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難病「結節性硬化症」のわが子の育児で直面した「孤独」と「区別」。あらゆる子どもが一緒に過ごせる場所を作りたい!

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特集「たまひよ 家族を考える」では、妊娠・育児をとりまくさまざまな事象を、できるだけわかりやすくお届けし、少しでも子育てしやすい社会になるようなヒントを探したいと考えています。

病気や障害のある子どもと健康な子どもが、一緒に楽しむワークショップやイベントを開催している「ニモカカクラブ」。代表の和田芽衣さんは3人の娘を持つママで、第1子の結希ちゃんは生後9カ月の時に、難病に指定されている「結節性硬化症(けっせつせいこうかしょう)」と診断されました。
和田さんがニモカカクラブを立ち上げたのには、結希ちゃんの病気が判明してからの5年間に体験した、ある2つの出来事が大きく影響しています。その出来事とニモカカクラブに込めた思い、ニモカカクラブでの活動などについて聞きました。

監修/埼玉医科大学医学部小児科学教授 埼玉医科大学病院てんかんセンター長・山内秀雄先生

生後9カ月の時、体を前後に揺らす異様な動きを

現在、写真家として活動し、病気の子どもと家族の会「ニモカカクラブ」の代表も務める和田芽衣さんは、以前は心理士として病院に勤めていました。第1子の結希ちゃん(現在10歳)を出産して育休中だったある日、結希ちゃんの体の異変に気づきました。

「生後9カ月で初めてベビーチェアに座らせた時でした。お昼寝したばかりで眠くないはずなのに、居眠りするようにコクンコクンと上半身を前後に揺らし出したんです。正面ではなく、左前方にだけ傾くのがすごく気になりました。
左手に持っていたおもちゃもポトンと落として。それを見て、病院で働いていた経験から、脳の中で何かが起きているのではないかと感じました」(和田さん)

その様子を動画に撮り、夫に見せたところ、「てんかんの一種かもしれない」と不安な表情に。すぐに大学病院で検査したところ「結節性硬化症(けっせつせいこうかしょう)」という難病であることが判明しました。

「てんかんというと倒れるのをイメージする人が多いと思いますが、娘のように地味で、一見かわいくさえ見えるてんかんもあるんです。でも実は、これは薬がききにくい『難治性てんかん』と呼ばれる発作の症状だったんです」(和田さん)

結節性硬化症は、皮膚、神経系、腎、肺、骨などいろいろなところに良性の腫瘍ができ、さまざまな症状を引き起こす病気です。患者は人口1万〜数万人に1人の割合と言われていて、日本人全体で1万人ほどと考えられています。治療法はまだ確立されておらず、症状を抑える対症療法が中心です。

症状はてんかん発作や、言葉や読み書きなどの発達に遅れが出る(知的発達症)、人とうまくコミュニケーションが取れず興味が極端にかたよりこだわりがある(自閉スペクトラム症)、頭痛、お腹の痛み、血圧が高くなる、脈が乱れるなど、多岐にわたりますが、個人差がとても大きく、年齢によっても変化します。結節性硬化症と診断されたからといって必ず病状があらわれるとは限らず、何も問題なく一生を過ごせる場合もあります。

結希ちゃんの場合も、てんかんの他にどのような症状が出るのか、重度なのか軽度なのかもまだわかりませんでした。

誰にも会えず頼れず、孤独で過酷だった子育て

引きこもりの頃。

当時、和田さんは心理士として、病院でがんの子どもとその家族をケアする仕事をしていましたが、結希ちゃんの病気が判明し退職。埼玉県飯能市に引っ越してきたばかりで職場も離れ、知り合いが1人もいない中、初めての子育てと難病という厳しい状況を乗り越えなければなりませんでした。

「長女の病気が判明する3カ月前に、実母をがんで亡くしていたので、母にも頼ることはできませんでした。
乳幼児は頭が重いので、コクンコクンという発作が起きると机や床に頭をぶつけてしまいます。1日何十回と発作が起こることもあり、ほぼ1日中、抱っこかおんぶをしていなければなりませんでした。
また、薬は症状に合わせて調合されるため、娘の症状を細かく記録して医師に伝える必要もありました。『私がしっかり見ていなきゃ娘の命に関わる』というプレッシャーはとても大きかったです」と和田さんは当時を振り返ります。

精神的にも体力的にも辛く、同世代のママと話がしたくて、子育て支援センターなどに行ったこともあったと言います。

「でも、多くの子どもが集まる場には、たいてい1人や2人、咳や鼻水が出ている子がいます。たかがその程度のことですが、てんかんは熱でも誘発されると聞いていたので、これ以上病状を悪化させてはいけないととてもビクビクしていました。そういう危険を冒すくらいなら自分が我慢しようと、子育て支援センターも行かなくなりました」(和田さん)

結希ちゃんが2歳の時、次女を出産し、さらに心身ともに追い詰められていった和田さん。役所や病院、病児保育を掲げている施設など、あらゆるところに結希ちゃんのサポートを求めましたが、全てで断られたそうです。

「このままでは自分が潰れると思い、月にどのくらいのお金が使えるか計算して、夫に『ごめん、この金額だけは私のために使わせて』と相談しました。そして看護師の資格を持っていたり、てんかんの子を預かった経験のあるベビーシッターさんを派遣するシッター会社に頼ることにしたんです。
それがなかったら、あの日々を生き抜くことはとうていできなかったと、今でも思います」(和田さん)

病気や障害のある子は生きる空間が分けられる現実

結希ちゃんの病状は、幸い良い薬が開発されたこともあり、徐々に安定しました。その中で和田さんは、次第に結希ちゃんに集団生活をさせたいと考えるようになったそうです。

「子どもの成長には、親との関わりだけではなく、子ども同士の関わりが大切です。周りの子どもと関わる中で学ぶものはたくさんあり、結希もそういう環境が必要だと思いました」(和田さん)

3歳になる前から療育園やプレ幼稚園などに通わせ、子どもたちの集団に入る準備をスタート。年少さんになった時、幼稚園に入園の相談へ行きました。しかし、ここでもまた、通える範囲にある幼稚園全てで断られてしまいます。

「『てんかんの症状がある子どもには付き添いが必要で、人員配置上それをする余裕がない』というのが理由でした。その時感じたのは、病気や障害がある子はこんなに小さい時から区別されるんだ、ということ。こうやって、多くの人の目の前から消されていくことが、すごいショックでした。
もちろん、向こうにはそんなつもりも、悪気がないのもよくわかっています。でも現実に、生きる空間が分けられてしまうのです。目の前にいない人のことを、誰が気にしたり思いやったりできるでしょう。
地域の人たちの目の前から「消される」という事実がとても怖かったです」(和田さん)

その後、和田さんは中学の頃から趣味にしている「写真」を仕事にして開業。結果、共働きとなり、保育園に申し込みました。すると「保育士の加配」という制度から、介助の保育士付きで保育園への入所が許されました。
加配保育士とは、障害の診断を受けた子どもを対象に配置される保育士で、保育園や保護者からの申請に応じて配置されます。

「保育園の子どもたちは、娘を自然に受け入れてくれました。結希も他の子どもたちに囲まれて刺激を受けることで、二語文が増えていき、『あいさつ』もわかるようになりました。
言葉でうまく伝えられないとかんしゃくを起こすことがありましたが、次第に断片的な言葉を重ねて意思を伝えられるようになるなど、驚くほどの成長を見せてくれたんです。お友達や先生とのかけがえのない日々は宝物です。保育園に入れて本当によかったと思いました」(和田さん)

自分と同じ経験をする人がいなくなりますように

ニモカカクラブのワークショップの様子。ただただ同じ空間で遊ぶことを大切に。

基礎疾患や障害のある子どもと健康な子どもが一緒に過ごせる空間は、現在も多くはありません。「国や学校がそれを叶えるのが難しいなら、自分たちがやればいい」と思い、和田さんは2015年、「ニモカカクラブ」を立ち上げました。結希ちゃんが5歳の時でした。

「この5年間はほぼ引きこもりみたいな生活で、心身ともにとてもダメージが大きいものでした。私と同じような経験をする人がこの町にいなくなりますように、という気持ちでした。
また、同じような悩みを抱える同年代のママに会いたい気持ちも強くありました。なのでニモカカクラブは、『私はここにいるよ』と皆に知らせるための『のろし』でもあったんです」(和田さん)

「ニモカカ」とは、「〜にもかかわらず」という意味。「〜にもかかわらず笑う人」のことを、ドイツでは「ユーモアのある人」と言うとのことで、そこからとったそうです。

「そうは言っても、やっぱり辛いことは辛いです。だから『笑っていられたらいいけど、なかなかできないよね』というゆるめの『ニモカカ』です。『クラブ』としたのも、『ちょっと部活行ってくる』ぐらいの気軽な場所にしたいと思ったんです」(和田さん)

現在、ニモカカクラブでは、さまざまな基礎疾患や病気を持つ子と家族が来られる「スペシャルキッズカフェ」を月2回開催。そこではボランティアスタッフが子どもたちをサポートし、親たちは互いの思いを話したり体を休めたりできる場所となっています。
さらに、病気の子とそうでない子が一緒に楽しい時間を過ごせるワークショップやイベントも開催。どちらも飯能市周辺の方を中心に、全国各地から参加者が集まって来るそうです。

「ワークショップでは、なるべく病気や障害のある子とない子が半々くらいになるようにしています。呼吸器を使っている医療的ケア児もいれば車椅子の子もいますし、知的障害のある子や健常な子もいます。
いろいろな子たちが一緒にワークショップをする中で、自然にコミュニケーションが取れればいいなと思います」(和田さん)

健康な子どもを育てる親からは、「障害というものを子どもにどう伝えればいいのかわからない」「障害や病気のある子を笑ったりいじめたりしてはいけないと、どうやって教えればいいのか……」という相談を受けることも多いそうです。

「だったら一緒に過ごしてみるのが一番の近道。その中で子ども自身が自然と理解していきます。ニモカカクラブでは双方がウエルカムの気持ちで集まっているので、その点もとてもうれしく感じています」(和田さん)

人に出会うほどに不安は消え、希望が増えた

ニモカカクラブという「のろし」を上げたことで、和田さん自身も家族の生活も大きく変わったそうです。

「ニモカカクラブに来たり、活動を知ってくれた方々が、どんどんいろいろな方に繋げてくださるんです。町の福祉関係の方々ともたくさん知り合うことができ、自分は決して一人ではないと感じました。
なんなら家族以上にうちの子どものことを考えてくれたり応援してくれる人たちが、この町にこんなにたくさんいるということを経験して、私自身、メキメキ元気になっていきました」(和田さん)

そうした繋がりによって、障害者が働くレストランや作業所などが多くあることも知ることができたそうです。

「娘にとって先輩みたいな方々がとてもいきいき働いているのを見た時は、将来に希望を感じた瞬間でした。それまで抱えていた不安も、これまでの地獄のような日々も、人に出会えば出会うほどどんどん軽くなっていっているのを感じます」(和田さん)

ニモカカクラブでさまざまな家族と会い、話す中では、『もっとこうなればいいのに』や『こういうことに困ってる』という声も多く聞くという和田さん。これからはそうした声をまとめ、整理し、行政に意見としてしっかり伝えていく活動もしていきたいと語ります。


【医師からひと言】
結節性硬化症は脳、心臓、肺、腎臓、皮膚などにさまざまな腫瘍などができ、いろいろな症状が認められる難病に指定されている疾患です。発症時期もさまざまで、心臓腫瘍は生まれたての赤ちゃんの時期からみられることがあり、体がびくっとするなどの症状をもつてんかん(点頭てんかん)は乳児期からみられます。
幼児期・学童期では自閉スペクトラム症の症状がみられる場合があり、こだわりや行動面での問題がみられるようになります。また、この時期から脳腫瘍や腎臓腫瘍を合併することがあります。

結希ちゃんは点頭てんかんがありましたが、芽衣さんと一緒に診療していき、発作をほとんどなくすことができました。顔などにできた特有のぶつぶつもきれいになり、とてもすてきなお嬢さんになられました。
難病があるがゆえに孤独で区別され苦労された子育て経験を、さまざまな障がいを持つ方やそのご家族と共有し、繋がりを持つために「モニカクラブ」を立ち上げられたことで、結希ちゃん・芽衣さんだけでなく、参加される方々のこころの大きなエネルギーになったことは、とても素晴らしいことだと改めて思いました。診療のみを担当する我々医師ではなかなかできないことであり、心から敬服いたします。

写真提供/ニモカカクラブ 取材・文/かきの木のりみ

ニモカカクラブによって多くの仲間を得て、心身ともに救われたという和田さん。しかし、心理士という仕事を辞めたことには現在も「モヤモヤ」を感じると言います。
子どもの病気や障害がわかった時、母親の多くが仕事を辞めざるを得ない状況になりますが、その後、母親の人生はどのように立て直せばいいのか。そして、経済的な問題はないのか。
後編では、「大好きでずっと続けるつもりだった心理士」を辞めざるを得なかった葛藤と、結希ちゃんのために写真家となった経緯、そして経済問題など、「母親と仕事」について和田さんの体験と思いを聞きます。

和田芽衣さん

ニモカカクラブ代表、写真家
北里大学大学院で医療心理学の修士課程を修了後、大学病院でがん専門の心理士として患者や家族、遺族のケアに4年間従事。2011年、長女の難病・結節性硬化症がわかり仕事を辞め、2014年、写真事務所を開業。
2015年に「ニモカカクラブ」を立ち上げる。
同年、写真を本格的に学ぶため、ドキュメンタリー写真家・佐藤秀明氏に師事。2016年12月、「名取洋之助写真賞」に応募した「娘(病)」とともに生きていく」で、激励賞を受賞。2018年6月には写真集『わたしと娘(ゆき)』を出版。現在は写真事務所を運営しながら、団体活動を並行して行なっている。10歳、8歳、5歳の3人の娘の母。
ニモカカクラブFacebook:nimokakaclub
ニモカカクラブTwitter:nimokakaclub

※記事の内容は記事執筆当時の情報であり、現在と異なる場合があります。

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