産後すぐに受けた新生児スクリーニング検査で、5万人に1人の難病が判明。1歳までに亡くなる子も…【体験談】
重症複合免疫不全症は、5万に1人といわれるまれな病気で、遺伝子の変異によって起こります。免疫の司令官であるT細胞が、体内で作られないために、低月齢のうちから感染症にかかりやすく、感染症にかかると重症化しやすいのが特徴です。感染症にかかってしまって体調が悪くなるまで、この病気だと気づかないことが多く、残念ながら1歳までに亡くなる子もいます。
新生児スクリーニング検査で、わが子に重症複合免疫不全症が判明した、小川千夏さん(仮名)に病気がわかったときのことや治療について話を聞きました。
上の写真は、生後5日の音輪(とわ)ちゃん(仮名)。新生児スクリーニング検査を受けたとき。
乳幼児健診を受けるような気持ちで、新生児スクリーニング検査を受けたら…
音輪ちゃんが生まれたのは、2021年。東京オリンピックが開催された年です。
「東京オリンピックの年に生まれたので、五輪の“輪”という字を名前に入れたくて、音輪と名づけました。第一子です。
パパも私も年齢的なこともあり、結婚後、すぐに不妊治療を始めて3年目に授かった子です。“なかなかいい結果が出なくて、もう無理なのかな…。でもあきらめたくない”と悩んでいたときに妊娠が判明しました。妊娠が告げられたときは、うれしくて、うれしくて病院で泣いてしまったことを、今でも鮮明に覚えています。
妊娠中は、ずっとさかごが治らなかったので、2021年9月29日、予定帝王切開で出産しました。生まれたときの体重は2830g。妊娠中、気になることといえばさかごのことだけで、医師からはとくに何も言われませんでした。妊婦健診でも異状はなかったです。
お産入院時に少し心配したことは、母乳とミルクの混合でしたが、体重の増えがあまりよくなかったことです。退院時に“1カ月健診の前に、念のため受診するように”と言われたのですが、看護師さんには“赤ちゃんにはよくあることよ”と言われて、私もあまり心配はしていませんでした」(千夏さん)
音輪ちゃんの病気、重症複合免疫不全症が判明したのは、生後5日のときに出産した大学病院で受けた新生児スクリーニングのオプションスクリーニング検査によるものでした。新生児スクリーニングは公費で、すべての赤ちゃんが受ける検査のほかに、自治体によっては自己負担または無償で、希少疾患を対象にしたオプションスクリーニング検査が受けられます。音輪ちゃんを生んだ大学病院でも、検査が受けられました。
「お産入院中、看護師さんから“1万円弱の検査費用がかかるけれど、先天性代謝異常などの検査に加えて、ポンペ病やファブリー病、重症複合免疫不全症などの希少疾患に対する新生児スクリーニング検査も受けますか?”と聞かれて、乳幼児健診を受けるような気持ちで、念のため検査を受けようと思ってお願いしました。
新生児スクリーニング検査は、かかとから少し採血をすれば終わり、その1回の採血でオプションスクリーニング検査も受けられるので、赤ちゃんに大きな負担がかからないというのも、検査を受けようと思った理由です。
検査で発見されるのは、まれな病気ばかりだったので、まさか音輪にそうした病気が見つかるなんて夢にも思いませんでした」(千夏さん)
医師から結果を知らせる電話が。再診までは感染予防のため母乳や外出は禁止
退院後、音輪ちゃんと自宅でのんびり過ごしていたある日、大学病院から電話がありました。
「音輪が生後16日のとき、医師から電話があって“新生児スクリーニング検査の結果、病気の疑いがあるので、一度、病院に来てほしい”と言われました。
手元には、病院でもらった新生児スクリーニング検査のパンフレットがありました。そこには検査でわかる“ポンペ病”“ファブリー病”“ムコ多糖症Ⅰ型”“ムコ多糖症Ⅱ型”“重症複合免疫不全症”の5つの病名と病気の説明が書かれていました。私はパンフレットを見ながら医師に“どの病気が疑われているのですか?”と聞いたところ”“重症複合免疫不全症が疑われます。早めに病院に来てもらえませんか? 病院に来るまでは感染症から赤ちゃんを守るために、母乳はやめてください。外出や人ごみも避けてください”と言われ、頭が真っ白になりました」(千夏さん)
重症複合免疫不全症は5万人に1人といわれる病気で、免疫の司令官であるT細胞が、体内で作られない病気です。そのため低月齢のうちから感染症にかかりやすく、かかると重症化しやすいため、感染症対策を徹底することが必要です。健康な赤ちゃんにとっては問題がない母乳も、重症複合免疫不全症の赤ちゃんにとっては、細菌やウイルスの感染源になることがあります。
「電話を切ったあと、インターネットで病気について調べたのですが“軽い風邪から重度の肺炎を併発するなどして、1歳までに亡くなる子が多い””根治治療には、造血細胞移植が必要“など、不安になる情報ばかりでした。
目の前にいる音輪は、元気に泣いて、抱っこするとすやすや寝て…。だれが見ても、大きな病気を持っている子には見えません。“なぜ?”“本当なの?””間違いであってほしい“という思いしかありませんでした」(千夏さん)
遺伝子検査で、重症複合免疫不全症の中のADA欠損症と判明。治療のため東京へ
医師から電話があったのは金曜日で、病院に行くのは月曜日となりました。土・日の2日間は指示されたとおりに母乳をやめ、感染対策にも気をつけながら過ごしました。2日間はインターネットなど病気の情報収集をして、夫婦で話し合いました。夫婦で決めたことは「音輪を救うために、できることはすべてしよう」ということでした。
「大学病院では、採血や尿検査などをしました。2日目は、遺伝子検査もしました。医師からは“検査の結果が出るまで数日かかりますが、その前に準備をして入院してください”と言われました。入院したのは生後21日目です。
感染症対策として、音輪のベッドはビニールシートで覆われており、中には高性能の空気清浄機が置かれています。
本当は夫婦で、音輪の病気や今後のことを、もっと話し合いたかったのですが、そんな時間もないぐらい、目まぐるしいスピードで私たちの生活は変わってしまいました。
私は現実を受け入れられず、自分の両親にも状況をうまく説明できそうにない状態でした。私の両親には夫から電話で説明をしてもらいました。不妊治療の大変さも伝えていた母からは“大丈夫よ”と励まされて、涙が止まりませんでした」(千夏さん)
入院から2週間ほどで遺伝子検査の結果が出ましたが、音輪ちゃんは重症複合免疫不全症の中のADA欠損症と診断されました。ADA欠損症とは、遺伝子の変異によりADAという体内の酵素が欠けている状態で、それによって重度の免疫不全になり、低月齢のうちからウイルスや細菌などの感染症にかかりやすくなる病気です。感染症にかかると重症化しやすく、命にかかわることもあります。
しかしADA欠損症は、酵素補充療法という治療があります。
「ADA欠損症について、医師からの説明を夫婦で聞きました。
そのとき酵素補充療法について説明されたのですが、ここの大学病院では、今はできないと言われました。酵素補充療法の治療ができる病院として、東京の国立成育医療研究センターを紹介されました。“成育医療研究センターのベッドが空き次第、東京に行ってすぐ入院できますか?”と聞かれ、“えっ? 東京まで行くの?”と驚いたものの、“治療ができるんだ!”という望みもわいてきました。夫とは“音輪を救うために、できることはなんででもやる”と決めていたので、その場で“東京に行きます”と即答しました。
説明が終わり、夫も“やっと先が見えてきたね”と言っていました。
ただ成育医療研究センターでの治療期間は、どのぐらいかかるかわからないとも言われ、希望と不安が入り交じった複雑な思いでした」(千夏さん)
音輪ちゃんが成育医療研究センターに転院できたのは生後42日のこと。
「医師から、感染症対策のために新幹線などは利用しないほうがいいでしょうと言われ、車で行くことにしました。
“渋滞にあわないように”と朝7時に病院を出発し、成育医療研究センターに到着したのはお昼ごろ。5時間かかりました。
それまでの入院中は、常に夫婦どちらか1人が音輪につき添っていたので、夫とはすれ違いの生活でした。車の中で、夫と“やっと家族3人そろったね”と話して、久しぶりに温かい気持ちになれました」(千夏さん)
【小児科医から】音輪ちゃんは、病気の早期発見と医療の連携がうまくいき功を奏した例です
音輪ちゃんのママも妊娠中や産後、とくに気になることはなかったと言っていますが、重症複合免疫不全症は妊婦健診や乳幼児健診などでは見つからない病気です。新生児スクリーニング検査で早期に発見しなければ、低月齢のうちから発熱などを繰り返して重症化し、命にかかわることもあります。音輪ちゃんの場合は、オプションスクリーニング検査で早期発見し、医療の連携がうまくいって功を奏した例です。重症複合免疫不全症は、1歳までに亡くなる子も多い病気ですが、治療がうまくいけば健康な子と同じような生活ができます。
お話・写真提供/小川千夏さん(仮名) 取材・文/麻生珠恵、たまひよONLINE編集部
ADA欠損症の治療に有効とされる酵素補充療法は、日本ではまだ広く普及していない新しい治療です。国立成育医療研究センターでは、臨床研究や治験を行い2019年から保険診療での治療が承認されています。千夏さんとパパは、この治療に託すことにしました。
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