オーストラリアの子育て支援プログラム「トリプルP」日本では親が後回しにされがち⁈ 自分を大切にしながら実践する子育て法とは?

40年ほど前にオーストラリアのクイーンズランド大学で開発され、現在25カ国以上で実施されている、子育て支援プログラムの「トリプルP」。最近では日本の各地の自治体や企業などでも導入され、子育て中のママやパパから「子育てが楽になりました!」「もっと早く出会いたかった」との声が上がっています。たまひよではよりよい親子コミュニケーションのヒントを探るために、今回はトリプルPジャパン理事の松岡かおりさんに、トリプルPの具体的な内容を伺いました。
「困っているママ」が原点の、世界的な子育て支援プログラム
――トリプルPの成り立ちを教えてください。
松岡 トリプルP(=3つのP)とは、“前向き子育てプログラム(Positive Parenting Program)”を意味しています。今からおよそ40年前、オーストラリアのクイーンズランド大学で臨床心理学を教えているマット・サンダース教授によって開発されました。当時、サンダース教授が相談に乗っていた家族の子どもが、お母さんの顔をめがけておもちゃの芝刈り機を振り回したことがありました。その時、お母さんは困惑してとても傷ついた表情を見せたそうです。家族が抱える複雑な問題を目の当たりにしたサンダース教授は、これを機に親を支援するプログラムを作ることにしたといいます。
それからさまざまな研究やエビデンスが積み重ねられて、今では「トリプルP」は国連でも効果的な子育てプログラムとして認められるようになりました。これまで世界中の400万人以上の子どもやご家族を支援しています。
――日本では2005年にトリプルPジャパンが設立されて、だんだん全国の自治体でも取り組みが導入されるようになったそうですね。
松岡 まだ一部の自治体に限られていますが、導入が進んでいます。2024年の春には児童福祉法が改正されて、「親子間の適切な関係の構築」を目的に講義やグループワークが自治体の事業として位置付けられる予定があり、今後はさらにトリプルPの普及が進むのではないかと思われます。
子育てに前向きになれる「トリプルPの5原則」
――トリプルPは、具体的にはどのような内容なのでしょうか?
松岡 まず、子育てに前向きになる環境づくりには、5つの原則があると私たちはお伝えしています。
1つ目は「安全に遊べる環境づくり」です。例えば交通量が多くて狭い通りを子どもが歩いていたら、親はヒヤヒヤしてとても前向きにはなれませんよね。文字通り、まずは安全が保てる環境が大切だということです。
2つ目は「積極的に学べる環境づくり」。子どもが自発的に何かを「やってみたい」という気持ちになれるのは、親がちゃんと向き合って話を聞いてくれて、しっかり受け止められているという良好な関係があってこそ。親子の関係をよくすることが学ぶ意欲を高めます。
3つ目は「一貫した分かりやすいしつけ」。誰にでもあることですが、自分の機嫌がよかったり、お客様が来ている時だけ「今日は特別」と甘くなったり、逆にイライラが重なるとささいなことでバーンと爆発してしまったり…。そういった親の気持ち次第で子どもを振り回すのではなく、「これをするのはダメ」と揺るぎない明確なルールを作るということです。
4つ目は「適切な期待感をもつ」。期待が大きすぎると、うまくいかないときに親がイライラしたり落ち込む原因になります。“適切な期待感”がどのくらいかは子どもの資質によって違いますが、「~ねばならない」という完璧さを求めるような期待ではなく、「そんな日もあるよ」とほどほどを保つことが大切です。
5つ目は「親として自分を大切にする」。特に母親は子どもが生まれると「○○ちゃんのママ」「△△さんの奥さん」などと呼ばれて、自分の存在が薄れていくと感じてしまいがちです。でも、子どもを安全に預けることができるのであれば、時には子どもから離れてリフレッシュすることは、子どもとの前向きな関わりを保つ上ですごく大事なことです。
――日本では、特に5番目の「親が自分を大切にする」はなかなか難しいですね。
松岡 そうですね。やっぱりまだ日本の中には「子どもが小さいんだから」「子どものために我慢しなさい」などという風潮があって、自分が我慢しなければいけないと思ってしまいがちです。だからこそ私たちは、まずは少しの時間でも自分を大切にしてほしいというメッセージを伝えています。
どんなに忙しくても、子どもとの良い時間を作る方法
――この5原則に沿って、親子の関わり方を学んでいくのでしょうか。
松岡 はい。日本ではレベル1からレベル4まで実施しているのですが、セミナーや個別相談、グループワークなどの形で、プログラムを学んでいきます。私たちが「こうするべき」という答えを教えるというよりも、親が知識を得て、解決するための手助けを私たちが行うという形です。
――トリプルPの始まりのエピソードとして、おもちゃの芝刈り機を振り上げた子のお話がありましたが、そんなふうに多かれ少なかれ悩んでしまう場面に事前に対処できるようになるとしたら、とても楽になりますね。
松岡 そうですね。先日フードコートに行ったとき、お子様セットで欲しいおもちゃがもらえなかったと激しいかんしゃくを起こして、おもちゃを投げ捨てている子を見かけました。こういったかんしゃくが起こると、なかなか親や周囲が適切な対応をすることは難しくなります。トリプルPを知っていただくことで、かんしゃくをうまく取り扱えるように、前もって準備ができるようになります。
――トリプルPを受けたい場合は、住んでいる自治体に問い合わせるのがいいのでしょうか。
松岡 実施している自治体は限られていますが、神奈川県の一部や神戸市中央区、和歌山県など、セミナーを開催したりNPOに委託しているところがあります。ほかにも会社の育休明けの社員を対象に行われていたり、大学の研究の一環として無料で親が参加できる場合もあります。
――トリプルPのホームページで、受講したママの感想に「短時間でも頻度の多い接触をすることで、親子の関係が8週間でよい方向に変化しました」というエピソードがありました。
松岡 トリプルPのスキルの一つに「子どもとの良い関係、良い時間を持つ」というものがあります。グループワークでは2人1組になって、いつも子どもに接しているように振る舞う体験をするのですが、「私、子どもに悪いことしていたかも…」などと、それまでのおざなりな対応に気付く人も多いですね。
例えば、「これ見て!」と言われた時に、首だけクルッと動かして「なに?」と片手間で答えるだけでは、子どもは満たされません。何かの作業をしている途中でも、手を止めてしっかりと子どもと正面から向き合い、顔を見つめて「どうしたの?」と話すことで初めて、子どもは「ちゃんと見てくれる、受け入れられた」と安心できます。これが当たり前になると、良い意味で子どもは何度も声をかけてこなくなります。以前、企業でセミナーをした時に「このスキルを知ってから、夕方が本当に楽になりました」と、3人の男の子を育てるママが言っていました。
トリプルPは各国共通のプログラムですが、どの国のママもパパも、すごく忙しいという点で共通しています。「電車のおもちゃで一緒に延々遊ぶなんてできない」とみんな口々に言いますが、たとえ時間をかけて遊べなくても、子どもが来るたびにちゃんと正面から向き合うことで、良い時間を持つことができます。これはほんの一例ですが、前向きな関わりのポイントを知ることが大切ですね。
特定非営利活動法人トリプルPジャパン理事 松岡かおり
元トリプルPインターナショナル普及コンサルタント、三浦市家庭教育支援チーム「はっぴー子育て応援団」子育てアドバイザー。子育て支援NPOでの活動中にトリプルPに出会い、現在はトリプルPを活用して、より良い親子関係のヒントを伝えている。共著に『「ちょっと困った」から「発達障害かな?」まで トリプルP 改訂第2版 ~前向き子育て17の技術~』(診断と治療社)。
※2月23日(木・祝)10時~12時、オンラインセミナー「子どもの自信を育てる」開催予定。(参加費:保護者2,200円)詳細はホームページにて。
(取材・文 武田純子)
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