「もう知らない!」と子どもを叱るのは虐待?しつけと虐待のボーダーラインとは【専門家】
厚生労働省が発表した、令和2年度の児童虐待相談対応件数は過去最多を更新。コロナ禍の影響もあるようです。弁護士・後藤啓二先生に新型コロナと虐待の関係や、わが子を虐待しそうになったときの対処法について話を聞きました。後藤啓二先生は、子ども虐待・性犯罪をなくす会「NPO法人シンクキッズ」代表理事も務めています。
子どもの虐待は、内縁関係などではなく実親からの虐待が大半
子どもの虐待というと暴力をイメージするママやパパもいると思います。しかし厚生労働省が発表した、令和2年度の児童虐待相談内容を見ると、最も多いのは心理的虐待12万1325件(全体の59.2%)。続いて身体的虐待5万33件(24.4%)、ネグレクト3万1420件(15.3%)、性的虐待2251件(1.1%)の順です。
――全体の約60%を占める心理的虐待とは、どのような虐待でしょうか。
後藤先生(以下敬称略) 子どもに面と向かって「あなたのことなんて生むんじゃなかった」と暴言を吐いたり、言葉で脅したりすることです。また子どもの前で、ママ(パパ)を殴ったりするDV(ドメスティックバイオレンス)を見せることも心理的虐待です。
――相談内容が約15%ある、ネグレクトとはどういう虐待でしょうか。
後藤 育児放棄です。食事を与えなかったり、病気やけがをしても病院に連れて行かなかったり、入浴などをさせず不潔にすることです。ひどくなると子どもだけを家に残して親は何日も外泊し、子どもが餓死するという事件もありました。
――厚生労働省の発表では、性的虐待は1.1%ですが、性的虐待は少ないのでしょうか。
後藤 性的虐待は統計では1.1%ですが、これは警察や児童相談所に通報された数字なので、私は氷山の一角にすぎないと見ています。
実父から性的虐待をずっと受けていた女の子が、思春期になって実母に相談したところ、母親が父親の味方になって「お前が悪い!」と女の子を責めた事件もあります。母親からこのような対応をされた子どもは、とても深く傷つきます。もし、このような訴えを聞いた場合は、ぜひ子どもの言うことを信じて、子どもの側に立ってほしいと思います。
――虐待は実の親からのものが多いのでしょうか。
後藤 厚生労働省の令和3年の資料によると、令和元年度の主な虐待者は実母47.7%、実父41.2%となっており、実の親からの虐待が大半です。
――毎日の子育ての中で、つい「もう知らない!」「ずっと泣いてなさい!」などとしかってしまう体験をしたことがあるママ・パパもいると思います。これも虐待なのでしょうか。
後藤 私は虐待とは、たたいたり、殴ったりすることだけでなく「子どもが、親から見捨てられた」と感じることだと思います。
日ごろの親子関係が良好で「ママは、私のことを愛してくれている」と感じることができているならば、たまに「もう知らない!」「ずっと泣いてなさい!」としかったからと言って、子どもは親に見捨てられたとは思わないでしょう。またしかったあとに「さっきは、きついこと言ってごめんね」などとフォローしてあげれば、子どもはより安心すると思います。
コロナによるストレスのはけ口が、子どもに向かう場合も
後藤先生は、新型コロナによって生じた不安やストレスは、子どもの虐待に影響しやすいと言います。
――厚生労働省が発表した、令和2年度の児童虐待相談対応件数は20万5029件と、過去最多を更新しました。前年度より1万1249件も多いです。新型コロナの影響もあるのでしょうか。
後藤 今回の結果に新型コロナが、どの程度影響しているかはわかりません。
しかし子どもの虐待には、経済的事情や親のストレスが深く関係しています。新型コロナの影響で会社が倒産したり、リストラにあうなど、虐待につながりやすい状況になっていることは間違いありません。
また在宅ワークなどで親が家にいて、子どもも新型コロナの流行で公園などに遊びに行けず、ずっと家にいると親のストレスはたまっていきます。
そうしたストレスのはけ口が、子どもに向かう可能性もあります。
――コロナ禍で、妊婦さんの母親学級が中止になったり、立ち合い出産などもできなくなりました。また新型コロナの感染を防ぐために、産後も赤ちゃんを連れて実家に帰れなかったり、ママ友だちと出会う場もなく、孤独を感じているママは少なくないようです。そうした孤独感から虐待に走ることもあるのでしょうか。
後藤 家にずっと赤ちゃんと2人でいると寂しさやストレスから、子どもに当たってしまうことはあると思います。
2020年3月、コロナの感染拡大を防ぐために全国の小中高が臨時休校し、それに伴い幼稚園なども休園しましたが、幼稚園などが休園すると虐待の発見が遅れるため、悲惨な事件が起きやすくなります。
虐待を防ぐには、とにかく第3者がかかわることが必要です。
虐待に走りそう…と思ったときは、早くまわりにSOSを出して
子どもの虐待は、親が理性を失い徐々にエスカレートしていきます。そのため初期段階に適切に対応することが必要です。
――もし今、ストレスから、つい子どもに当たってしまうという場合は、どうしたらいいのでしょうか。
後藤 親、きょうだい、ママ友だちなど気心知れた人にSOSを出してください。
またパパ(ママ)が、早めに異変に気づいてあげることも大切です。
必要ならば、実家に帰省してもいいです。親の目などが行き届き、子どもと2人だけにならない環境を作ることが大切です。
――公的な機関に相談する場合は、児童相談所がいいのでしょうか。
後藤 児童相談所でもいいと思いますが、市区町村の子ども家庭センター、保健センターなどのほうが相談しやすいように思います。市区町村では乳幼児健診、子育て支援など子どもにかかわる施策を幅広く行っていますので、虐待に至らない時点でも、気楽に相談しやすいのではないでしょうか。
――なかには乳幼児健診に行かない親もいるようですが…。
後藤 乳幼児健診は、子どもの病気などを早期に発見するため受けてほしいのですが、子どもの体にあざや傷があると怪しまれるので、虐待している親は乳幼児健診を受けさせません。
乳幼児健診を受けさせないでいると、市区町村では親が虐待しているのでは!? と疑い、児童相談所や警察など関係機関に連絡して調べることになります。子どものためにも自分のためにも、自治体から連絡が来ている乳幼児健診は、受けてください。
――政府が創設を進めている「こども庁」も、児童虐待防止対策に効果があるのでしょうか。
後藤 私は「こども庁」ができることにより、これまではバラバラだった、厚生労働省、文部科学省、警察庁など児童虐待防止対策を講じる関係省庁がより連携して対応するようになることを期待しています。
現在は、児童相談所と警察等関係機関との連携に消極的な自治体もありますが、「こども庁」ができて、国において関係機関の連携が進み、その流れが自治体に広がれば児童相談所、市区町村、警察、学校等関係機関が情報共有しながら、連携して活動できるようになることが期待できます。
これにより、虐待によって命を落とす子はもっと減るはずです。
取材・文/麻生珠恵、ひよこクラブ編集部
子どもへの虐待は夫婦で行うことが多いそうです。初めはどちらかがしつけと称して体罰などを加えているうちにしだいにエスカレートして、いつの間にか夫婦で共謀しています。子どもの命を守るには、虐待は早期対応がカギになります。「ママ(パパ)ではくい止められないことが多いので、第3者の力を借りてください」と後藤先生は言います。
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