厚労省が情報提供の強化も。不妊治療を始める時に知って欲しい。子どもを迎える選択肢の一つ、特別養子縁組とは?【専門家】
厚生労働省は2022年4月から不妊治療が公的医療保険の対象になるのに合わせ、不妊治療で子どもを望む夫婦に、子どもを迎える別の選択肢としての里親・特別養子縁組制度の情報提供を強化する方針です。そこで、日本の特別養子縁組制度の現状と課題について、日本女子大学の林浩康先生に聞きました。
日本で里親・特別養子縁組が進まないのは“施設養護ありき”だから
――「里親」「養子縁組」という言葉は知っているけれど、違いがよくわからない…という人も多いようです。
林先生(以下敬称略) 里親は、実親の家庭で継続的に暮らせない子どもを、一定期間自宅で養育する制度です。里親と子ども(里子)に法的な親子関係はなく、親権者は実親にあります。
――法律上親になるには、養子縁組を選ぶ必要があるということですか。
林 そうです。養子縁組は民法に基づいて法的な親子関係を成立させる制度で、「普通養子縁組」と「特別養子縁組」があります。
普通養子縁組は、養子になる子どもの年齢に制限はなく、成人にも広く使われる制度です。実親との法律上の親子関係は残り、養親(ようしん)との戸籍上の続柄は「養子(養女)」となります。
特別養子縁組は、原則として、養子となる子どもの年齢は15才未満と決められています。養子になると実親との親族関係は終了し、戸籍に実親の名前は記載されません。養親と養子の続柄は、「長男」「長女」など実子と同様に記載されます。
児童相談所を介して子どもを迎える場合、特別養子縁組が成立するまで、「養子縁組里親」となり、6カ月以上養育する必要があります。その状況などを家庭裁判所が考慮したうえで、養子縁組が成立します。
「養子を迎えて子どもを育てたい」と望む夫婦の多くは、特別養子縁組を選択しています。
――厚生労働省の調べによると、2021年時点で日本には、実親の元で育つことができない子どもが約4万5000人もいるのに、里親や養親と暮らす子どもの割合は22%程度にとどまっています。
林 家庭は、子どもが生きる力や自立するために必要な力を蓄える重要な場所で、実親と暮らせない子どもにも必要なもの。それを提供するための制度が、里親制度と特別養子縁組制度です。何らかの事情で実親の元で暮らせない子どもはどこの国にもいますが、米国では約82%、イギリスでは約73%の子どもが、里親や養親の元で暮らしています。(「乳幼児の里親委託推進等に関する調査結果報告書」より)
――米国・英国に比べると、日本はかなり低い水準のようです。里親・特別養子縁組の成立件数が少ないのはなぜでしょうか。
林 多様な要因が考えられます。里親や養親となることを希望する方々が十分に確保できていないこと、実親の同意が得られないケースが多いこと、乳児院や児童養護施設といった“施設ありき”の考え方などです。そのため、里親と共に暮らしたり、特別養子縁組で養親と生活したりする子どもは少数派になってしまうのです。
ところが、欧米では「子どもを施設で生活させるのは人権侵害」というように考えるため、できる限り里親や養親と暮らせるように配慮されます。
――日本が“施設養護ありき”になってしまうのは、どのようなことが原因でしょうか。
林 実親と暮らせない子どもへの対応は、公的機関としては児童相談所が行います。児童相談所の職員は公務員ですから異動があり、里子・養子縁組に関する専門性を蓄積した職員が育ちにくいという背景があると考えられます。
さらに、児童相談所の人員は限られているのに、仕事は多岐にわたるのも大きな原因です。里子・養子のあっせんとフォローをきめこまかく行うことが、人員的に困難な児童相談所も少なくありません。さまざまなリスク回避も考慮した結果、施設養護で多くの子どもをケアする方法を取ってしまいがちなのです。年間の特別養子縁組成立件数がゼロ、という児童相談所も珍しくないのが現状です。
養子縁組成立件数が児童相談所の10倍程度の民間機関もある。でも課題も…
――養親をあっせんする民間機関もあります。現在、どれくらいの数があるのでしょうか。
林 「民間あっせん機関による養子縁組あっせんに係る児童の保護等に関する法律」によって許可を受けた機関は、2021年4月1日現在のデータとして厚生労働省が発表しているのは22機関ですが、2022年1月時点では23団体になっています。児童相談所の10倍近く特別養子縁組が成立している民間あっせん機関もあります。
――民間あっせん機関に期待したいところですが、2021年3月に、ある民間あっせん機関が突然廃業しました。このニュースを知り、不安を感じている人も多いのではないかと思います。
林 民間あっせん機関に関する法律ができたとはいえ、あっせん機関への補助金もありません。児童相談所と民間あっせん機関が連携して、里親・養子縁組制度に取り組む必要もあると考えています。
これらは国が主導して取り組むべき課題です。実親が育てられない子どもは、社会が責任をもって育てていく必要があります。この点を改善しない限り、家庭を知らずに育つ日本の子どもを減らすことはできないでしょう。
特別養子縁組も視野に入れて不妊治療を始めると、違う可能性が広がる
――不妊治療を行う夫婦に対し、厚生労働省は里親・特別養子縁組の情報提供を強化すると言っています。これは意義のあることだと思いますか。
林 不妊治療を行った末に特別養子縁組で親になった夫婦に話を聞いたところ、「治療を始める前に特別養子縁組のことをもっと知りたかった」という意見が多数出ました。不妊治療を始めると、多くの夫婦はそのことで頭がいっぱいになり、ほかの選択肢があることを途中で説明されても、切り替えられないというのです。だから治療を始める前に、里親や養親という選択肢もあることを知り、夫婦で話し合っておくことは意義があると考えています。
――「不妊治療は終わりが見えない」とよくいわれますが、里親・養親という選択肢を踏まえて取り組むと、“終わり”が見えやすくなるかもしれません。
林 そうですね。2022年4月から不妊治療が公的医療保険の対象になるとはいえ、不妊治療にはお金がかかります。「不妊治療でお金を使いすぎたので、養子を授かる経済的余裕がなくなった」という話も聞きます。治療開始前から「養子を育てる」という選択肢も持っていると、不妊治療後のビジョンも描きやすくなるのではないでしょうか。
米国では、不妊治療の現場で経済的側面からライフプランをアドバイスしてくれます。日本でもそこまできめこまかくサポートできるようになると、親になりたいと願う夫婦と、親の庇護を必要としている子どもが、家族になれる可能性が高まるのではないかと思います。その点も理解して、国がこの問題に取り組んでくれることを期待します。
取材・文/東裕美、ひよこクラブ編集部
特別養子縁組制度を日本で広げていくには、解決すべき課題がいろいろあるようです。でも、政策の問題だけではなく、家族の形はいろいろあっていいことを、私たち一人一人が理解することも大切なのではないでしょうか。
※記事の内容は記事執筆当時の情報であり、現在と異なる場合があります。