愛情は同じです。
赤ちゃんを産むのはママです。だれにも後ろめたさを感じることなく、出産方法を自由に選択できるような社会になっていくことが、産科麻酔を専門としている麻酔科医の願いです。
監修/一般社団法人 日本産科麻酔学会 取材・文/樋口由夏、たまごクラブ編集部
「妊娠・出産」をすれば、だれにでも「麻酔」をする可能性があります。産科麻酔専門の麻酔医の先生とは、通常の妊婦健診で直接話す機会はありませんが、麻酔に関して心配や不安なことがあれば、どんなささいなことでも産科医や助産師さんを通じて聞いてみてくださいね。
監修 一般社団法人 日本産科麻酔学会
1961年に妊娠・出産に関わる麻酔の研究会として発足。麻酔科医と産科医と助産師とが力を合わせて,妊婦さんと赤ちゃんを守るため、様々な情報発信も行っている。
松田祐典先生
PROFILE
埼玉医科大学総合医療センター 産科麻酔科 診療部長・准教授、医学博士・日本専門医機構認定麻酔科専門医、日本産科麻酔学会 広報委員長・ツイッター部部長
日向俊輔先生
PROFILE
北里大学病院周産母子成育医療センター産科麻酔部門、医学博士・日本専門医機構認定麻酔科専門医
田辺瀬良美先生
PROFILE
東京都立多摩総合医療センター麻酔科、医学博士・日本専門医機構認定麻酔科専門医
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