「事前に知っておけば、防げたのに…」と後悔しないために。妊娠前のカップルに知ってほしいこと【専門家】
生殖年齢にあるすべての人の健康を推進し、妊娠したい人には妊娠前の準備ができる「プレコンセプションケア」。医療施設でのヘルスチェックだけではなく、自治体や学校での教育活動も始まっていて、東京都が定期的に開催しているセミナー「TOKYOプレコンゼミ」も、その一つです。
妊娠前の悩みについて詳しい出産ジャーナリストの河合蘭さんが、TOKYOプレコンゼミ講師の三戸麻子氏(国立成育医療センター周産期・母性診療センター母性内科)に、これから妊娠したい人が知るべきこと、やるべきことは何かを聞きました。
東京都主催セミナーの参加者数は急増中
――「プレコンセプションケア」とは何でしょうか。
三戸先生(以下敬称略)「コンセプション」は「妊娠」を意味する英語ですので、「プレコンセプションケア」とは、もともとは妊娠前の健康状態を整え、健康な赤ちゃんを産むためのものでした。たとえば、妊娠したい人が十分にとるべき栄養素として葉酸があります。プレコンセプションケアは、歴史的には赤ちゃんと妊産婦さんの健康改善から始まったので、初期のプレコンセプションケアでは、このことを重視していました。葉酸が不足していると赤ちゃんが二分脊椎(にぶんせきつい)という病気にかかりやすくなるためです。
しかし今は、妊娠する・しないにかかわらず、すべての人の健康や幸せをめざしたものになっています。
――「TOKYOプレコンゼミ」について教えてください。
三戸 「TOKYOプレコンゼミ」では、妊娠したい人がとくに知っておいてほしいことを、医師が講義形式でお話ししています。東京都が妊娠・出産前の支援の一環として提供するものです。都内在住の18歳~39歳の人が受講対象です。これを受講した人は「AMH検査」、経腟超音波検査、精液一般検査等の助成金が申請できます。AMH検査は、卵巣に残っている卵子の在庫を調べる血液検査です。
TOKYOプレコンゼミは毎月1回開催していて、今年6月開催分までの申込者は900人を超えています。
――私も一度見学させていただきましたが、カップルで受講する人がたくさんいました。これは、妊活を始めようとしているカップルにとって、いいキックオフになると思います。
三戸先生 はい。1人でも、カップルででも受講できますし、会場に行きにくい場合は自宅からオンラインで受講することもできます。前半は産婦人科医が妊娠について医学的なお話をして、そのあとで私が毎日の生活の中で気をつけたいことを解説します。
――「妊娠の前に気をつけたいこと」は、妊娠するどれくらい前から実施すべきでしょうか。
三戸 理論的には受精の14週間前から取り組むといいと言われています。ただ、妊娠はいつするのかわかりません。ですから、妊娠したいと思ったら、すぐに始めてください。
受精卵は、親の胎内の環境に影響を受けます。赤ちゃんの臓器の中には、妊娠のごく初期に完成するものがたくさんあります。母親が妊娠に気づくころには、体のいろいろなことがすでに決定しています。
できることから、一つずつ実践していく
――妊娠したい人がチェックすべきことについて、正確なことを知る方法を教えてください。
三戸 国立成育医療研究センターで「プレコンセプション・チェックシート」というものを作りましたので、ぜひ利用してください。女性用と男性用があります。
これにはたくさんのことが書かれていますが、すべてを行なわなければならないわけではありません。できることから少しずつ、一つずつ取り組んでいってほしいと思います。実践の記録を記入していくことができる「プレコンノート」も作成していて、国立成育医療研究センターのウェブサイトからダウンロードできます。
感染症、薬剤の中の一部に、胎児に影響を与えるものがあることはよく知られているでしょう。でも、実はそれだけではなく、こんなにたくさんのことが妊娠に影響しているということをわかっていただけると思います。
――日本人がとくに注意すべきポイントは何ですか。
三戸 適正体重のことが、もっと知られてほしいです。
日本女性は「やせ」願望が強く、これが体重が2500gに満たない「低出生体重児」の増加につながっているのではと心配されています。都内の女子大学生調べたところ、標準体重以下の「やせ型」に分類されている人が全体の3分の1をしめ、さらに全体の8割が「もっとやせたい」と思っていたという報告があります。
低出生体重児で生まれた赤ちゃんは、ただ小さいだけではなく、高血圧や2型糖尿病のリスクが高いことがわかっています。栄養を十分にとらない母親のおなかでは赤ちゃんも栄養が不足し、赤ちゃんの体は、少しの食べ物でも生きていける「省エネ体質」になります。ところが実際に生まれてみるとここは飽食の世界なので、食べ過ぎと同じ状況ができてしまい、肥満や、上にあげたような病気を発症しやすくなるのです。
体重は適正体重の範囲にあるのがよく、やせすぎも太り過ぎもよくありません。体重は不妊症にも関係し、排卵障害が太り過ぎでは25%、やせすぎでは12%に起きるとされています。妊娠後にかかる妊娠糖尿病、妊娠高血圧症候群、帝王切開は太り過ぎで増加することがわかっています。
男性も、禁煙やワクチンをチェック
――男性にやってほしいことも、たくさんありますね。
三戸 喫煙は、女性は気をつけると思いますが、男性が吸う影響もはっきりとしています。また、受動喫煙も、自分が吸っているのと同じような影響があります。
喫煙の影響は、男女ともに不妊症の原因になります。流早産、妊娠合併症が増えるという報告もあります。こうした悪影響は、禁煙が早いほど、小さくなります。
生殖世代は仕事のストレスが大きい年代なので、心の健康にも気を配って欲しいと思います。女性と一緒に生活習慣病やがんをチェックもしてほしいし、感染症は家族内で伝染することが多いので、女性と同様に気をつけることが必要です。
――ワクチンについて教えてください。
三戸 風疹、水痘(水ぼうそう)、麻疹(はしか)、おたふくかぜは妊娠前にワクチンを打つことで妊娠中の感染を防げます。とくに風疹は、妊娠中に感染すると赤ちゃんが先天性風疹症候群になる可能性があります。まずは感染歴やワクチン接種歴を調べることになりますが、自治体によっては無料で抗体価を調べることができます。
ただしこれらは生ワクチンなので、接種後2カ月間は避妊する必要があります。ですから計画的に接種する必要があります。女性は、妊娠中は生ワクチンは打てません。
――「TOKYOプレコン」の受講者が、こうした知識を得てから卵子の在庫がわかる検査を受けに行くのですね。
三戸 TOKYOプレコンゼミではこちらが一方的にお話するだけで、しかも全部のことがお話できるわけではありません。ここはスタートです。今度は実際の検査値を前にして、一人一人の状況を把握したうえで、自分のプランを立てていくことになります。
でも、カップル同士だとなかなか話しづらかったりすることもあります。私はプレコンチェック外来という外来を開いて、検査とその結果もとにしたカウンセリングを行う外来を開いていますが、参加したみなさんが、そのような相談に乗ってくれる専門家に出会えたらいいと思っています。第三者である専門家が間に入って話すことで、その後のプランが変わったり、積極的に進んだりすることをあります。
「事前に知っていれば、防げた」ということがあります。ぜひ一度、リストをチェックしてみてください。
お話・監修/三戸麻子先生 取材・文/河合 蘭 構成/たまひよONLINE編集部
まだ不妊治療も始めていない、「妊娠したい」と考えている段階のカップルにとって、専門家に会える機会は限定的。その中にあって、プレコンセプションケアのセミナーは、気軽に参加できてとてもいい試みだと思います。全国の自治体に広がってほしいと思います。