小児救命救急センター24時【急性硬膜外血腫(こうまくがいけっしゅ)】
台所で夕食の準備中、大きな物音がした直後に娘の泣き声が!
昼過ぎに、「昨夜から嘔吐(おうと)が続いてグッタリしている」という1才10カ月の女の子が救急車で運ばれてきた。
急いで救急室に行くと、少し顔色が悪く、元気のない子が診察台に横になっていた。顔色が普段と違うこと、普段より活気もないことを確認しながら診察すると、嘔吐しているとのことだった。のどの腫(は)れはなく、腸が収縮運動する蠕動音(ぜんどうおん)も正常で、腹部もやわらかく、手で押さえても痛がらなかった。嘔吐のほかに下痢していないかを尋ねると、下痢はしていないし、今日は出ていないが昨日は普通の便であったと母親は即座に答えた。診察で頭部を動かすと嫌がるようなしかめっ面をしたが、そのときに頭部の右側にぶよぶよとした皮下血腫(ひかけっしゅ(皮膚の下の血のかたまり))に気づいた。「もしや、頭部打撲による頭蓋(ずがい)内損傷か?」と予測しながら、「娘さんは頭を打ったでしょう?」と皮下血腫を示しながら母親に尋ねると、「ええ...、一昨日の夕方に、たぶん階段を数段落ちたので、頭を打ったのかもしれません」との答えが返ってきた。研修医に血液検査と、鎮静剤を使わずに頭部CTを撮れるか放射線技師と相談するように指示して、母親から詳しい話を聞くことにした。
階段から落ちたときの様子を母親にさらに尋ねると、「実はだれも見ていなかったのですが...」と前置きして、夕食の準備で母親が台所にいたところ、ゴロゴロゴーンッという音の直後に女の子の泣き声が聞こえたという。
階段から落ちた女の子は翌日、運動会にも参加し…
あわてて見に行くと、女の子は階段の下に倒れていたという。「いつも階段の中ほどで遊ぶのが好きで…でも、一昨日初めて落ちたんです! 抱きかかえるとすぐに泣きやんで、顔色も悪くなく、吐いたりもしなかったので、そのまま様子を見ました。昨日は保育園の運動会でしたが、本人も元気よく走り回っていて、階段から落ちたことは忘れるほどでした。ところが夕食後に寝かせようとしたら気分が悪そうな顔をして、1回吐いたんです。その後水分をとってすぐに寝てしまったので、運動会で頑張りすぎたんだと思いました。今朝は普通に起きて朝食も食べたのですが、食べて1時間後に吐き、機嫌も悪くなった感じで、どうしたのかな…と。でも、ずっと寝そべって、昼前に立て続けに2回吐いて顔色も悪く、グッタリして時々オエッと吐きそうになるので心配になり、救急車を呼びました」と話してくれた。
頭部CTが撮れたと研修医からの連絡が来たので見に行くと、右側頭部の頭蓋骨と、頭蓋骨の内側で脳を包んでいる硬膜の間に出血がたまった状態(硬膜外血腫)が見つかり、左脳まで圧迫している様子だったので、脳外科医と相談し、血腫除去の緊急手術を行うこととした。愕然(がくぜん)とした表情の母親は手術承諾書にサインをしながら、「昨日はすごく元気で、こんなことになるとは夢にも思わなかった」とつぶやいていた。女の子は術後5日目にはすっかり元気になり、翌日の退院を控えて母親は「やはり子どもはよく見ていないとダメですね。今回は勉強になりました」と反省しきりだった。
【急性硬膜外血腫とは?】
頭蓋骨と、頭蓋骨の内側で脳を包む硬膜の間に出血がたまった状態のこと。頭部打撲などで起こります。打撲後は、すぐ泣くなどせず意識障害が見られる、吐いたり顔色が悪いなどの全身症状がある、打撲部に皮下血腫や皮膚が裂けるような傷(裂創(れっそう))がある場合は、至急受診を。
■監修:(故)市川光太郎先生
北九州市立八幡病院救命救急センター・小児救急センター院長。小児科専門医。日本小児救急医学会名誉理事長。長年、救急医療の現場に携わり、子どもたちの成長を見守っていらっしゃいます。
【市川先生から…】
頭部打撲は最も多い事故で、中には頭蓋内損傷まで起こす症例があります。打撲後すぐに泣かない、何回も(4回以上)吐く、打撲部がぶよぶよしている、深く切れているなどの症状があればすぐ受診しましょう。
イラスト/にしださとこ
【お知らせ】
市川先生が、赤ちゃんがかかりやすい病気や起きやすい事故、けがの予防法の提案と治療法の解説、現代の家族が抱える問題点についてアドバイスしてくださった「救命救急センター24時」は、雑誌『ひよこクラブ』で17年間212回続いた人気連載でした。2018年10月市川光太郎先生がご逝去され、連載は終了となりました。市川先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます(構成・ひよこクラブ編集部)。
※この記事は「たまひよコラム」で過去に公開されたものです。