小児救命救急センター24時【のどを突いた】
自分で歯を磨くことが好きなので、1人で歯を磨かせていたら…
「1才10カ月の男の子が歯ブラシでのどを突いたようで、少し口の中から出血していると救急要請がありました。今、収容しましたが一般状態は良好です。口の中は嫌がって見せてくれませんが、止血はできているようです」とホットラインが鳴ったのは、夜の21時ごろであった。よくある事故で、歯ブラシをくわえたまま転んだのだろうなと思いながら救急室に急いだ。
母親と一緒に救急車から降りてきた男の子の顔色などはとくに問題なく、元気そうであったが、よだれを垂らしているのが見えた。すぐに救急室に入って診察を始めると、呼吸や心拍などに問題はなく、発熱もなかったが、のどが痛そうな感じでとにかくよだれがひどかった。口腔内(こうくうない)を観察すると、口蓋垂(こうがいすい(のどちんこ))の左側が切れて穴が開いているのが見えた。縫合をしたほうがいいかもしれないと思えるほどの裂創(れっそう)であり、形成外科医と相談することにした。一応、感染予防の意味を込めて、数日入院観察すべきと判断し、研修医にその対処を任せて母親から事情を聞くことにした。
「まだ半分遊びながら磨く状態ですが、最近、自分で歯を磨くことが好きになってきたようで、歯磨きを自分からしたがるようになっていました。今夜も寝る前に磨くと言いだして歯磨きをさせたのですが、私が目を離していたら、ちょうど父親が帰宅して......。歯ブラシをくわえたまま喜んで玄関まで小走りして行き、転んで......けがをさせてしまいました」
のどの奥がパックリと割れ、感染すると膿む可能性も
「息子がすごく痛がって、血まで出てきたので、ビックリして救急車を呼びました。救急隊の方が到着したころからよだれがひどくなってきて、ますます不安になってしまいました」と母親は話してくれた。まったく予想どおりの事故の経過であった。
「口蓋垂の左下がパックリ割れてしまっています。形成外科医と相談して縫合するかどうかを決めますが、念のための感染予防として入院してください」と説明すると、母親は少しショックを受けたようにうなずいてくれた。
形成外科医と相談し、やはり縫合したほうがいいとの結論に達した。ただ、もしも感染したら膿(う)んで炎症を起こす可能性があったので、膿(うみ)を外に出すための管を入れる必要があるとし、全身麻酔をしての縫合手術となった。
2日後、すっかりよだれも出なくなり、食事もよく食べるようになったので、男の子を退院とした。最後にあいさつに来た母親は、「これから子どもに1人で歯磨きをさせるときは、必ず終わるまでそばについているようにします。そして、終わったらすぐに歯ブラシを置かせて、くわえたままで遊ばせないようにします」と言ってくれた。
「こうした事故はとても多いので、ぜひともほかのお母さんたちにも教えてあげてください」と頼むと、「了解しました。うちの子みたいな思いはさせたくないので、きちんとみんなに伝えます」と明るく話してくれた。
【のどを突く事故とは?】
口の中の損傷は歯ブラシ、箸、鉛筆など、棒状の物をくわえたまま遊んだりすることで起こることがほとんどです。決して、そうした物の本来の用途以外の使用をさせないことはもちろんですが、遊びながらの歯磨きや、歩き回っての食事などをさせないことが大切です。
■監修:(故)市川光太郎先生
北九州市立八幡病院救命救急センター・小児救急センター院長。小児科専門医。日本小児救急医学会名誉理事長。長年、救急医療の現場に携わり、子どもたちの成長を見守っていらっしゃいます。
【市川先生から…】
物をくわえたまま遊んで口腔内をけがすることや誤嚥(ごえん)・誤飲の事故は、乳幼児にとても多いケース。3 〜4 才ごろまでは物を口に入れたまま遊ばせないことが大切です。本来の目的以外の使用は事故の原因になるので、日用品の扱いに注意しましょう。
イラスト/にしださとこ
【お知らせ】
市川先生が、赤ちゃんがかかりやすい病気や起きやすい事故、けがの予防法の提案と治療法の解説、現代の家族が抱える問題点についてアドバイスしてくださった「救命救急センター24時」は、雑誌『ひよこクラブ』で17年間212回続いた人気連載でした。2018年10月市川光太郎先生がご逝去され、連載は終了となりました。市川先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます(構成・ひよこクラブ編集部)。
※この記事は「たまひよコラム」で過去に公開されたものです。