生後5カ月、便秘かと思ったら白血病の診断が。「咲葵の前では泣くな」と夫に言われ、涙を隠し笑顔で病院に通った日々【体験談】
橋本咲葵(さき)ちゃん(3才5カ月)は、5カ月のときに急性骨髄性白血病を発症。ママの里奈さん(22才)が咲葵ちゃんの異変に気づいたきっかけは、おなかが大きくふくらみ、ミルクの飲みが悪くなったことでした。国立成育医療研究センター(以下成育医療センター)小児がんセンターで確定診断がつくまでの様子や、そのときのママ・パパの気持ちなどについて聞きました。咲葵ちゃんの主治医である、同センター血液腫瘍科診療部長の富澤大輔先生に、経過についての解説もしてもらいました。
(上の写真は、成育医療センターに入院し、輸血を行った時の様子)
3~4カ月健診は異常なしだったのに、それからほどなくして異変が…
咲葵ちゃんは、里奈さん・俊樹さん(22才)のもとに2018年10月23日に誕生しました。妊娠期は順調で41週2日で出産。白血病を発症するまでは、なんらかの病気や成長などで気がかりなことはまったくなかったと言います。
「18才のときに咲葵を妊娠・出産しましたが、妊娠の経過は順調で、予定日より1週間遅れたものの、自然分娩で出産。体重3434g、身長51・5cmで元気に生まれてきました。
娘の名前には“葵”という漢字をつけたいという望みが私にはあって、夫は2文字の名前にしたいと希望したので、咲き誇るヒマワリみたいに明るく元気に育ってほしいという願いを込めて、“咲葵”と名づけました。
1カ月健診や3~4カ月健診も異常なし。『名前のとおり元気に育っているね』と、パパと喜び合っていました」(里奈さん)
そんな咲葵ちゃんの様子に里奈さんが異変を感じたのは、3~4カ月健診を受けてからさほど日にちがたっていないころだったそうです。
「急にミルクの飲みが悪くなり、夜泣きがひどくなりました。今までと比べておなかが大きくふくらんでもいました。便秘のせいで食欲が落ちたのかな、うんちが出なくて機嫌が悪いのかな、と思っていました。
『なにかおかしい』という予感のようなものもあったんですが、その日はかかりつけの小児科の休診日。『ただの便秘、心配ない』と思いたい気持ちが大きくて、市の子育て支援センターに相談に行きました。すると、『ここでは何もできないからすぐ病院に行って』と言われて、教えてもらった小児科へその足で向かいました。
そこの先生に咲葵をみてもらった途端、『なんでこんなにおなかがふくれるまで病院に来なかったの!? 』 と言われてしまいました。
赤ちゃんのおなかはポッコリふくらんでいるものだと思っていたし、周囲にほかの赤ちゃんがいなくて、正常なふくらみと異常なふくらみの違いがわからなかったんです。『もっと早くに受診しなきゃいけなかったんだ』と、ものすごく自分を責めました」(里奈さん)
「白血病」という言葉を聞いたショックで、その日の記憶はあいまいに
小児科では浣腸(かんちょう)をして便を出してもらいましたが、「詳しい検査はできない」ということで、近くの国立病院に紹介状を書いてもらい、翌日受診をすることになりました。
「国立病院で採血やCTなどの検査を行ったところ、おなかの病気ではなく、白血病の可能性があるから、成育医療センターで再度検査を行うようにと先生から言われ…。国立病院からパパに連絡し、その日のうちに3人で成育医療センターへ行き、即入院となりました。
予想もしていなかった“白血病”という病名を告げられたショックが大きすぎて、その日のことはあまり覚えていません」(里奈さん)
“白血病”という言葉を聞いて、俊樹さんはすぐに会社に2週間の休暇を申請し、里奈さんと俊樹さんは咲葵ちゃんにつき添うことに。
「夫は、成育医療センターに行くところからずっと一緒にいて、泣きっぱなしの私を支えてくれました。『咲葵はきっと大丈夫』と声をかけ続けてくれました。あとから聞いたら、私のいないところでパパも泣いていたらしいんですが、私の前ではいつも明るくふるまってくれたし、先生の説明も冷静に聞いてくれました」(里奈さん)
おなかのふくらみについても説明がありました。
「白血病の症状として、脾臓が腫れることがあると言われました。脾臓が腫れて胃を圧迫するから食欲がなくなるし、横になると心臓が圧迫されて苦しいから夜泣きをしていたようです。
当時の咲葵のおなかのふくらみは、とってもかたかったんです。健康な赤ちゃんのおなかはぽよんぽよんしていますよね。今ならまったく違うことがわかります」(里奈さん)
白血病のタイプが判明せず治療が始められない。この時期がいちばんつらかった
成育医療センターに入院してすぐに、いくつかの検査によって白血病が疑われました。しかし、診断が確定して本格的な治療が始まるまでには、さらに2週間待たなければいけなかったそうです。
「白血病にはいくつかのタイプがあり、本格的な治療を開始するのは、どのタイプなのか判明してからになるとのことでした。それまでの間は、輸血など症状の悪化を防ぐための治療を行っていたようです。
確定診断がつくまでに、2週間かかりました。白血病とわかっているのに咲葵の病気を治すための治療が始められない、この2週間がいちばんつらかったです。毎日時間がたつのが遅くて、咲葵の顔を見ては泣いてばかりいました。
先生たちにお任せして待つしかないとわかってはいても、涙がどんどん出てきます。ある日、夫に『家ではいくら泣いてもいいから咲葵の前では泣くな』としかられました。そのとおりだと思ったので、咲葵には笑顔を見せるように頑張りました」(里奈さん)
咲葵ちゃんが発症した急性骨髄性白血病は診断が難しいタイプだったらしく、確定診断がつくまで時間がかかったようです。その間、里奈さんはネットなどでいろいろ調べたと言います。
「ネットに出ている記事は医療用語が難しくてちゃんと理解はできませんでしたが、『白血病は治る病気になってきた』という明るい情報がある反面、『死を覚悟しなければいけない病気』と書いてある記事もあり、希望を持ったり落ち込んだりを繰り返していました。
また、なかなか白血病のタイプが判明しなかったので、『もしかしたら白血病じゃないのかも…』と、かすかな希望にすがったりもしました。
咲葵は急性骨髄性白血病の中では診断が難しいタイプの“急性巨核芽球性白血病(きゅうせいきょかくがきゅうせいはっけつびょう)”だったそうです。そのため確定するのに時間がかかったのだとか。『なんでうちの子がそんな難しい病気にならなきゃいけなかったんだろう』と、やりきれない気持ちになりました。
でもその反面、『やっと本格的な治療を始められる』という喜びもありました。化学療法と一時退院を繰り返しながら、半年くらいでの治療完了をめざすという説明を受け、もう泣いてはいられない、つらい治療を受ける咲葵を全力で支えなければいけないと、気持ちを切り替えました」(里奈さん)
【富澤先生より】治療開始までに時間がかかっても治りにくくなることはありません
急性巨核芽球性白血病は、急性骨髄性白血病の一種で、血を止めるための血小板を作っている「巨核球」が悪性化したタイプの白血病です。1才未満のお子さんでは比較的多く見られます(乳児の急性骨髄性白血病の約30%)。通常、白血病は、骨髄穿刺(せんし)により吸引した骨髄血を検査することで確定診断しますが、急性巨核芽球性白血病の場合は、骨髄血の吸引が困難であることが多く、骨髄生検という別の方法でないと確定診断に至らないことがあります。この場合は、確定診断まで1~2週間かかりますので、その間は患者さんの状態が悪化しないように、輸血などを行いながら待つことになります。
なお、白血病という病気は、治療開始までに時間がかかることで治りにくくなることはありません。白血病のタイプによっては治療法がまったく変わってしまうこともあるため、患者さんの状態が許す限り、早く診断することよりも正しく診断することが大事になります。
治療については、ほかの急性骨髄性白血病と同様に、数種類の抗がん剤を組み合わせた化学療法によって行います。白血病細胞を検査した結果、治りにくいタイプの遺伝子異常や染色体異常が見つかったり、化学療法の効果が不十分であったりした場合は、造血幹細胞移植が必要になりますが、咲葵ちゃんの場合は経過もとても良好で、化学療法のみで治療する方針となりました。
お話・写真提供/橋本里奈さん
取材・文/東裕美、ひよこクラブ編集部
初めての赤ちゃんはそれでなくても心配が多いのに、5カ月で白血病という病名を告げられた橋本さん夫婦の不安や悲しみは、どれほど大きかったかと思います。でも、確定診断がついたことで、全力で咲葵ちゃんを支えようと、気持ちを切り替えたとのことでした。