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人類と病原体との闘いはこれからも続く? 感染症に負けないために必要なこととは【予防接種の30年・後編】

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Photo by Tomwang112/gettyimages

人々を感染症から守るワクチン。日本では「予防接種法」が成立した1948年から多くの人に予防接種が行われるようになりました。「たまひよ」創刊30周年企画「生まれ育つ30年 今までとこれからと」シリーズでは、30年前から現在までの妊娠・出産・育児の様子を振り返り、これから30年先ごろまでの流れを探ります。今回は子どもの予防接種・ワクチンのこれまでの歩みと未来の姿について、小児科専門医で2児の母でもある森戸やすみ先生に聞きました。

1948年の予防接種法の成立により定期接種がスタート

診療所や病院で子供にワクチンを注射する医師
●写真はイメージです
Tomwang112/gettyimages

――予防接種法について教えてください。

森戸先生(以下敬称略) 古い話になりますが、第2次世界大戦が終わった1945年ごろの日本は衛生環境が悪く、感染症対策も不十分でした。感染症の流行を防ぐために国民に広く予防接種を行うことが必要ということで、1948年に「予防接種法」ができました。その当時の接種は義務で、罰則も設けられていました。

その予防接種法のもと、1962~1994年にはインフルエンザワクチンの学校での集団接種が行われていました。学校で予防接種を受けたことを覚えているママ・パパもいるのではないでしょうか。
しかし、ワクチンの副反応への政府の対応からくる不信感や効果への疑問が増大し、1987年にインフルエンザワクチンは効かないという報告書(「前橋レポート」)が発表されました。さらに、1994年に予防接種法が「集団接種・義務接種」から「個別接種・努力義務」へと改正されたことで、インフルエンザの集団接種は廃止になりました。

インフルエンザワクチンの集団接種は効果があった?

出典/『疑問や不安がすっきり!小児科ママとパパのやさしい予防接種BOOK』(内外出版社)

1950~1998年の日米のインフルエンザワクチン接種数と超過死亡率を比較したグラフです。「5年移動平均」というのは、該当する年度と前後2つ分(5年分)をたして5で割った数値です。
日米ともにインフルエンザワクチンを接種する人が増えると、肺炎やインフルエンザによる「超過死亡」が減っています。日本は、1949年からその後集団接種が始まるまではアメリカより高く、学童への集団接種を行っていた1962~1987年ころはアメリカと同じぐらいに下がり、接種が激減した1987年以降に再び増えています。つまり、インフルエンザワクチンの集団接種には効果があったといえます。

――1994年の予防接種法の改正はどうして行われたのでしょうか。

森戸 予防接種に関する裁判で、国側の敗訴が続いたことが理由だと思います。まず、1972年に数種類のワクチンに対して健康被害の損害賠償を国に求める集団訴訟が起こり、これを受けて、予防接種を受けないことでの罰則は廃止されました。

また、1989年から導入されたMMR(麻疹・風疹・おたふくかぜ)ワクチンに使われていた、おたふくかぜワクチンが原因の脳症が起こり、社会問題になりました。一部の製造会社が免疫のつきをよくするために、厚生省(当時)の承認を得ていない方法で製造したのが原因といわれています。さらに問題なのは、日本製MMRワクチンに髄膜炎などの副反応が多いことがわかっていたにもかかわらず、厚生省は4年間も接種を中止せず、対応がおくれたこと。そのせいで、MMRワクチンだけでなく、予防接種そのものに対する国民の不信感が高まってしまったのです。

――日本はずっと予防接種に対して後ろ向きな国だったのでしょうか。

森戸 かつては大臣の判断で、多くの子どもたちをポリオから救ったことがあります。1960年に北海道を中心に患者数5600人を超えるポリオの大流行が起こったとき、翌年に当時の厚生大臣が旧ソ連やカナダから生ポリオワクチンの緊急輸入をして、約1300万人の子どもに投与。その結果、3年後には感染者数が100人以下に激減しました。このような素早い対応を今の政府にも期待したいですね。

――予防接種・ワクチンについての間違ったうわさなども多いと聞きます。

森戸 予防接種・ワクチンの間違った情報がSNSなどで多く見られます。その中からとくに心配なものをいくつか紹介します。

一つ目は「ワクチン接種で自閉症になる」というものです。

ワクチン接種が自閉症の原因になることはありません。科学的に因果関係がないことが明らかになっていますが、イギリスで「自閉症はMMRワクチンによって引き起こされる」という論文が発表された1998年以降、ヨーロッパ中で反ワクチン運動が広まりました。この間違った説がたびたび持ち出され、20年以上たった今でも、ヨーロッパではMMRワクチンの接種率が低く、麻疹の流行が問題になっています。


二つ目は「副反応の報告が多数報告されているワクチンが安全なわけがない」についてです。


ワクチンほど世界中の多くの人に使われている薬剤はなく、さらに、ワクチンほど接種後の調査が行われている薬剤もありません。欧米では多くの科学的な調査が徹底的に行われ、ワクチンの安全性が証明されています。
日本では、薬の服用後の副作用と同じように、予防接種後に見られた、受けた人にとって“悪いこと”(有害事象)は、厚生労働省に報告されます。その事例を科学的に調べると、副反応ではないケースが多く含まれています。接種後の重い副反応は極めてまれで、100万回に1回以下といわれています。予防接種をして副反応が出るリスクと、予防接種をしないでその病気にかかったときのリスクを比べると、予防接種をしないで重症になったときのほうがずっとこわいのです。


最後に「予防接種を受けたあと医療機関で待機するのは、ワクチンが危険なものだから」についてです。


予防接種のあと15〜30分程度待機したり、すぐに連絡が取れるようにしておいたりするのは、アナフィラキシーショックに備えるためです。アナフィラキシーショックとは、短時間でじんましんや呼吸困難など複数のアレルギー症状が出る反応。予防接種後に起こる頻度は低いのですが、ゼロではないので待機することになっています。適切な対処を行えば、命にかかわることはありません。

――ワクチンに対する間違った情報やかたよった考え方は、接種率に影響しますか。

森戸 WHOが発表した「2019年の世界の健康に対する10の脅威」の中に「ワクチンヘジタンシー(ワクチン接種へのためらい)」が含まれていました。WHOは、多くの人がワクチン接種をためらう原因として、「VPD(ワクチンで防げる病気)リスクに対する無頓着」「不便なワクチン接種」「ワクチンへの不信感」の3つを挙げています。「ワクチンへの不信感」については、SNSなどを介して世界中に広まる、予防接種・ワクチンの誤情報が大きな影響を与えています。

――ワクチンヘジタンシーを解決するためには、どのようなことが必要だと思われますか。

森戸 予防接種・ワクチンについて学校 できちんと教え、間違った情報に惑わされないようにすることが大切だと思います。
また、欧米のような予防接種の安全性を評価するシステムを日本にも作るべきだと、多くの医師や感染症の専門家が主張しています。
これができれば、正しい知識を広めることができ、デマも撲滅できるでしょう。そうすれば、予防接種の接種率低下を改善できると思います。

定期接種に加えるべきワクチンとは?

保護マスクを着用した少年。
●写真はイメージです
manusapon kasosod/gettyimages

――日本の子どもが受けるワクチンは、世界とのギャップがほぼ解消されたそうですが、定期接種化が望まれるワクチンはありますか。

森戸 まず、おたふくかぜを予防するムンプスワクチンの定期接種化が望まれます。
おたふくかぜに自然に感染し、ムンプスウイルスが内耳まで侵入すると、「ムンプス難聴」を発症します。すると急激に聴力が低下し、会話レベルの音が聞き取れない「高度難聴」や、耳元で話されても聞き取れない「重度難聴」となり、回復はほぼ望めません。
おたふくかぜワクチンの接種率は30〜40%と低いため、日本国内でムンプス難聴を発症する子どもの数は減りません。

2015~2016年の日本耳鼻咽喉科学会の調査では、2年間で少なくとも348人がムンプス難聴を発症していますが、これは診断がついた人だけの数字。耳下腺の腫れがわずかで、周囲に気づかれないままおたふくかぜを発症した子どもは、片方の耳だけが片側性難聴になっていても本人が気づかず、訴えがないので、母親・父親もわが子が難聴になっていることに気づかないこともあります。

先進国でおたふくかぜワクチンが公費で受けられない国は日本だけです。

――ほかにもありますか。

森戸 百日せきワクチンの抗体は小学校入学前に低下するため、百日せきの感染を予防するために、MR(麻疹・風疹)ワクチンのⅡ期に合わせて、三種混合(百日せき・ジフテリア・破傷風)ワクチンの接種が推奨されています。
また、ポリオ感染者が世界的に増えているので、不活化ポリオワクチンの5回目の接種も追加接種することが望まれます。現在の予防接種法では、四種混合ワクチンは4回までしか受けることができません。MRワクチン第Ⅱ期と一緒に四種混合ワクチン5回目を行えれば、百日せきもポリオも予防効果を維持できます。流行状況と抗体価の低下に合わせて、接種回数を見直す必要があるのではないしょうか。

さらに、HPVワクチンの男子への定期接種化も、先進各国では始まっていますし、MMRワクチンの再開も待たれます。

RSウイルス感染症のワクチンは2種類が開発中

●写真はイメージです
Amornrat Phuchom/gettyimages

――これから先、ワクチンができる可能性がある感染症はありますか。

森戸 乳幼児に重篤な呼吸器症状を起こすことが多い、RSウイルス感染症のワクチンは実用化目前です。妊婦がワクチンを接種することで出生直後から赤ちゃんのRSウイルス感染症を予防することができるものと、生まれたあとに赤ちゃんを守るものの2種類が開発中です。

2014年と2019年に国内でも感染者が報告されたデング熱のワクチンを武田薬品工業が開発し、近く流行国のインドネシアで販売を始めることになりました。

また、人類の最大の疫病といわれるマラリアのワクチンは、2022年にWHOがアフリカの大半の地域における子どもへの使用を推奨すると発表しました。
10年後、20年後、30年後にはさらにもっとたくさん感染症を予防するワクチンができていることを期待しています。

――2020年にWHOが「予防接種の注射の痛みだけでなく不安から起こる反応を認識し、痛みや不安をやわらげるケアをする必要がある」と提言しました。いずれは「痛くない予防注射」が実現するでしょうか。

森戸 すぐというのは難しいと思いますが、「注射に伴う苦痛を軽減するケアを行う」という考えのもと、日本でも2015年にクリームタイプの塗る麻酔剤が、その後、貼るタイプが発売されました。保険適用外で、私もまだ処方したことはありませんが、こういうケアがしやすくなる時代も、いずれは来るかもしれませんね。

未知のウイルス・細菌と闘うために正しい情報を

研究室で顕微鏡を見ている若い科学者。医学研究所
●写真はイメージです
Evgeny Lonskov/gettyimages

――新型コロナウイルスが世界で流行し始めてから3年以上がたち、2023年5月5日に「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を終了すると、WHOが発表しました。

森戸 人類はこれまでに何度も感染症の大流行を経験してきました。ペスト、スペイン風邪、SARS(重症急性呼吸器症候群)、MERS(中東呼吸器症候群)などです。新型コロナウイルス感染症についてはようやくコロナ前の生活が戻りつつありますが、今後も未知のウイルス・細菌による感染症が世界的に流行する可能性は否定できません。

――日本の新型コロナウイルスワクチンの接種は、海外におくれを取ったといわれていました。

森戸 日本では新型コロナのワクチン接種は、2021年2月に医療従事者から始まりました。海外の一部の国では2020年末からスタートしていて、それらの国と比べると2~3カ月おくれを取ったことになります。その原因の一つには、日本はワクチンを開発する準備ができていなかったことがあると思います。
国内のワクチンメーカーは欧米に比べて規模が小さく、公的な資金援助も少なく、開発を行う余裕がありませんでした。さらに、日本にはパンデミックの際に治験や承認をスピーディーに行うシステムもないため、新しいワクチンが使えるようになるまでにとても時間がかかります。
次なる未知の病原体に対応するためには、こうした日本の問題を解決する必要があります。
一方、新型コロナでは流行の初期に各省庁の連携のおくれが問題視されたことを受け、感染症対策の司令塔となる「内閣感染症危機管理統括庁」が2023年9月1日に発足する予定です。

――感染症から自分自身と家族を守るために、私たち一人一人ができることは何でしょうか。

森戸 感染症から身を守るためのワクチンについて、正しく理解することです。間違った情報やかたよった主張に振り回されないようにするには、情報を精査することが欠かせません。国や公の機関、学会などが発表する情報は科学的根拠があり、多くの人がチェックしているので、間違っている可能性はとても少ないです。海外の発表も翻訳機能などを使えば、日本語で読める時代になっているので、比較してみるのもいいと思います。
時間とともに見解が変わることもありますから、常に最新の情報を入手することも欠かせません。

子どもたちを中心にみんなの命を守るために「感染症とワクチンのことを正しく理解し、適切な 対応を行う」。これは10年先、30年先も変わらず大切なことです。

お話・監修/森戸やすみ先生 画像提供/内外出版社 取材・文/東裕美、たまひよONLINE編集部

●記事の内容は2023年7月11日の情報であり、現在と異なる場合があります。

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