小児救命救急センター24時【クーファンからの転落】
2カ月の赤ちゃんが頭部打撲。虐待の可能性も考え、慎重に診察を進めると…
「2カ月の男の子が頭部を打撲し、内出血で腫(は)れ上がっている(皮下血腫(ひかけっしゅ))」とホットラインが鳴った。私は「2カ月の頭部打撲なら虐待かもしれないな」と思いながら、救急室に急いだ。
ほどなくして到着した救急車から、緊張した表情の母親が男の子を抱きかかえて降りてきた。すぐに男の子の顔をのぞき込んだが、顔色は悪くなく、呼吸も苦しそうではなかった。右側の頭部を触れるとブヨブヨした感触があり、皮下血腫があることがわかった。男の子の体温、呼吸、脈拍、血圧などに問題がないことを確認すると同時に、家族構成や両親の年齢、職業などを尋ねて、虐待の要素がないか注意深く情報を収集していった。母親への質問の最後に、
「側頭部に血腫ができていますが、どうされましたか?」
と単刀直入に聞くと、母親はすまなそうな表情になり、
「実は、デパートで買ったばかりのクーファンを使うのが楽しみで、今日もこの子をクーファンに寝かせて出かける予定でした。両方の取っ手を肩に担ぐようになっているのですが、片方の取っ手が肩から抜け落ちてしまい、クーファンが傾いて......。この子がゴロンとコンクリートの地面に落ちて、頭を打ってしまったんです」
と話してくれた。虐待を疑っていたが、そうではない理由があってホッとしたものの、瞬時にクーファンからの転落事故が多かったことを思い出した。そして、母親の話で、事故が起きたのは3時間前であることがわかった。
皮下血腫の範囲が広く、頭蓋骨を骨折している可能性も
大泉門(だいせんもん)の腫れや神経へのダメージを感じさせる症状はなかったが、これだけ皮下血腫があると頭蓋骨骨折(ずがいこつこっせつ)を起こしている可能性が高いと考え、X線検査を行うことにした。すると、予想どおり右側の頭蓋骨に骨折が認められた。頭蓋内損傷(ずがいないそんしょう)の可能性も考慮して、X線を360度全方向から照射する頭部CT検査を行うことを母親に説明し、了解を得ることができた。
CT室でのテレビ画面に、骨折している頭蓋骨の真下に出血が起こり、血液がたまった状態(硬膜外血腫(こうまくがいけっしゅ))であることが映し出された。私は救急室の端末画面を見ながら、母親に骨折と硬膜外血腫が確認できることを説明した。事故から3時間しかたっていないため、今後血腫部分が大きくなる可能性があること、6〜12時間後にもう一度頭部CT検査を行い、血腫が大きくなっていないか調べる必要があること、安静にして血腫が大きくならないようにすること、止血剤などの使用が一般的であることを説明し、入院して経過観察することに同意してもらった。
その後、遅れて駆けつけた家族に母親が説明していたが、事故が母親の責任であるかのような会話が耳に入ってきた。私は「クーファンの受け渡しや車の乗り降りの際にも、赤ちゃんを落としてしまう事故がよく起こるんですよ。今は赤ちゃんがこれ以上、出血しないようにすることが肝心です。これ以上出血しなければ、後遺症もなく、無事に治りますよ」と説明し、母親だけの責任にならないようにした。
【クーファンからの転落とは?】
クーファンの取っ手を滑らせて赤ちゃんが転落し、けがをする事故は多いもの。赤ちゃんは頭部が大きいので、転落事故では頭部から落下することが多く、注意が必要です。赤ちゃんグッズは便利さのみに注目しがちですが、使い方に危険がないか使用説明書をよく読んでから使いましょう。
■監修:(故)市川光太郎先生
北九州市立八幡病院救命救急センター・小児救急センター院長。小児科専門医。日本小児救急医学会名誉理事長。長年、救急医療の現場に携わり、子どもたちの成長を見守っていらっしゃいます。
【市川先生から…】
万が一、頭部を打撲した場合、打撲部分の皮膚の下に血腫ができると頭蓋骨骨折や頭蓋内出血の可能性が高くなります。画像検査のできる医療施設をなるべく早く受診しましょう。
イラスト/にしださとこ
【お知らせ】
市川先生が、赤ちゃんがかかりやすい病気や起きやすい事故、けがの予防法の提案と治療法の解説、現代の家族が抱える問題点についてアドバイスしてくださった「救命救急センター24時」は、雑誌『ひよこクラブ』で17年間212回続いた人気連載でした。2018年10月市川光太郎先生がご逝去され、連載は終了となりました。市川先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます(構成・ひよこクラブ編集部)。
※この記事は「たまひよコラム」で過去に公開されたものです。