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まさか娘が…生後6カ月で宣告された難病ウエスト症候群。病気を受け入れられなかった母が「娘が私の全ての原動力」に変わるまで

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「ウエスト症候群」という病気を知っていますか?生後3〜11カ月に発症する難病で、日本には少なくとも約4000人の患者がいると推測されています。
本田香織さんの第一子・萌々花(ももか)ちゃんは、生後6カ月の時にウエスト症候群と診断されました。「自分が障害児の家族となった事実を受け入れるまでには時間がかかった」と言う本田さん。その葛藤の中で、萌々花ちゃんへの愛しさや子育ての喜びも日々深くなっていき、「病気や障害のある子どもとその家族の生活をより良いものにしたい」という思いで、一般社団法人mina family(ミナファミリー) を立ち上げました。

「私の行動の原動力は全て萌々花なんです」と言う本田さんに、わが子の病気を受け入れられるようになるまでに感じたことやmina familyの活動への思いなどを聞きました。

特集「たまひよ 家族を考える」では、妊娠・育児をとりまくさまざまな事象を、できるだけわかりやすくお届けし、少しでも子育てしやすい社会になるようなヒントを探したいと考えています。

生後5カ月を過ぎたある日、全身けいれんで救急搬送

発症2週間前の萌々花ちゃん。

2012年10月に、体重3886gで誕生した本田香織さんの第1子・萌々花(ももか)ちゃん。妊娠・出産ともに何のトラブルもなく、その後も元気にすくすくと育っていました。生後4カ月を過ぎた頃から機嫌の悪い日が増え、血が出るほど強くおでこを引っかいたり、突然火が付いたように泣いたりすることがありましたが、乳幼児健診でも問題はないと言われたため、気にしないようにしていました。

ところが、生後5カ月を過ぎたある日、萌々花ちゃんは自宅のベッドで突然意識を失ってしまいました。

「顔が真っ白になり、白目をむいて、呼びかけても何も反応がありませんでした。慌てて布団をめくると、シャックリをしながら全身けいれんを!すぐに救急車を呼び、出産した病院へ運ばれました。
何かとても恐ろしい事が起きてしまったという不安が頭の中をぐるぐると回り、涙が止まりませんでした」(本田さん)

検査を繰り返し、ようやく診断が出たのは2週間後。医師から「てんかん」と告げられました。

「てんかんの発作というと、けいれんしたり泡を吹いて倒れたりすることだと思っていたのですが、萌々花の場合、2回目以降の発作では『無呼吸発作』を起こすようになりました。突然、顔がこわばって視線が固定され、唇が黒くなるくらいまでザーッと血の気が引くんです。何度も『このまま死んでしまうのでは……』と思いました。
てんかんには娘のような息が止まる発作もあるし、手がしびれるだけとか、目がチカチカするだけなど、いろんな発作があることなどを知りました」(本田さん)

ウエスト症候群との告知に「私は障害者の親になるんだ」と……

1歳の時には手術も。

入院治療を続けていたところ、萌々花ちゃんの発作は種類も回数もどんどん増えていきました。服薬で発作をコントロールすることが難しい「難治てんかん」の可能性が高いことがわかり、より設備の整った大きな病院へ転院することに。そこで詳しい検査をした結果、「難治性部分てんかん」と「ウエスト症候群」という2つの病気であることを告げられました。最初の発作から1カ月後のことでした。

ウエスト症候群は別名「点頭(てんとう)てんかん」とも呼ばれる、国が指定する難病のひとつで、生後3〜11カ月の時に発症します。小児の難治てんかんの中で患者数が最も多いとされ、日本には少なくとも約4000人の患者がいると推測されています。(※1)
モロー反射のような発作を繰り返すことから、発見が遅れることがありますが、脳へのダメージが大きく、発症後は1日も早く治療を始める必要があります。

「ウエスト症候群は8〜9割に何らかの障害が残ると聞いていたので、告知された時は『私は障害者の親になるんだ』と思いました」と話す本田さん。
その現実をすぐには受け入れられず、最初は親しい友人にも萌々花ちゃんの病気のことを話せなかったそうです。

「私の身近に障害のある人がいませんでしたし、てんかんのこともよく知らず、偏見すら持っていました。正直、障害者の家族は、一生その子の介護でボロボロになり、自分のことは何もできずに人生が終わるんだろうとも思ってしまっていたので、自分が障害者の家族として過ごしているところが全くイメージできなかったんです」(本田さん)

しかし、萌々花ちゃんと同じ病棟に入院している難治てんかんの子どもたちの家族と話をする機会が増えるにつれ、「自分が思っていたのと何か違う」と感じるようになっていったそうです。

「難治てんかんの子のお母さんたちも普通に身だしなみを整えておしゃれをして、ニコニコと明るい表情で面会に来ていました。子どもさんもかわいい服を着せてもらっていて、私の思っていた『障害のある子ども』のイメージと全然違いました。
普通に子どもをかわいがって、普通に生活して、それまでの自分と変わらないでいいということが実感できて、『障害のある子どもの親になれるのか』という不安や悩みが少しだけ軽くなったのを覚えています」(本田さん)

娘のために、社会とつながるために、自分ができること

当時、娘のためにいろいろな情報を得ようとしても、ネットにはウエスト症候群の情報はほぼ皆無で、たまに医療者向けの論文が見つかる程度でした。そんな中、最も頼りになったのが、同じウエスト症候群の子どもをもつお母さんたちのブログでした。
そこで、自分と同じように、今後、情報を探す人の役に立つようにと、本田さんもウエスト症候群のことを中心とした萌々花ちゃんの闘病日記ブログを始めることにしました。

するとアクセスがどんどん伸び、てんかんカテゴリのブログランキングで1位になることも。ブログを通して同じように子どもを介助している家族から、さまざまな声や相談が寄せられるようになったそうです。

「病児や障害児の家族になって初めて知る不便さや辛さ、困難さといった相談が多く寄せられました。娘と同じ病院の家族からも、子ども用車いすのトラブルなど、さまざまな生きにくさの話を聞いていました。
こうした状況は娘にとっても不便で辛い状況です。それを変える方法はないか、娘のために私ができることはないかと考えるようになりました」(本田さん)

そして2015年、本田さんは仕事を辞めてミナファミリーを立ち上げることを決意。「子ども用車いす」の啓発活動と介護肌着の販売、イベント企画などの活動をスタートしました。
翌年2016年には、ブログ読者の要請に応える形で「ウエスト症候群 患者家族会」も設立しました。

萌々花ちゃんのお世話をしながらこれらの活動をするのは、考えていた以上に大変だったと本田さんは振り返ります。

「日中は娘の介護と看護に追われ、娘が寝て家事をした後、夜中の1〜2時から4時くらいまでミナファミリーや患者家族会の仕事。そして2〜3時間寝て朝起きるといった毎日で、心身ともにハードでした。
でも、人として何か世の中の役に立ちたいという強い思いも持っていたので、私にとって仕事は社会との繋がりを感じられる大切な時間でした。たぶん息抜きにもなっていたと思います。『娘のために何かできている』と自分で思いたかった部分もあったかもしれません。そうした思いがすべて合わさって、頑張れたのだと思います」(本田さん)

娘への愛しさが「難病」や「障害」を乗り越える力に

その後も、病児や障害児とその家族のサポートするための活動を、次々と起こしてきた本田さん。しかしその一方で、「障害者の親になる」ということを受け入れるには時間がかかったと言います。

「私はそれまで『社会に貢献することが社会人としてすばらしいこと』みたいに考えて、仕事に一生懸命に生きてきたタイプの人間でした。それが突然、抗いようのない理由で仕事ができなくなったうえ、社会への貢献どころか一人では何もできない娘をかかえ、愛しいと思う反面、障害を持った娘は、今までの私の価値観と真逆のような存在となることを突きつけられたような気がしました。
娘の存在を肯定してしまうと、それまで自分が積み上げてきたことを否定するように思えて、その折り合いをつけるのはとても大変でした」(本田さん)

しかし、その葛藤を乗り越える力となったのもまた、萌々花ちゃんの存在だったそうです。

「単純にもう、ひたすらかわいいんです(笑)。健常のお子さんを育てている方からは『大変だね』って言われますが、ゆっくりながらも成長していて、娘なりの表現方法でいろいろな感情を見せてくれます。そのひとつひとつをかわいいと思えるんです。

ミナファミリーや患者家族会などの活動も、娘の存在から始まりました。そう考えると、娘も間接的に社会に貢献できていると自然に思えるようになり、また、活動を通して知り合った多くの人が、娘をかわいがってくれるので、恵まれているな、幸せだなと思えるようになりました」(本田さん)

そして、最後に本田さんはこう続けます。

「昔も今も、私の行動の原動力は全て娘です。私は自分の生きがいとして、娘にまつわるさまざまな活動をしていますが、親も子どももまずは『いま生きている』だけで十分すばらしいと思うし、それぞれが無理をせず、自分の環境で自分のやりたいことを楽しんで欲しいなと思います。
世間の目や『こうあるべき』という固定概念ではなく、自分たち家族がいちばん楽しく、心穏やかに過ごせること。それが何より大切だと思います」(本田さん)

【九鬼先生より】「ちょっとおかしいかも」と違和感をおぼえたら、すぐに専門医に受診を

ウエスト症候群は赤ちゃんの時期に好発するてんかんです。その症状は「激しいけいれん」ではなく、「うなずく様な動作」や「一瞬ぴくっとする動作」であり、「くせ」のようなものとして扱われることがあります。
また、赤ちゃんは普段からいろいろな「気になる動き」をするため、医療者の知識不足から診断が遅れることも少なくありません。ウエスト症候群患者家族会内での調査では約3割が「治療が遅れたと感じている」と回答されていました。

「ちょっとおかしいかも」と違和感をおぼえる動作があれば、ビデオ撮影をして、できるだけ早く小児神経専門医やてんかん専門医を受診することがすすめられます。ウエスト症候群の正確な診断は、適切な治療につながります。使用できる抗てんかん薬の種類が増え、てんかんに対する手術治療が進歩していることにより、てんかん発作が抑えられる患者さんも増えてきています。

監修/九鬼一郎先生 写真提供/本田香織 取材・文/かきの木のりみ たまひよ編集部

※1出典:難病情報センター「ウエスト症候群(指定難病145)」

萌々花ちゃんからのパワーを源に、本田さん自身の活動もよりパワーアップ。病気や障害のある子どもの家族を心理面からサポートする冊子の制作や、患者と医療者を良い形でつなぐ橋渡しの活動など、新たなフィールドに挑戦する予定と話してくれました。

前編では、本田さんのmina family活動を中心に、子ども用車いすの啓発活動への思い、挑戦についてお話しいただいています。

一般社団法人mina family はこちらへ

一般社団法人mina family Facebook はこちらへ

本田香織さん


一般社団法人mina family(ミナファミリー)代表理事
ウエスト症候群患者家族会 会長
限局性皮質異形成患者家族会 会長
ノックオンザドア株式会社 スマートフォンアプリ『nanacara』アドバイザー
認定NPO法人ささえあい医療人権センターコムル COML委員バンク登録会員
大阪市地方独立行政法人大阪市民病院機構評価委員会 委員
大阪府地方独立行政法人大阪府立病院機構評価委員会 委員
てんかん啓発『パープルデー大阪』・実行委員
小児青年てんかん勉強と交流の会『OHANA』・世話人 ほか

2013年、娘が生後6カ月の時に、小児慢性特定疾患(長期療養が必要と国が指定している疾患)の一つである「ウエスト症候群」を発症。長女の闘病や生活を綴るブログを開設したところ、同じように子を介助している家族を中心にアクセスが集まり、さまざまな相談を受けるように。
障害や病気と向き合う子どもと家族をサポートしたいと考え、2015年、一般社団法人mina familyを設立。子ども用車いすに関する啓蒙啓発活動の他、介護肌着の販売、イベント企画などを現在も行なっている。他にもウエスト症候群患者家族会やてんかんのお子さんとご家族のためのスマートフォンアプリ開発など、さまざまな活動を立ち上げ、参画。認定NPO法人ささえあい医療人権センターコムルの会員として行政会議等にも参加している。

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