「家庭を顧みない仕事人間でした」その僕が南国フィジーへ7ヶ月間、育休移住をしたお話。きっかけはふと目に入った妻の TODO リスト【第1回】
ワーク・ライフバランス社でコンサルタントとして活躍する大畑愼護(しんご)さんは、第3子の出産の際に1年間の育休を取得し、5歳、2歳、0歳の子どもを連れて一家5人でフィジーへ育休移住(2018年7月~2019年2月)を決行しました。そのお話を連載5回にわたって紹介します。
大畑さんが帰国して4年。日本では男性の育休取得が義務化されましたが、まだまだ難しいという声は消えません。
さらに育休移住と聞けば「そんな思い切ったことはできない」「会社に恵まれているのだろう」と思いがちですが「ひとりでも“やってみよう”と、希望を与えたい」と大畑さんは言います。第1回は大畑さんが移住を決意し、フィジーを選んだ理由のお話です。
日本の育休制度は世界最高水準。それを使わない手はない
「私の妻は、よく壁にTODOリストの付箋を貼ります。
『醤油を買う』という買い物リストから『エアコンの修理を頼む』などのやることリスト、『将来、子どもと水泳の個人メドレーで競争する』(妻は元競泳選手です)などの将来の夢リストまで、常に20枚くらいが壁に貼ってあります。
その中に『海外で3ヶ月以上暮らす』という付箋があったのです。僕は目にしたときに、率直に『一緒に叶えたい』と思いました。
ではどうするべきか、僕は考えました。
一般的に、海外で長期間暮らすとなると現地で働くイメージです。けれども今あるものを全部捨てて海外移住はなんか違う。
今の立場で何とか実現できないものか。
なんて考えていた時に目にとまったのがフィジー移住経験者の『育休中に家族でフィジー生活はいかが?』というネット記事でした。
実は日本の育休制度は世界最高水準です。
給付金の水準も、取得期間も、ユニセフ調べでは世界で第1位です。バカンスの長い海外の方でさえ、育休移住の話をすると『聞いたことがない』『初めて聞いた』と、驚かれました。
ただ世界最高水準の育休制度の男性の取得率は、世界でも低い水準です(笑)
僕が育休を取得した2018年の男性の育休取得率は6.16%。キャリアをあきらめた人が取得する、と言われていた時代で、まさに絵に描いた餅状態。
けれどもこの方法なら、夢を叶えることができます。
僕はこの記事をシェアして『次はこれかな』と、SNSでつぶやいたら、社長から『いいね』をもらえたのです!(真に受けたのか、というツッコミはご容赦ください)。
そして妻が第3子を妊娠。『育休移住をしないか?』と、相談したら『いいじゃん、楽しそう』という軽い返事。僕のやる気スイッチが発動します」
子どもと純度100%で向き合うのために育休移住をしたかった
「ところが妊娠4ヶ月ごろ、妻に『航空券はいつ手配しよう。今住んでいる家はやっぱり解約だよね』なんて話をしたら『え? あの話は本気なの?』と、言われて(笑)
『だって付箋にあるじゃん』って言ったら『老後の話だよ!』と、驚かれました。どうりで軽い返事だったわけです。そこから本気で妻と話し合いが始まりました。
僕がそもそも育休移住をしたいと思ったのは、子育てのためでした。
日本では公共の場で子どもが騒ぐと周囲の視線が気になります。親である僕たちはそんな視線を気にして『静かにして』『あれしちゃだめ』『これしちゃだめ』と、注意します。
マナーは大切です。
でも、これは子どものためというよりも、親の体裁を気にしての発言です。純度100%で子どもに伝えたい言葉ではありません。
『そんなことを気にしない場所で育児をしたら、どんな風になるのかな、試してみたい』。そんな好奇心があったのです。
最終的に妻は育休移住に同意します。それは僕との話し合いの結果と言うよりも、妻が周囲に『夫がまた突拍子もない計画を言い出した』と、愚痴ると『南国で育休移住! 面白そう!』という、肯定的な意見が多かったことでした。
妻も『ふーん、そう思うものなのか。なら行こっかな』と、ポジティブになってくれたのです(笑)」
大畑さんは妻・恵吏(えり)さんとの話し合いで『何が不安なのか』と問うと、『何もかもが不安』と言われたそうです。子を持つ母なら、その気持ちうんうんと深くうなずけます。
そこで大畑さんは恵吏さんに不安リストを作成してもらい、食事、予算、予防接種などひとつひとつ調べ上げて、答えを見つけてきたそうです。そういった姿勢も恵吏さんの同意につながったようです。
フィジーを育休移住に選んだ理由
「では育休移住はどの国にしようか。僕は5つの条件を設けました」
① 自然が豊かな国
のびのび子育ての環境として、青い海と青い空が絶対条件。
② 治安が良い
外では子どもと手を離して歩いても平気、という基準で選びました。
③ 英語圏
今後、英語が世界的なハブ言語になります。その抵抗感を少しでもなくしたい。
ちなみに僕の英語力は買い物に困らないレベル。日常会話は厳しい。妻はもっと話せなくて、買い物はもっぱらジェスチャーです(笑)
④ 日本とは対極的な価値観
これは子どもではなく、私(当時30歳)の価値観を広げたい、多様性を育てたかったからです。先進国の欧米圏は選定から外しました。東南アジア圏も考えましたが、日本の延長線上にはない国にしたかったので外しました。
⑤ 物価が安い
育休移住の費用は、子育てに集中するために『すべて育児給付金でまかなう』と、決めていました。渡航費や滞在費だけでなく帰国後の費用も含めてすべてです。
それは僕の育休移住を知って『やってみたい』と、思う人が増えて欲しかったからです。なので、再現性の高い予算としました。おのずと日本より物価の安い国となります。
この条件にぴったりだったのが、世界幸福度ナンバー1のフィジーだったのです」
前代未聞の育休移住。情報収集に苦戦する日々
「フィジーに関してネットで調べるだけでなく滞在経験者さんのもとへ出向いて話を聞き、日本でできる手配はすべてやっておこうと思いました。
フィジーの不動産関係や保育園などへメールを送ったのですが、返信はひとつもありませんでした(笑)
これは現地でやれってことね、と日本の常識で動くことをやめました。とりあえず到着後の滞在場所として3週間安宿を手配しました。
一番困ったのが入国査証(ビザ)の問題です。僕の場合は就学でも就業でもないので、入国査証なしで入国します。長期滞在できる日数を超えれば不法滞在になるため、日本にあるフィジー大使館に電話しました。
日本人の方が出られたのですが、育休移住と聞いて『はぁ⁉何考えているの』『4ヶ月なんてまず通りません。2週間しか無理です』と、説教されるだけで何も教えてくれず。仕方なく大使館HPに記載してある『4ヶ月以内』の文字を信じることにしました。
ところがフィジー滞在経験者さんなどいろんな方に聞くと『多分、90日だと思う』と、不安そうに言うのです。ただし皆さん、確信はない様子……。
とにもかくにも僕たちは家を引き払い、スーツケース2個、バックパック2個、子どものリュック1個と、120日後のフィジー発ニュージーランド行きの航空券をもって、腹をくくってフィジーへと旅立ちました」
ここまで聞くと、妻・恵吏さんの心の広さに感服です。けれどもちゃんと約束を交わしたそうです。
子どもがなじまなかったら即帰国
「今回は大人の海外旅行ではない。子どものための育休移住である。それは明確にしていました。
生後2ヶ月の赤ちゃんがいますし、第2子の娘(当時3歳)はアトピー性皮膚炎で、ひどい時は寝られない夜もありました。
安宿3週間を予約したのは、いわばお試し期間。この3週間で生活基盤を安定させることを目的とし『家が借りられなかったり、子どものアトピーの症状が悪化したり、家族が帰りたいと言ったら即帰国』という約束をしたのです」
子どもがいる、仕事がある。それを理由に夢をあきらめたくなかった
「僕たちのこうした行動は、人によっては驚かれると思います。
でも僕のモットーは『毎年更新』。去年よりもヴァージョンアップして幸せになる。それが目標でもあります。
実は僕は社会人3年目の24歳で結婚していますが、東京ということもあって周囲から『早い』と驚かれました。当時の職場の先輩から『結婚は人生の墓場だ』とも言われました。『結婚したら何もできない。自由がなくなる』と。でも本当にそうなのでしょうか。
結婚したら幸福度はアップするし、子どもが生まれたらもっとアップして、毎日が楽しくなります。『子ども3人いるからできること』だってある。
『子どもがいるから夢をあきらめる』は、ちょっと違う。というか、そんなことはない。だからこそ育休移住にチャレンジしたかったのです」
さて滞在できる日数は90日なのでしょうか、120日なのでしょうか。第2回はフィジー到着3週間の珍道中を中心にフィジーの生活を紹介します。
大畑愼護(おおはた しんご)
前職では全国を駆け巡る激務をこなし、やりがいを感じながらも長時間労働の弊害を実感。そこで個人及びチームの業務内容などを見直し・改善して残業時間半減を実現します。その経験を生かして生産性の向上を提言するワーク・ライフバランス社へ転職。コンサルタントとして、企業の講演・研修を担当し多数のメディアにも出演しています。
プライベートでは3児の父。前職では激務のせいで一家離散の一歩手前でしたが、こちらも見事に立て直し、第3子誕生の際には1年間の育休をとって一家5人で南国フィジーへ育休移住を決行しました。プライベートではトライアスロンに挑戦するなど、既成概念にとらわれず仕事・家庭・自分の時間の充実を提案する型破りイクメンパパです。
文・取材/川口美彩子