夫の海外赴任を見据えて海外でも通用する名前に!決め手は”朝ドラ”と入院生活
アラフォーママで、ライターのNaho-momです。初めての妊娠は26歳のときでした。ワクワクドキドキしたあのころにさかのぼり、息子の名づけにまつわる思い出やエピソードをお話します。
2001年、新世紀ベビーの誕生を待ち望んで過ごす毎日
わが家の第1子は、2001年1月生まれの男の子です。“ミレニアムベビー”と同学年ということで、少子化傾向のなかでも出生数が増えた年でした。「受験や就職など苦労があるのでは」と心配はしましたが、それは仕方のないこと。
「名は体を表す」ということわざがあるのだから、どんな子どもに育てたいか?ということを考えようと思いました。そして、どんな困難な時代が来ても活躍できる人であり続けられるよう、素敵なネーミングをしたいと感じたのです。
海外でも通じる名前は?英語圏で親しまれる名づけに
私の夫の職業は商社マンです。職業柄、海外出張や勤務も多く、子どもが誕生してから海外生活をする可能性もありました。そこで、子どもの名づけに関して夫婦で話し合い、「海外でも通じる、みんなから親しまれる名前をつけよう」と決めました。
妊娠6カ月頃には、すでにおなかの子の性別が男子と判明していたので、名づけ本やインターネットを参考に、男の子の名前をいろいろと調べました。また、夫が海外赴任となった場合は英語圏での生活が考えられたので、英語圏で人気があり、かつ、発音しやすい名前を探しました。ちなみに、日本・海外で共通する男子の名前を挙げると、「タイガ」「ショウ」「ケント」「ジョー」「ジュン」など。確かに!と納得でした。
NHK朝ドラと、切迫早産での入院が名づけの決め手に
海外でも通じる名前をいくつか候補にあげていた我々夫婦。ちょうどそのころ、毎日欠かさず見ていた『私の青空』というNHK連続テレビ小説(朝ドラ)があり、大好きでした。このドラマのヒロインの相手役の名前が「健人(ケント)」といい、その名前に大変魅かれたのでした。
そんななか、妊娠7カ月目で「切迫早産」でまさかの入院生活に。絶対安静、点滴治療でベッドに寝たまますごすという生活が2週間続きました。正直とてもつらかったです。
この経験で、誕生するわが子には、「とにかく健やかに育って欲しい!」と感じました。そして、「健人」という名前をつけることに決めました。2001年1月、元気な男児「健人」が誕生しました。
「Kento」大人気!アメリカで幼稚園・小学校生活と現在
健人が6歳・幼稚園年長のとき、ついに夫の海外赴任がやってきました。赴任先はアメリカ合衆国です。名前においては……準備はバッチリです!アメリカでは、キンダーガーテン(幼稚園)とファーストグレード(1年生)の2年間をすごしました。
クラスで日本人はたった1人でしたが、クラスメイトや先生方みんなから「Kento」と呼ばれ、本当に充実した生活を送ることができました。海外生活に適応しようと一生懸命だった本人の頑張りももちろんですが、親しみやすい名前であったことも、アメリカ人のなかに溶け込め、楽しくすごせた要因だったと思います。
現在息子は高校3年生に。名前のとおりたくましく育ち、アメリカで影響を受けたバスケに夢中になっております。
息子は妊娠37週5日で生まれました。身長49.7㎝、体重3475gと大きく、健康で元気な赤ちゃんでした。我が子の名づけは、親になってから最初の責任ある仕事であり、嬉しい取りくみでした。名前は、両親から子どもへ贈る最初のプレゼントではないかと思います。「名は体を表す」というように、名前はその子の人生に影響を与えるものかもしれません。「こんな風に育って欲しい!」「こんな子になって欲しい!」という願いを持って、わが子を思い、楽しみながら名前を考えることができるなんて幸せでした。
[Naho-mom*プロフィール]
高校生男子、中学生女子の2人の子どもを持つアラフォーママでライターをしています。主婦業と子育ての傍ら、整理収納アドバイザーとしても活動中です。アメリカでの子育て経験あり。
※この記事は個人の体験記です。記事に掲載の画像はイメージです。