妊婦健診や乳児健診では発見できない病気「重症複合免疫不全症」は新生児スクリーニングで救える!導入を目指す医師の思い
国立成育医療研究センター(以下成育医療研究センター)では、新潟大学のチームと協力して、生後間もない時期の赤ちゃんの重症複合免疫不全症を診断し、早期治療を開始。生後43日から治療を受けた赤ちゃんは生後6カ月で退院することができました。重症複合免疫不全症は、5万人に1人といわれるまれな病気で、命にかかわることも多いです。治療に当たった、成育遺伝研究部 疾患遺伝子構造研究室室長 内山徹先生に、重症複合免疫不全症の赤ちゃんを診断し、治療をした経緯などについて聞きました。
重症複合免疫不全症は、低月齢から感染症にかかりやすく、1歳までに亡くなる子も
重症複合免疫不全症は、免疫の司令官であるT細胞が、生まれたときから体内で作られない遺伝性の病気です。5万人に1人といわれています。
――重症複合免疫不全症について教えてください。
内山先生(以下敬称略) 私たちの体には、細菌やウイルスなどの攻撃から体を守る免疫という防御システムがあります。免疫細胞の1つであるT細胞は免疫の司令官です。ウイルスや細菌が体内に入ってくると、ほかの細胞に抗体を作らせたり、自らがウイルスや細菌に感染した細胞を攻撃します。
しかし重症複合免疫不全症の子は、T細胞が作られないためにウイルスや細菌などの攻撃に弱く、感染症にかかりやすくなります。抵抗力も極度に弱いため、根治治療の造血細胞移植を行わないと1歳までに亡くなってしまうことが多いです。
発見が遅れると手遅れになることも。一部の自治体では、新生児スクリーニングを導入
重症複合免疫不全症は、妊婦健診や乳児健診、通常の診察では発見されない病気です。
――重症複合免疫不全症は、どのようにして発見されることが多いのでしょうか。
内山 一般的に多いのは3カ月ごろから発熱や下痢が続いたりします。また体重が増えにくい傾向もあります。重症複合免疫不全症は、感染症にかかると進行が早くて重症化しやすく、治りにくい特徴があり、たとえば発熱でかかりつけの小児科に通っているうちに、重度の肺炎を起こすこともあります。また乳児期から肝機能障害を起こして入院する子もいます。入院してから、血液検査などをして、重症複合免疫不全症と判明することが多いのですが、症状が出てからでは手遅れになることもあります。
――症状が出る前に、病気が見つかることはないのでしょうか。
内山 一部の自治体では関連団体や大学病院などと連携して、重症複合免疫不全症に対する新生児スクリーニングを行っています。検査費用は自己負担の場合が多いですが、一部の自治体では無償で受けられます。今回、発見された赤ちゃんも大学病院で新生児スクリーニングを受けて、重症複合免疫不全症とわかりました。
米国は全州で重症複合免疫不全症に対する新生児スクリーニングを実施。日本も導入をめざして!
前述のとおり、一部の自治体では重症複合免疫不全症に対する新生児スクリーニングを行っていますが、全国で導入が進まない背景にはコストの問題があるそうです。
――重症複合免疫不全症に対する新生児スクリーニングは、実施していない自治体もあります。また実施している自治体でも自己負担で行っていることのほうが多いとのことですが、それはなぜでしょうか。
内山 重症複合免疫不全症は、5万人に1人といわれるまれな病気です。たとえば新潟県では、生後4~6日の新生児全員を対象に重症複合免疫不全症のほかポンペ病、ファブリー病、ムコ多糖症Ⅰ型、ムコ多糖症Ⅱ型の5つの病気を新生児スクリーニングで検査しますが、どれもまれな病気のため、コスト面とのバランスが課題となり、新生児スクリーニングに踏み切れない自治体もあります。
しかしこうした病気は、たとえまれでも命にかかわる重大な病気です。そのため日本小児科学会、日本マススクリーニング学会、日本免疫不全・自己炎症学会では連名で、2020年12月厚生労働大臣に「重症免疫不全症に対する新生児スクリーニング実施体制の整備およびその普及に関する要望書」を提出するなどして、新生児スクリーニングの全国導入に向けて活動しています。
――新生児スクリーニングは、簡単にできるのでしょうか。
内山 新生児のかかとから微量の血液を採取しPCR検査をします。赤ちゃんに大きな負担はかかりません。検査をして、T細胞の存在を表すTREC(T細胞受容体切除環状DNA)が確認できないと、重症複合免疫不全症が疑われます。
――自己負担で検査をする場合、目安の金額を教えてください。
内山 自治体によって多少異なりますが、6000~7000円ぐらいです。検査キット自体は高くないのですが、人件費や検査システムなどの費用がかかります。
――海外の重症複合免疫不全症に対する新生児スクリーニングの状況を教えてください。
内山 アメリカでは2008年から、重症複合免疫不全症に対する新生児スクリーニングが実施されています。ウィスコンシン州から始まり、今では全州で行われています。こうした取り組みによって、重症複合免疫不全症の赤ちゃんを早期発見し、適切な治療を行うことで生存率は飛躍的に改善しています。ドイツ、オランダなどでも重症複合免疫不全症に対する新生児スクリーニングを行っています。
――今回、成育医療研究センターで治療を受けた赤ちゃんも新生児スクリーニングで重症複合免疫不全症が発見されたとのことですが、赤ちゃんの病状について教えてください。
内山 この赤ちゃんは、新生児スクリーニングで早く病気が見つかったので、無症状のうちから治療ができました。早期に治療ができたことで命が救えたと思います。成育医療研究センターで生後43日から治療を開始し、免疫力が回復したので6カ月で退院しています。現在は、出生地の医療機関の外来で、継続して治療を受けています。
お話・監修/内山徹先生 取材・文/麻生珠恵、ひよこクラブ編集部
重症複合免疫不全症の子は、感染症にかかりやすく重症化しやすいため新型コロナウイルス感染症やインフルエンザ、RSウイルス感染症などにも、十分注意が必要です。内山先生は「今は一部の自治体が、重症複合免疫不全症に対する新生児スクリーニングを無償や自己負担で行っていますが、早く公費負担で全国の赤ちゃんが、新生児スクリーニングができるようなることが望ましい」と言います。
●記事の内容は記事執筆当時の情報であり、現在と異なる場合があります。