小児救命救急センター24時【揺さぶられ症候群】
「早くおふろから上がるように」と夫に言われ、あわてて息子を見に行くと…
夜22時ごろに受付から電話が入った。「4カ月の男の子を連れた夫婦が救急外来にお越しです。お子さんに両脚のピクつきが見られるので心配になって来院されたようです」。すぐに診察するので、受付とトリアージ(優先度の選別)をしておくようにと答えて、救急室へ降りた。男の子を抱っこした母親の顔は心配そうで緊張していたが、父親はあまり目を合わせようとしない感じがあり、母親の態度とは異なる印象を受けた。
看護師からトリアージ結果を聞くと、現時点では顔つきや皮膚の色・呼吸状態などとくに緊急性はないとのこと。母親は両脚のピクつきが15分ほど見られ、視点が合わずに「明らかにけいれん発作のようだった」と話した。採血と点滴の確保中に再び両脚のピクつきが現れ、眼球が動かなくなり、唇が青白くなって、3分ほど継続した。血糖値は正常からやや高めで低血糖のけいれんではなく、熱がないので髄膜炎(ずいまくえん)なども考えにくかった。頭部CT検査の必要性を両親に説明して父親につき添ってもらい、母親から話を聞くこととした。
左右の大脳の間の溝に薄い硬膜下血腫が!
ピクつきは今日が初めてで、実際は母親が入浴中に、父親が面倒を見ている間にピクつきが始まったらしい。
「『早くおふろから上がるように』と夫が私を呼びにきたんです。あわてておふろから上がると、両脚がピクピクして、目がすわった感じで黒目が動かない状態でした。顔色は少し悪いかなという程度で、唇の色は覚えていません。15分ほど続いたと思います。それで、自家用車で受診しました。夫の兄の子がてんかんだと聞きましたが……」と、母親は心配な胸の内を話し続けた。
「いろいろ検査をしなければ診断はできません。一緒に精査しましょう」と説明していると、検査が終わり、男の子が救急室に戻ってきた。ほかの検査結果が出るまで待機をお願いして頭部CT検査結果を見てみると、なんと右側頭葉(みぎそくとうよう)と左右の大脳の間の溝に薄い硬膜下血腫(こうまくかけっしゅ)が確認できた。あわてて男の子の眼底検査を行うと、両側とも眼底出血(がんていしゅっけつ)が認められた。間違いない、これは「揺さぶられ症候群」であり、虐待の症例であると考えられた。両親に頭部CT検査の結果を説明し、硬膜下に出血しているのでMRI検査や入院が必要であることを説明した。母親はまったく状況がわからないといった雰囲気であった。
翌日のMRI検査の結果、前頭葉(ぜんとうよう)にかけても古い硬膜下血腫が存在し、左右の出血時期が異なることが判明した。揺さぶられ症候群が反復している証拠であることを伝えると、父親はネットで硬膜下血腫と揺さぶられ症候群の関係を調べていたようで理解が早かった。そして、「ついイライラして激しく揺さぶってしまった。何度も揺さぶった」と話し始めた。最後まで黙っていた母親は、実は2カ月前にこの地へ引っ越してきたけれど、知り合いがいなくて寂しくて、主人のことをかまってあげられなかったので私が悪いんです、と泣きながら語った。
【ピクつきの原因は?】
乳幼児は頭部を前後に揺さぶられると、首の筋力が弱く、頭蓋骨(ずがいこつ)の容積が大きいこともあり、硬膜と脳の間の血管などが切れて出血しやすい状態に。ひどければけいれん、呼吸停止などが起こり、致命傷にも。上下の揺れより前後の揺れのほうが出血しやすいので、故意に激しく揺さぶらないように。
■監修:(故)市川光太郎先生
北九州市立八幡病院救命救急センター・小児救急センター院長。小児科専門医。日本小児救急医学会名誉理事長。長年、救急医療の現場に携わり、子どもたちの成長を見守っていらっしゃいます。
【市川先生から…】
家庭力や家族力が低下すると子どもが犠牲になります。しっかり夫婦で話し合って、お互いの気持ちを理解し合いましょう。子どものためにも夫婦は一枚岩となり、子どもに接することが必要です。また、いくら子どもが泣きやまなくても、揺さぶるのはやめましょう。
イラスト/にしださとこ
【お知らせ】
市川先生が、赤ちゃんがかかりやすい病気や起きやすい事故、けがの予防法の提案と治療法の解説、現代の家族が抱える問題点についてアドバイスしてくださった「救命救急センター24時」は、雑誌『ひよこクラブ』で17年間212回続いた人気連載でした。2018年10月市川光太郎先生がご逝去され、連載は終了となりました。市川先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます(構成・ひよこクラブ編集部)。
※この記事は「たまひよコラム」で過去に公開されたものです。
●記事の内容は記事執筆当時の情報であり、現在と異なる場合があります。