生後43日から週1筋肉注射での治療を開始。押さえつけられ泣き叫ぶ娘の姿を見るのがつらかった【ADA欠損症・体験談】
重症複合免疫不全症は、5万人に1人と言われるまれな病気です。遺伝子の変異によって起き、免疫の司令官であるT細胞が、体内で作られないために、低月齢のうちから感染症にかかりやすいのが特徴です。感染症にかかると重症化しやすく、1歳までに亡くなる子も。
わが子が重症複合免疫不全症と診断された、小川千夏さん(仮名)に音輪(とわ)ちゃん(仮名)の治療について話を聞きました。音輪ちゃんは新生児スクリーニング検査で病気が早期に発見され、国立成育医療研究センターで無症状のうちに酵素補充療法という治療を開始していますが、これは国内では初めてのことです。
新生児スクリーニング検査で病気が判明。酵素補充療法を受けるために、成育医療研究センターへ
自宅近くの大学病院で出産し、生後5日に行った新生児スクリーニング検査で、重症複合免疫不全症と判明した音輪ちゃん。
その後の遺伝子検査で、音輪ちゃんは重症複合免疫不全症の中のADA欠損症ということがわかりました。
重症複合免疫不全症はいくつかの種類があり、ADA欠損症は唯一、酵素補充療法が有効とされていますが、新しい治療のため行える医療機関は限られています。そのため生後42日に東京の国立成育医療研究センターに転院して、翌日から治療を行うことになりました。
「成育医療研究センターに着いたら、すぐにクリーンルームという感染症対策が施された病室に入院しました。
私たち夫婦はつき添えますが、クリーンルームに入るときは、自分で用意した専用の靴に履き替えて、袖つきのエプロンを着て、新しいマスクに交換します。また手洗い、手指消毒は必須です。
そうした対策をしたうえで、音輪を抱っこできますが、細菌やウイルス感染を防ぐために、母乳は飲ませることができません。
私は成育医療研究センターの近くにある滞在施設に泊まり、そこから毎日、音輪のところに通っていました。面会時間の午前11時から夜8時まで、ずっと音輪のそばにいました。でも退院の目途はわからないと言われていたので、いつになったら音輪と自宅に帰れるんだろう…と不安でした」(千夏さん)
生後43日から、週1回、太ももに筋肉注射を打つ酵素補充療法を開始
音輪ちゃんが受けた、酵素補充療法は免疫機能の改善を図るための治療です。国内では国立成育医療研究センターが中心になって臨床研究や治験を行い、2019年から保険診療での治療が承認されています。
酵素補充療法は筋肉注射で週1回、太ももに注射をして、1週間ごと交互に右の太もも、次は左の太ももというように注射をします。
「音輪は生後43日から、酵素補充療法を始めました。筋肉注射をするときは、体を押さえられるし、痛がって泣きます。
医師からは“T細胞の数値が増加している”と説明されました。音輪の病気は、軽い風邪をひいただけで、重い肺炎を起こしたりして亡くなる子も多いので、怖い病気ということはわかっているのですが、見た目は健康な赤ちゃんとまったく同じです。T細胞の説明を受けたときも、正直、実感がわかなかったというのが本音です」(千夏さん)
太ももへの筋肉注射を繰り返すことで、音輪ちゃんのT細胞は順調に増えて、免疫力も回復。退院の兆しが見えたのは、5カ月になってからです。
「クリーンルームから、個室に移れたとき、そろそろ退院できるかもと思いました。個室だと24時間つき添いができるため、私も24時間音輪のそばにいたのですが、夜中、音輪と一緒に過ごすのは、本当に久しぶり。産後、退院して数日間しか音輪と24時間過ごしたことがなかったので、うれしい反面“夜、すごく泣くのかな?”と考えたりして緊張しました」(千夏さん)
音輪ちゃんの退院が決まったのは6カ月のときです。
退院後も、感染症対策は必須。しかしパパが新型コロナに感染しひやりとしたことも
退院後の生活では、医師からカビ、ほこり、ウイルス、細菌には十分、注意するように言われた千夏さん。
「部屋の掃除やおふろのカビ対策などはこまめにしています。寝具も毎日交換し、おもちゃも毎日、アルコール消毒しています。お散歩はしていますが、10カ月の今でも人が集まるような場所には連れて行けません。
夫婦で十分注意はしているのですが、先日、パパが新型コロナウイルスに感染してしまい、かなりヒヤッとしました。のどが痛いと言い出して、パパも“音輪にうつすといけないから、念のため家には帰らない”と言って、しばらく私と音輪だけで家で過ごしました。
主治医にも相談したのですが、運よく音輪も私も感染しておらず胸をなでおろしました」(千夏さん)
1歳までに亡くなる子が多いという情報を見たときは頭が真っ白に。今があるのは奇跡
音輪ちゃんは、ロタウイルスワクチンや小児用肺炎球菌ワクチンなどの定期接種は受けられません。ワクチンから、ウイルス感染を起こす可能性があるからです。
「9カ月から、RSウイルス感染症を予防するシナジスという注射は受けていますが、予防接種は今のところ受けられません。
感染症から音輪を守るために、週1回、音輪を生んだ大学病院に行き、酵素補充療法を受けています。また家庭では抗ウイルス剤や抗菌薬の粉薬などを飲ませるほか、免疫グロブリン製剤の皮下注射を太ももに週1回打っています。注射の打ち方は、退院前に医師から指導を受けました。パパが抱っこして、私が注射を打っていますが、チューブを通して薬剤をゆっくり注入していくので、30分ぐらいかかり、音輪はいつも泣いています」(千夏さん)
音輪ちゃんは、もうすぐ1歳。重症複合免疫不全症と判明したとき、千夏さんはインターネットで病気のことを調べましたが「軽い風邪から重い肺炎などを併発しやすく、1歳までに亡くなる子も多い」という情報を見て、胸が締めつけられたと言います。
「生後5日に受けた、新生児スクリーニング検査で音輪の病気が判明し、感染症にかかる前に、成育医療研究センターで酵素補充療法を受けられたこと…。すべてが奇跡でつながっているように思えて感謝しかありません」(千夏さん)
また音輪ちゃんが受けている酵素補充療法は根治治療ではありません。いずれ造血細胞移植などが必要になります。
「音輪を生んだ大学病院で、念のためと言われて夫婦でドナーになれるか検査をしました。ドナーになるには、HLAという白血球の血液型がある程度以上合う必要がありますが、親だとHLAが一致する確率は1/30程度と言われて、私たち夫婦は一致しませんでした。
そのため1歳前に造血細胞移植を含めた今後の治療方針を相談しましょうと言われています」(千夏さん)
お話・写真提供/小川千夏さん(仮名) 取材・文/麻生珠恵、たまひよONLINE編集部
【小児科医から】音輪ちゃんのようなケースが、全国に検査態勢を広げるきっかけになれば…
音輪ちゃんの病気が判明した、新生児スクリーニングのオプションスクリーニング検査は一部の自治体では無償または自己負担で行っていますが、全国すべてで行われているものではありません。課題となっているのは、コストや人手の問題です。
しかし重症複合免疫不全症は、新生児スクリーニング検査で早期に発見することで救える命が増える病気です。音輪ちゃんのようなケースが、この検査を全国に広げるきっかけになることを期待しています。
重症複合免疫不全症の根治治療は、造血細胞移植か遺伝子治療です。音輪ちゃんが受けた酵素補充療法は、根治治療ではありません。ただ造血細胞移植はドナーが見つからなければ行えませんし、遺伝子治療は、海外でしか受けられず莫大(ばくだい)な治療費がかかるのが課題です。音輪ちゃんも、1歳前から医師と話し合って、今後の治療方針を決めていくそうです。
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