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「あ~おもしろかった!」で死にたい。看護師でがん経験者の自分ができることは……2児の母が「カトラリー」販売で起業した理由

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「食べることへの悩みを解消するカトラリー」というのをご存じですか?その名は「iisazy(イサジー)」。
がんを取り除く手術の影響で「食べる」ことの不自由さを体験した柴田敦巨(しばた あつこ)さんが会社を立ち上げ、製造・販売しているものです。
2人の子どもの母で、看護師として働いていた柴田さんが、どのようにして会社を起こし「iisazy(イサジー)」を作り上げていったのか……。

今回は、柴田さんのがんの再発と、会社を立ち上げるまでの経緯、そしてこの先に目指していることなどについて聞きました。

特集「たまひよ 家族を考える」では、妊娠・育児をとりまくさまざまな事象を、できるだけわかりやすくお届けし、少しでも子育てしやすい社会になるようなヒントを探したいと考えています。

がん再発と3度目の手術。「自分ができることは何か」を考えるように

耳の下にできた腺様のう胞がん(せんようのうほうがん)を取り除く手術の影響で、食べることが不自由になった柴田敦巨(しばた あつこ)さん。人と一緒に食事をすることを避け、大きな孤独感を抱えていましたが、腺様のう胞がん経験者とその家族で構成されるチームの交流会で多くの仲間と出会い、明るさを取り戻していきました。

ところがそんな折、柴田さんのがんが再発し、3回目の手術を受けることに。2回目の手術から2年後の2016年のことでした。
3度目の手術では、腫瘍を摘出すると同時に、顔面の神経を復活させるためにふくらはぎの神経を移植。手術後は抗がん剤と化学放射線治療を行い、副作用でひどい倦怠感や吐き気、さらには味覚障害にも苦しみました。

退院後、柴田さんは「この経験を何かに活かすことはできないだろうか」と思うようになったと言います。

「3回の手術のたびに家族や職場の方々など、たくさんの人にサポートしてもらいました。その恩返しとしてできることは、看護師でもあり、がん経験者でもあるという経験を活かして何かをすることではないかと思うようになったんです」(柴田さん)

まずはその思いを周囲の人に知ってもらおうと、自身の病気のことも含めて伝えるようにした柴田さん。

「すると職場でも多くの人が、話を聞いてくれたり共感してくれたり、さらには応援してくれる人も出てきました。その中の1人で後輩の女性が、『かんでん起業チャレンジ制度があるから応募してみたら』と教えてくれたんです」(柴田さん)

社内の新規事業発掘制度に応募。看護師から起業家へ

カトラリー開発の会議の様子

「かんでん起業チャレンジ制度」とは、関西電力の新規事業発掘のための社内制度。この審査に通ると、新規事業として会社のバックアップを受けながら起業することができます。

関西電力病院に勤めていた柴田さんは、その制度を利用することが可能でした。「起業したい」というよりも「今の思いを周りの人に知ってほしい」という思いから「2019年かんでん起業チャレンジ制度」に「猫舌カフェプラン」で応募。「猫舌」というのは柴田さんの友人で、同じ腺様のう胞がんを経験した女性のニックネームをもらったものです。

「がんを経験した人々が気軽に立ち寄り、自分の話したいことを話せるカフェを作りたいと思ったんです。
食べる喜びがなくなったら本当に辛いということや、味覚障害ってこういう感じということを、同じ経験をした仲間と話し、『わかる、わかる』『ある、ある!」と言いながら笑い合える場所。そして『自分は大丈夫』と自信を取り戻し、日常生活に戻っていけるような、そういったコミュニティが社会に必要だと思いました。
そのカフェのアイテムの1つとして『食べることへの悩みを抱える人のためのカトラリート』の制作も考えました」(柴田さん)

同時期に応募した社員は45人ほどいましたが、書類審査を通ったのは柴田さんも含めて13人。次の1次審査を通過したのは、なんと柴田さんだけでした。

すると今度は、病院勤務から経営企画室に異動することに。そこで半年間、事業としてやっていけるかどうかを検証する実証実験を行うのです。
起業するからには、経営もしっかり考える必要があります。その中で、最初は「食べることに悩みを抱える人が使いやすいカトラリー」をメインにすることになり、カトラリーの制作を行い、最終審査に臨みました。

「私ががんになって思ったのは、死ぬ時に最後に『あ〜、おもしろかった!』で終わりたいということなんです。だからこの時も、一生懸命仲間たちとプランを練って、ダメだったらで『おもしろかったね』って言い合って笑えればいいと思っていました。
ただ、現実に必要なものだと思っていたので、もしチャレンジ制度に落ちてもいつかどこかで形にしたいとは思っていました」(柴田さん)

その思いが会社にも通じ、柴田さんは最終審査にみごと合格。合格通知をもらった日がちょうどクリスマスイブだったので、お店を予約して家族で食事をしながら乾杯をしたそうです。

「その時、息子が『看護師だと思っていたお母さんがいきなり起業って、なんかおもしろいよなー。がんになってからの方が楽しそうだよね』って言ってくれたんです。私の人生だから自分らしく生きたいと思ってやっていただけなんですが、それをそういう風に受け止めてくれていたことが、驚きでしたし、すごくうれしかったです」(柴田さん)

食べることに悩みを抱える人のカトラリー「iisazy(イイサジー)」

柴田さんが開発した、食べることに悩みを抱える人のカトラリー「iisazy(イイサジー)」

2020年2月、関西電力のグループ企業として、柴田さんが代表取締役の「猫舌堂」が設立。「食べることに悩みを抱える人も使いやすいカトラリー」のオンライン販売をスタートしました。カトラリーの名前は「iisazy(イイサジー)」。「いいさじ加減」をもじってつけたそうです。

「iisazyのスプーンとフォークは、一般的なカトラリーと比べて、薄くて小さく、フラットなのが特徴です。口をあまり開けられない人や食欲がない人でも、こぼすことなく、適量をスマートに食べることができるんです」(柴田さん)

フォークは先が少し外に広がっていて食べ物が落ちにくいなど、さまざまな工夫が施されています。なかでも強くこだわったのは、そのデザイン性だそうです。

「いかにも介護用という無骨なものや、プラスチックの安っぽいものにはしたくありませんでした。外出先で取り出しても人目を気にすることなく、健康な人も使ってみたくなるような高級感あるカトラリーにしたかったんです。
isazyは新潟県燕市の職人さんと一緒に開発したのですが、軽くて高級感が出せるステンレスの素材をすすめてくれました。匠の技術で私たちの細かい要望をしっかり実現してくださって、理想のカトラリーができたと思います」(柴田さん)

iisazyは関西電力病院や大阪国際がんセンター、愛知県がんセンター、国立がん研究センター東病院敷地内の三井ガーデンホテル柏の葉パークサイドなどのコンビニエンスストアでも販売され、現在も入院や通院中の人に喜ばれています。また、全国の百貨店にも販路が広がっています。

さらに、その質の良さが口コミで広がり、購入者の幅も広がっていきました。猫舌堂のホームページには、離乳食期の幼児いる家庭から「食べるのを嫌がっていたのに、このスプーンだと食べてくれる」という喜びの声や、「小さいので自然に早食いがなくなった」「ダイエットにいいかも」「果物の味がよくわかる」など、さまざまな声が毎日のように寄せられているそうです。

次の目標は「がん経験者が気軽に立ち寄れるカフェ」の実現

がんを経験したことによって24年間務めた看護師という職をやめ、新たな人生をスタートさせた柴田さん。今後は、当初のプランであった「カフェ」を作ることが目標だと笑顔で語ります。

「食べることに悩みがあると、なかなかお出かけができないし、人前でそのことを打ち明けることも難しいもの。そうして社会から遠のいてしまうことがよくあります。そういう課題を解決し、皆が一緒に社会に溶け込める場としてのカフェを作りたいんです。
当事者になって見えた課題を商品やサービスにして、それが新しい価値として当たり前になることで、どんな状況になっても慌てなくてよいのではと考えています。『猫舌堂があるから大丈夫』って思ってもらえる存在になれたらうれしいです」(柴田さん)

そのトライアルとして、2022年4月に1日限定のカフェ「猫舌堂茶寮」を大阪でオープン。東京、福岡、和歌山、滋賀、名古屋など全国各地から多く訪れたそうです。

「その時多くの人が『こんな場所がほかった』と声をかけてくれました。人と人とのつながり、社会とのつながりを感じてこそ、食べる喜び、生きる喜びにつながるのではないかと実感しています。今まで生きてきた中でも、さまざまな人と出会い、この時こんな状況になったのには何か意味があったんだと思うことが、やっぱり多いんですよね。そうした人と人とのつながりを大切にしながら、あせらず、あわてず、諦めず、確実に目標に向かって進んでいきたいと思っています
目標に向かっての1歩として、病気などで『食事の悩み』を抱えた当事者の対談シリーズ「一色十色(いっしょくといろ)」というwebコンテンツを配信しています。ひとり一人の色を寄せ集め、それが選択肢となり、その人らしく生きられるきっかけとなることを願っています」(柴田さん)


お話・写真提供/柴田敦巨 取材・文/かきの木のりみ、たまひよONLINE編集部

家族という関係は近すぎるだけに、心配のあまり批判したり、厳しいことを言ってしまいやすいもの。でも、柴田さんががん再発後に「かんでん起業チャレンジ制度」に応募を決めた時も、長年務めた看護師を辞めて起業することにした時も、家族は反対することなく、常に「頑張ってね」と応援し続けてくれたそうです。家族の応援は、何よりも心強いものだったでしょう。「家族のサポートがあったからこそ起業もできた」という柴田さんの言葉が印象的でした。


●この記事は個人の体験記です。
●記事の内容は記事執筆当時の情報であり、現在と異なる場合があります。

柴田敦巨(しばた あつこ)さん

株式会社猫舌堂 代表取締役
24年間、看護師として関西電力病院に勤務。40歳で耳下腺がんに罹患し、手術と化学放射線治療を経験。顔にマヒが残り、うまく食べられなかった経験から、同じ悩みを抱えた人たちが気軽に話せる場や、当事者になって気づいた視点で「誰でも心地よく使えるカトラリー」などを提供しようと決意。関西電力の起業チャレンジ制度を活用して、2020年「猫舌堂」を設立。2児の母。

株式会社猫舌堂

猫舌堂webコンテンツ 病気などで「食事の悩み」を抱えた当事者の対談シリーズ【一食十色(いっしょく・といろ)】 体験談ミニコラム 〜「この一食が元気の源!〜【猫めし】

株式会社 猫舌堂 Twitter :nekojitadou

株式会社 猫舌堂 Facebook :nekojitadou

株式会社 猫舌堂 Instagram :nekojitadou

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