「私を見つけて!」ダウン症児の家族同士がつながるためのキーホルダーを作った母。予想を上回る大反響とありがとうの声【体験談】
愛知県に住む山口郁江さん(38歳)の長女、紗楽(さら)ちゃん(5歳)は、生後1カ月のときにダウン症候群(以下ダウン症)と診断されました。紗楽ちゃんを育てる中で、同じ境遇の人とつながりたいと考えた郁江さんは、ダウン症のある子の家族がつながるためのキーホルダー「ファインドミーマーク」を制作、配布を始めました。紗楽ちゃんの育児で感じたこと、ファインドミーマークの配布で広がった世界のことについて、郁江さんに話を聞きました。全3回のインタビューの3回目です。
同じ境遇のママを探した日々
生まれたときに紗楽ちゃんに鎖肛(直腸肛門奇形)があり、ダウン症のある子に多い症状だと知った郁江さんと夫の周平さん(40)。すぐに「娘を受け入れて、見守って、ちゃんと幸せにしてあげよう」と決意したそうです。
でも、そもそもダウン症についてほとんど何も知識がなかった2人は、「どんなことができないのか、どういうふうに育つのか、どんな行政のサポートがあるのか、症状の軽さ重さによってどんな違いがあるのか、など毎日検索をした」と言います。
「妊娠中から利用していたインスタグラムで、出産翌日に『生まれた赤ちゃんはダウン症かもしれない』と投稿をしたら、ダウン症のある子を育てるお母さんたちから連絡をもらえたんです。インスタでいろんな人とつながれて、ダウン症のある子の子育てについていろんなことを教えてもらえ、とっても心強かったです。
ただ一方で、今ダウン症を持って生まれた同じくらいの月齢の赤ちゃんを育てている人と、同じ状況で不安な気持ちを話し合いたい、という気持ちはすごくありました。そこで娘が入院している病院の先生に聞いてみても、個人情報だから教えることはできない、と。NICUの出口で面会後のお母さんに声をかけて、ダウン症の子を持つお母さんを探してみましたが、見つかりませんでした」(郁江さん)
ダウン症児の家族同士がわかる目印を作ろう
ダウン症などで生まれつき心臓に疾患がある子や低出生体重児で生まれた子は、2歳まで毎月シナジスというRSウイルスの予防薬の注射を受ける必要があるため、郁江さんは紗楽ちゃんを連れて毎月大学病院に通っていました。
そんなとき病院の待合所で「もしかしたらあの子はダウン症かもしれない」と気になる親子に出会っても、声をかけるのは難しかったそうです。
「ダウン症のある子の母になったからこそ知ったのは、もし『お子さんはダウン症ですか?』と声をかけてしまったら、『ダウン症に見えるんだ・・・』とダウン症と診断されている場合でも傷ついてしまう人もいるということです。インスタグラムで知り合ったママたちも、産後数カ月は『だれとも話したくない』『ネットも見たくない』と悩む暗黒期を経ていました。でも私はやっぱり同じ境遇の人と知り合いたい、だれか私を見つけてください、と当時はずっと思っていました。
あるとき、病院の外来でとてもすてきな夫婦に出会いました。その夫婦は娘の様子をじっと見ていたので、抱っこされている赤ちゃんはもしかしたらダウン症なのかな、と気になったけど、どうしても話しかけられなかったんです。帰宅後も『やっぱり声をかければよかった』とモヤモヤして。そのことをママ友に相談したら、何かお互いがわかる目印があるといいよね、という話になりました。それをきっかけに、『それなら私が目印を作ろう!」と、一念発起して、『私を見つけて!』という意味の『ファインドミーマーク』を作ることを決めました。
キーホルダー配布は予想を大きく上回る反響に!
郁江さんはそのあとすぐにキーホルダー制作に取りかかりました。2020年、紗楽ちゃんが2歳のときのことです。当初は50個ほど配布できれば、と考えていましたが、予想を大きく上回る反響がありました。
「ダウン症の特徴である染色体の『21トリソミー』と娘がモデルの『クマ』を合わせた『トリクマCLUB』を立ち上げ、キーホルダーのキャラクターは娘をモデルに私が描きました
2020年の大みそかにインスタグラムでキーホルダーの告知をして、2021年の元旦から無料配布を開始したところ、驚いたことにインスタのDMに200件もの依頼が来ました。その反響を受け、夫が個人情報のやり取りをできるようにセキュリティの高いホームページを作ってくれました」(郁江さん)
キーホルダーは、ダウン症のある子を持つ人1人につき1個を無料配布。このマークを知っている人たち同士がつながることを目的としています。制作資金はもともとは自分たちで負担をしようと考えていたのだとか。
「自費でやりたいと夫に相談したら『めちゃめちゃいいじゃん!自分たちの家計から出そう』と大賛成してくれました。ところが無料配布を始めたら、『支払いたい』と言ってくださる人がたくさんいたんです。でも、私は販売をするつもりはありませんでした。
そこで、賛同金という形で寄付をしてもらうことにして、配布開始から1年後にお礼として『フレンズマーク』の缶バッヂを作って賛同金を寄せていただいた方に配布することにしました。
今の活動は多くの方からの賛同金で成り立っています。『ファインドミーマーク』キーホルダーは活動を始めてから3300個以上を配布しました」(郁江さん)
ダウン症のある子の家族が早期に地域でつながれる場所「トリクマカフェ」
ファインドミーマークの配布を開始してから、1年を過ぎた2022年3月、郁江さんは友人たちとともにトリクマCLUBを法人化。そして、かねてからやりたいと思っていたダウン症のある子の家族が集まるおしゃべり広場『トリクマカフェ』の活動を始めました。
「ダウン症の子の家族が、気軽に集まっておしゃべりできる、行きつけのカフェみたいな場所を作りたくて『トリクマカフェ』という名前にしました。ホームページやインスタで告知して愛知県内の児童館でおしゃべり広場を始めてみたら、県内でも遠方から集まった人たちが『自分の地域でもやりたい』と言ってくれたんです。『じゃあ、支店化しちゃおうか』と、とんとん拍子に話が進みました。『カフェ』なので、名古屋を本店として、各地の支店で活動してくれる人を『店長』と呼んでいます。インスタグラムのストーリーに、そんな活動の様子をアップしていったら、県外の人たちもその思いに賛同してくれ、約1年で25カ所に支店が広まりました」(郁江さん)
各地のトリクマカフェは、月に1回リアルで各地の児童館などに集まって、おしゃべりや情報交換の場所となっています。
「この活動の目的は、ダウン症のある子の家族が、早期に地域でつながることです。各地のトリクマカフェでは、手当や支援の申請などの情報交換をしたり、日常的な困りごとの相談をしたり。地域で気軽に先輩ママたちに話を聞くことができます。毎月初めに、インスタグラムで各地の開催カレンダーを掲載しています」(郁江さん)
郁江さんは、ママと子どもだけでなく、家族みんなが集まる場所をめざしたい、と話します。
「障害や病気がある子のきょうだいを『きょうだい児』と言います。実は私自身も兄がおそらく自閉症なのできょうだい児といわれる立場でした。きょうだい児は、どうしても家族や親に相談できない、モヤモヤする思いを抱えることがあります。だから第三者と分かち合える場所、親でない人の支えや頼れる場所がある、居場所が必要だと思っています。パパ同士もつながり合えるように、名古屋本店では土曜日・日曜日の開催を多くしています」(郁江さん)
障害のある子や家族ももっと生きやすい社会に
これからの紗楽ちゃんの子育てで不安なこともあるけれど、かわいくてたまらない今の紗楽ちゃんとの時間を大切に過ごしたい、と郁江さん。
「心配なことはいろいろあります。来年は就学を考える時期。保育園では健常児の子たちのクラスですごく成長することができました。本人にとって、支援学校・支援級、どちらがいいのかと考えているところです。今はまだ年中さんなので、来年の6月以降に見学に行って決める予定です。
ダウン症のある子を育てる先輩ママに聞くと、小さいうちはかわいいいけれど、年齢が上がり第二次性徴を迎えて、体が大人になっていくといろいろと大変なことも増えるそうです。さらに支援学校の高等部を卒業して社会に出ることになったらどうなるのかという心配もあります。
ただ、今思春期の子を育てる先輩ママさんたちの話では、以前と比べて今はすごく育てやすい環境になっているそうです。以前は情報や支援を探すことも大変だったから、今はSNSでつながれるのはいい時代だよね、と言われます。だから、今後はさらに障害のある子や家族も、もっと生きやすい環境や時代になるといいなと期待しています」(郁江さん)
【川井先生より】先輩ママの存在と言葉はとても大切
先輩ママは子育て中のママにはなくてはならない存在です。でもハンディキャップをもつ子どもたちの家族は、先輩ママを見つけることが難しい・・・。医者に言われるひと言よりも先輩ママに言われるひと言のほうがずっと心に響くことも多いと思います。私たち医療者は体の面でサポートができても、家族の不安に寄り添えていないことが実際多いと感じています。
「ファインドミーマーク」の存在に助けられたのは、ダウン症の子をもつ家族だけではありません。私たち医療者が寄り添えない不安、家族が抱えている悩みを共有して、どうしたら解決できるのか、話すことができる場をつくってくださったこと、とっても感謝しています。
お話・写真提供/山口郁江さん 監修/川井有里先生 取材・文/早川奈緒子、たまひよONLINE編集部
トリクマカフェの活動を始めると、日本各地から「会える場所を作ってくれてありがとう!」と多くの反響があったのだとか。SNSでの情報交換はできてもなかなか会う機会がなかった人たちが、実際に子どもや家族同士で会って交流を深める貴重な場になっているそうです。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2023年7月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。
川井有里先生(かわいゆり)
PROFILE
新生児科医。島根大学医学部卒業。藤田医科大学医学部小児科学新生児グループ所属。小児科専門医、周産期専門医。赤ちゃんたちが楽しく過ごせるように毎日病棟スタッフとともに試行錯誤しています。家庭では3人の子育てに奮闘しています!