57年間、新聞に連載。親に育てられない子どもたちの里親を探すために
親と暮らせないなど、社会的養護を必要とする子どもたちは、全国に約4万5000人※1。そのうち、乳児院や児童養護施設で暮らす子どもは約2万8000人、里親家庭で暮らす子どもは約5600人と言われています。
児童相談所と連携して里親を探し、養子縁組のあっせん活動をしている国内唯一の社会福祉団体「家庭養護促進協会 大阪事務所」は、毎日新聞大阪本社の協力のもと、新聞の連載記事で親を必要としている子どもを紹介し、里親を探しています。
その期間、実に今年で58年目。連載回数は2881回(2022年2月27日時点)、これまでに取り持った、養子・養親里親の数は1422組(2021年3月時点)に上ります。
今回はソーシャルワーカーの山上有紀さんに、協会の活動や最近の里親や特別養子縁組の現状について伺いました。
2018年、当時2歳4カ月の女の子と特別養子縁組したママとパパのインタビューも含め、シリーズ全4回でお届けします。
※1 厚生労働省・子ども家庭局家庭福祉課「社会的養育の推進に向けて」(平成31年1月/2019年)
特集「たまひよ 家族を考える」では、妊娠・育児をとりまくさまざまな事象を、できるだけわかりやすくお届けし、少しでも子育てしやすい社会になるようなヒントを探したいと考えています。
養子縁組のあっせん活動とは
「家庭養護促進協会 大阪事務所」は、大阪府内にある10箇所の児童相談所と連携し、毎日新聞大阪本社社会部の協力を得て里親探しをしています。
「具体的に言うと、新しい親を必要としている、0歳から小学3年生ぐらいまでの子どもの顔写真や下の名前、最近の様子などを、毎週1人ずつ掲載して里親を募り、その子に最適なママ・パパを探しています」
「毎日新聞大阪版の連載記事※2“あなたの愛の手を”の活動は、昭和39年(1964年)5月5日から始まり今年で58年目。2022年2月27日時点で、連載回数は2881回に上ります」そう教えてくれたのは家庭養護促進協会の山上さん。
記事を見て子どもを家庭に迎え入れたいと思ったら、山上さんたちの協会を通じて応募が可能です。
「住んでいる地域を管轄する児童相談所で養子縁組前提の里親登録を受けることが必要ですが、その児童相談所の協力が得られるなら、全国から応募できます」
連載記事には、『1歳2カ月・れいちゃん “あくちゅ”と言って手を差し出したり、好きな物を食べると“おいちい”と言ったり。言葉を覚えておしゃべり好きな男の子。身長83㎝、体重11.4kg。どちらかというと室内遊びが好きなタイプ』など、その子の魅力や最近の様子などがわかりやすく記されています。ただし、実親の了承が得られないときや、小学生以上の場合は、仮名や似顔絵で紹介する場合も。
なぜ、新聞記事に子どもの情報を載せるようになったのでしょう。
「協会は“家庭養護寮促進協会”という名前で活動をスタートしました。家庭養護寮というのは、実親に育てられない子ども5~6人を里親家庭で養育していました。今で言う”ファミリーホーム※3”ですね。当時の理事が里親のことを多くの人に知ってもらい、里親になってくれる人を増やそうと効果的な開拓方法をいろいろ考えたと聞いています。その結果、新聞記事の連載にたどり着いたようです」と山上さん。
当時の理事が考えた、効果的な里親の開拓方法には3つの原則があるそう。それを突き詰めた結果、新聞記事の連載がぴったりだったと言います。
「たとえば、『1歳〇〇ちゃんが親を必要としています』みたいに情報を“具体的”に伝えること、人の目に触れる媒体で“継続的”に伝えること、子どもの様子が心に刺さるように情報を“感動的”に伝えること。この3つの原則に沿って広報を行えば、多くの人たちに伝わると考えたようです。それが、今も続く毎週日曜日の連載につながったんです」
当時、数社の新聞社にこの話を持ちかけたところ、毎日新聞大阪本社・社会部が積極的に協力してくれたことで実現したそうです。
※2 毎日新聞大阪版の日曜日朝刊以外に兵庫県を除く近畿圏地方版などでも連載。
※3 厚生労働省が定めた第二種社会福祉事業で「小規模住居型児童養育事業」を行う住居のこと。家庭環境を失ったこどもを里親や児童養護施設職員など経験豊かな養育者がその家庭に迎え入れて養育する「家庭養護」を指す。
ほかにも、家庭養護促進協会は、ママ・パパになりたいご夫婦向けの研修をしたり、子どもを家庭に迎え入れてからの相談などにも力を入れています。毎月の親子サロンの開催、運動会や小学生以上を対象にした夏キャンプのイベントなども定期的に開催して、永続的に見守り支援しています」
新しい親を必要としている子どもの背景は複雑
記事で紹介されるほとんどの子は、実両親もしくは実父・実母のいずれかがいるものの、養育できない複雑な事情を抱えていると言います。中には壮絶な背景を持つ子もいます。
「最近は、実母が精神疾患や知的障害があって養育が困難なケースが増えています。風俗店での接客の末に妊娠し、誰にも相談できず出産に至ったケース、妊娠中に覚せい剤など薬物を使用していたお母さんから生まれた子どももいます。レイプや近親姦などの性被害の結果の妊娠もあります。ネットカフェのトイレなどで出産し置き去りにされた子など、本当にさまざまな背景があります。子ども自身が障害や病気を持っている場合もあります。複雑な事情があればあるほど、里親がなかなか決まらないという厳しい現実があるのも確かですね。
里親や養子縁組を希望するご夫婦には、子どもの背景や今の様子、発達の状況などを隠さずに話し、申し込むかどうかをじっくり考えていただいています」(山上さん)
複雑な背景を持つ子を迎え入れるか…突き付けられる課題
現在、家庭養護促進協会への問い合わせの多くが特別養子縁組についてとのこと。家庭に迎え入れたいと思っている子どもに複雑な背景があった場合、特別養子縁組を希望する夫婦はそれをどう捉え、考えていくのでしょうか。
「たとえば、『経済的な理由で実親と暮らせない子』を養子にしたいと考えていたご夫婦が、関心を持った子どもに壮絶な背景があることを知ったとします。当初は、自分たちの想像とかけ離れた背景にショックを受けたけれど、夫婦で悩み、考え、どんな子でもすべて受け入れ迎えようと覚悟し、家庭に迎え入れることもあります。
逆に、初めは『どんな子どもでも迎え入れたい』と思っていたご夫婦が、つらい現実を知ったことで、養子養育をあきらめることも。子ども一人一人、本当に事情はさまざまなんです」と山上さんは話します。
今現在、日本で養子縁組をあっせんする民間団体の多くは、養親希望者は養子を選べず、紹介された子どもを覚悟して引き受けることが大半。それに対し、家庭養護促進協会は養親希望者が新聞記事をきっかけに自ら養子を選び、その子を迎え入れたいかどうかを決めるイレギュラーな流れ。これには意図があると言います。
「どちらがいいとは決して言えないことだと思います。むしろ、“あなたにはこの子ですよ”と養子を託されたほうが“ご縁”だと受け入れやすいかもしれませんね。自ら養子を選ぶほうが大変かもしれません。
子どもを迎えてすぐは“養子縁組してよかったな”と思ったとしても、子育てを15年20年と続けていく中では、さまざまな問題に突き当たることもあります。そのとき、“この子を迎えると決めたのは自分たちだ”と振り返ることが、問題と向き合う力となることもあると思うんです。だから、私たちはこのスタイルをずっと続けています」
子どもは養子縁組すると大きく変わる
ほかの先進国と比べ、日本の児童福祉施設の職員配置基準は低く、国は改善策を打ち立てました。それでも「家庭」のように、特定の職員が一人の子どもだけにかかわることは難しいのが現状です。
「どの施設も、限られた人員の中でできるだけ手厚く養育しようと奮闘し、子どもたちも集団生活の中で元気に生活しています。でも、特別養子縁組をして自分だけを見てくれるママ・パパという特別な存在と、おうちという居場所ができることは全然違うんです。
子どもの心はとても安定して大きく変わります。表情も豊かになり、子どもらしさや自信に満ちあふれていきます。
もちろん、新しい家庭生活が落ち着くまでは、さまざまな課題も出てきます。でも、それを経験しながらも、子どもの心の根っこには安心感が生まれ、その後の健全な成長につながると思います」(山上さん)
「私たちが取り持ったご家族から、“今日初めて嫌いな野菜を食べた”などの日常的なエピソードや、誕生祝い・七五三・入園入学の報告など、日々共有させてもらっているんです。思春期の悩みを聞くこともありますが、そういった過程を経て大学卒業、結婚など、末永く親子の様子を見守れるのはうれしい限りです」
新しい親を必要としているのは赤ちゃんだけじゃない!
ニュースなどで養子縁組が取り上げられるとき、生後まもない赤ちゃんを家庭に迎える様子を目にすることが多いものです。でも、現状はもっと年齢が上の子どももたくさんいるそうです。
「私たちとかかわりを持つ里親希望の方は皆、特別養子縁組を希望するご夫婦で、不妊治療経験者がほとんど。実子に恵まれなかったけれども、血のつながりにこだわらず子育てする道を選ぶんです。
不妊治療をしているご夫婦は、赤ちゃんを産み育てたいと思って治療されていることでしょう。だから、養子を迎えようと考えたときに、生後まもない子を育てたいと願う方が多いかもしれません。でも、“養子縁組を必要とする子どもは赤ちゃんだけではなく、年齢の大きい子どももいるんだな”ということを知ってもらえたらうれしいです」(山上さん)
特別養子縁組の制度とは
厚生労働省は、すべての子どもが「家庭」という環境のもと、特定の人と愛情あふれる生活が送れるよう、里親制度の充実※4に力を入れています。
概ね2022年までに年間 1000件以上の「特別養子縁組」の成立を目指し、その後も増加を図っていくとしています。
「特別養子縁組」とは、実親の元で暮らすことができない子どもに、途切れることなく「家庭」を提供するための制度。子どもと実親の親子関係は終了し、法的にも親子関係は養親のみになります。里親は夫婦(婚姻関係)でなければならず、年齢制限などもあります。
令和2年(2020年)4月に特別養子縁組の法改正があり、対象となる子どもの年齢が6歳未満から15歳未満になりました。
裁判所の司法統計によると、特別養子縁組の成立件数は平成28年495件、平成29年616件、平成30年624件、令和元年711件、コロナ禍の令和2年でも693件と増加傾向にありますが、現実的には新しい親を必要としているすべての子どもに養親希望者との出会いがあるとは限らないようです。
※4 厚生労働省・発表の「新しい社会的養育ビジョン(平成29年8月/2017年)」
特別養子縁組で新しい家族が誕生するまでには、どのような道筋を辿っていくのでしょう。そして、幼児期以上の子どもの場合、ママ・パパに対して驚きの行動をとるそうです。詳しくはシリーズ2回に続きます。
取材協力/公益社団法人 家庭養護促進協会 大阪事務所 法律※5に定める許可を受けた養子縁組のあっせん団体(全国22団体※6)のうち、児童相談所と連携して児童福祉法上の里親を探し、養子縁組を促進する国内唯一の社会福祉団体。昭和39年から始まった大阪事務所がこれまでに取り持った、養子・養親里親の数は1422組(2021年3月現在)。昭和37年から始まった神戸事務所もある。
※5 民間あっせん機関による養子縁組のあっせんに係る児童の保護等に関する法律(平成28年法律第110号)第6条第1項
※6 厚生労働省家庭福祉課調べ(令和3年4月1日現在)
「もしかして不妊かも?」と思ったとき、ほとんどの方が専門医などに相談に行かれることでしょう。ですが、「不妊治療を始める段階で、“治療を重ねて血のつながりにこだわって生み育てたいのか”“血のつながりにこだわらず子育てをしたいのか”を考えてもらってもいいかなと思います」そう山上さんは言います。
子どもを授かり、家族をつくる選択肢の一つとして、「特別養子縁組もあるんだな」と頭の片隅に置いてみてもいいのかもしれません。
取材・文/茶畑美治子