母乳バンクの設置、新生児マススクリーニングの充実でもっと救える命がある【新生児医療の30年・前編】
「たまひよ」創刊30周年企画「生まれ育つ30年 今までとこれからと」シリーズでは、30年前から現在までの妊娠・出産・育児の様子を振り返り、これから30年先ごろまでの流れを探ります。
日本は、NICU(新生児集中治療室)でも小さく生まれた赤ちゃん、病気の赤ちゃんへの手厚く的確な医療が行われ、出産前後に亡くなる赤ちゃんの割合(周産期死亡率)は長期にわたって世界一の低さです。
NICUで治療に取り組んでいて、SNS上で「ふらいと先生」としても知られる新生児科医の今西洋介先生に、新生児医療が歩んできた30年間を振り返りながら、これからの課題を聞きました。
国内3つ目の「母乳バンク」が開設
――先ごろ国内3番目で、地方では初となる母乳バンクが開設されたというニュースがありました。新生児医療では、母乳はどのように考えられているのでしょうか?これから母乳バンクが使える母親は増えていくのでしょうか?
今西先生(以下敬称略) 母乳バンクは世界中にあり、日本では昭和大学医学部小児科学講座教授の水野克己先生が長い間尽力しています。2013年に昭和大学で国内初の母乳バンクができ、2019年には厚労省が全国整備の方針を示しました。最近、藤田医科大学病院に母乳バンクができたことが報じられましたが、東京の2カ所に次いでまだ国内で3つ目です。これが本当に全国的な動きとなっていくにはまだ時間がかかるでしょうが、大切なしくみですから早く普及してほしいと思っています。
というのは、小さく生まれた赤ちゃんは壊死性腸炎という病気で命を失うことがあり、これは母乳を飲めなかった赤ちゃんがかかりやすい、とても恐ろしい病気です。この子たちにとって母乳は薬のようなものです。母乳が、新生児医療にとって絶対的な存在であることにおいては僕が医師になったころから変わっていません。
ただ、母乳は産後すぐから出るわけではないので、出るまでどうすればいいかという問題があります。以前は、「もらい乳」をしていました。たくさん出ている人から、感染症のチェックをした上で、母乳をもらっていたのです。しかし、たくさん出ているお母さんは常にいるとは限らないので、この方法は安定的ではありませんでした。
低出生体重で生まれた赤ちゃんが母乳バンクから母乳をもらうには、病院が必要な設備を整えて、母乳バンクに正式に登録することが必要です。それによって「ドナーミルク」を送ってもらうことができます。
難病の早期発見が可能になる「拡大新生児マススクリーニング検査」
――赤ちゃんのスクリーニング検査は日本では1977年から公費で行われていますが、「拡大新生児マススクリーニング検査」とはどのようなものでしょうか?
今西 新生児マススクリーニング検査は1977年のスタート時には対象疾患も少なかったものが、今では20余りの先天性の病気を調べることができます。生後4~6日にかかとからの採血で行われ、全国の赤ちゃんが公費で受けています。
「拡大新生児マススクリーニング検査」は、公費で受けられる検査と別で、別の二つの先天性の病気について調べることができます。神経細胞が変性し消失することで筋力が弱まる脊髄性筋萎縮症(SMA)という病気と、感染に対する抵抗力が低下する重症複合免疫不全症(SCDI)という病気です。
検査の名称は統一されておらず、地域によって「付加スクリーニング」「オプショナルスクリーニング」「拡大マススクリーニング」などと呼ばれています。
でも読売新聞が2022年11月~12月に全国都道府県に書面で実施した調査によると全体の26都道府県、つまり半数以上の都道府県がまだ実施していませんでした。
新生児のスクリーニング検査は2種類ある
上が以前からある検査の採血ろ紙で、下が拡大新生児マススクリーニング検査のもの。両方実施する自治体では、この2枚が使われています。
拡大新生児マススクリーニング検査の普及状況
早期発見・早期治療ができる病気が増えてきています。しかし、その病気を見つける拡大新生児マススクリーニング検査の実施都道府県はまだ半数以下です。
――拡大新生児マススクリーニング検査はもっと実施されるべきでしょうか?
今西 はい。この5年ほどの間に有効性の高い新薬が次々に承認されました。だから、小児科医の間で「拡大新生児マススクリーニング検査」もすべての赤ちゃんに実施すべきだという声が広がっています。
そして実際に、早期発見・早期治療により、救えた子たちがいるのです。今までなら寝たきりになっていた子たちが普通の生活を送れるようになるのですから、大変な違いです。
また、ロタウイルス感染症を予防する、ロタウイルスワクチンは、日本では2011年から接種が始まり、2020年に定期接種になりました。この二つは関係ないことのように見えますが、ロタウイルスのワクチンは経口で接種する生ワクチンなので、重症複合免疫不全症がある子が飲むと、疾患が重症化します。重症複合免疫不全症は拡大新生児スクリーニング検査でわかる病気の一つです。ロタウイルスワクチンを接種するなら、拡大新生児マススクリーニング検査も普及させるべきだと思っています。
―― 耳がよく聞こえていない赤ちゃんを見つける「新生児聴覚検査」についても、助成制度が自治体によってずいぶん違うようです。
今西 その検査も自治体によって本当にばらばらなんです。助成金が十分に出ている地域ではどの赤ちゃんも受けているのに、「ほとんどの人が受けていない」という自治体もあります。
新生児期に聴覚の検査をして異常の有無を確認することは、その後の言葉の発達に影響があるだけでなく、それによって隠れていた病気が見つかることもあります。
赤ちゃんが助かる境界「妊娠22週」の歴史
――日本では、1980年代に新生児医療の技術がめざましく進歩して、小さく生まれた赤ちゃんの救命率が上がったので、生育限界(※)も下がっていきました。先輩医師から境界線が変わった当時の様子を聞くことはありましたか。
今西 僕が新生児科医になったのは、2006年で、初めは、出身地である金沢の病院に勤務していました。その後、大阪の大きな病院に移ったのですが、そこには今、僕らがレジェンドと呼んでいるような、有名な先生が何人もいていろいろな話を聞く機会がありました。
そうした先輩たちによると、昔はやはり、できることは多くありませんでした。1000g未満の超低出生体重児はアンタッチャブルな存在といいますか、積極的な治療は何もしなかったようです。自分の力で生きられるようなら育てるという感覚だったのです。
データもほとんどないけれど、大部分の子が助かっていなかったと思います。
それが、現在の母体保護法の前身にあたる法律の改正により、生育限界が1976年に妊娠24週未満になり、次いで1991年には妊娠22週未満という現在の基準になりました。そこから、ごく小さな赤ちゃんも、積極的に治療する時代に入ったのです。
そこで何が起きたかというと、22週までは、今もまだ半分ぐらいは亡くなる子が多いですけれど、23週、24週となってくると結構未熟な赤ちゃんたちが助かるようになりました。
――日本が世界一の新生児医療を誇っているのは、生育限界の修正がかかわっていたということでしょうか。
今西 そうだと思います。そして、もともと日本の医師は、こまやかな医療に適していたんだと思います。
働き方改革という観点からは問題かもしれませんが、真夜中に点滴の量を0.1mL変えるようなことをして、それを苦にしないというタイプの医師が多いように思います。
今でも、超低出生体重児には先天異常、感染症、壊死性腸炎といった三つのこわい病気があって、この子たちを救うのは簡単なことではありません。
とくに22週で生まれた子は、生存率は年々上がっていますが、やはり治療が難しいのです。ですから22週の赤ちゃんは、全部のNICUが診ているわけではないんです。何週から蘇生するかは病院によって微妙にばらつきがあります。22週5日以降しか蘇生しない病院は珍しくないですし、一方では22週0日から蘇生する病院もあります。22週の評価は難しいところですが、23週、24週ではそんなことはありませんから、救命率は格段に上がっています。
※子宮外で生きていけるとみなされ、それ以降の人工妊娠中絶はできなくなる時期
周産期死亡率(妊娠28週以降~生後7日未満の死亡率)
日本は出産前後に亡くなる赤ちゃんが世界で最も少ない国の一つです。この30年間では、1990年代に、出産前後の死亡率が特に大きく下がりました。
赤ちゃんの救命率を上げた医療とは?
――赤ちゃんの救命率アップに貢献した、主な技術を教えてください。
今西 小さく生まれた赤ちゃんの救命に、いちばん大きな影響を与えたのは「人工肺サーファクタント」でしょう。これは石けんみたいな物質だと思ってください。粉を液体に溶かして、赤ちゃんの気管の中に投与します。そうすることで肺が急速に成熟するのです。石けんと同じ界面活性剤なので、未成熟な肺の中で、ぱあっと肺胞が広がる。そうすることで換気ができるようになり、赤ちゃんは息が楽になります。それが、1987年に人工肺サーファクタントが薬価収載されて販売開始となり、これはかなり劇的なできごとでした。
人工肺サーファクタントがない時代の先生は、呼吸器の圧の調整に苦労していました。呼吸ができないからと圧をかけすぎると、胸腔内圧も上がって、頭から心臓に戻る血流を妨げてしまうことがあります。小さな赤ちゃんは、胸の中にかかっている圧に合わせて血圧を変えることができないのです。すると脳出血を起こしてしまうことがあり、重い障害につながっていく可能性が出てきてしまいます。新生児医療は、一つ何かすればほかのところで何かが起きてきてしまうという、そういうこととの闘いなんですね。
――NICUに行くと機器がたくさん並んでいるという印象が強いですが、機器も大いに進歩していますか。
今西 人工呼吸器の発達も大きいものがあります。赤ちゃんの呼吸には大人にはない特徴があるので、そこを考えたものが開発されています。少しだけ圧をかけてブルブルブルと震える感じに作動する呼吸器があります。未熟な肺にダメージを与えないように、肺がちゃんと育つように、優しく作動する呼吸器がいくつも出ています。
――「低出生体重児で生まれると目が見えなくなるリスクがある」と聞いたことがありますが、現在はどのような状況ですか。
今西 昔は、低出生体重児で生まれた赤ちゃんは、「生きよう」と頑張って、目の奥の血管が伸びるという現象がありました。それがおかしな方向に伸びてしまって、見るために大事な網膜のところへ行ってしまうと失明になってしまっていたのです。
今は、早い段階で光で血管を焼くことによって、もう伸びないようにすることができます。点滴の薬もありますし、注射もあります。治療法は発展してきて、失明はかなり減っています。
広がる情報格差――デマに惑わされずに「ミドルマン」探して
――今西先生はX(旧Twitter)で情報を提供しています。
今西 アカウントを作ったのは2010年ですから、もう13年になります。ほとんど毎日、投稿しています。
最初は、ただアカウントを作っただけでした。ところが、2011年に東日本大震災が起きたとき、「奇形の胎児が生まれている」とか、いろいろなデマがSNSに大量に流れたんですよ。
当時僕は、学会を通じて得た情報によってそんなことは全然起きていないとよくわかっていましたが、それは一般の人にはまったく伝わらないわけです。
そこで、僕は「学会と一般社会の間にある溝はすごく深いな」と感じました。僕のところには学会の情報がどんどん来るけれど、ふとSNSを見渡してみると、本当に根も葉もない情報で不安に陥っているお母さんたちがたくさんいたんです。
その穴埋めをできたらと思って、ちょっとずつ情報を流していって、気がつくと大変な数の人たちが僕をフォローしていました。
――たくさんの母親・父親がSNSを使って情報を得ています。使うときのポイントを教えてください。
今西 情報が欲しいお母さん、お父さんたちに言いたいのは、だれをフォローするか決めるときに「ミドルマン」を探してほしいということです。ミドルマンとは、一般の人には読みにくい厚生労働省や学会の出す読みづらい文章を、わかりやすい文章に書き下してくれるような人のことです。
これからは、そういう人が強く求められる時代です。そして、そうした人の文章が大量に出ていくようにしないと「情報格差」は広がるばかりです。
振り返ると、この30年間は、都市と地方の格差、貧富の差など、さまざまな格差が拡大してきた歳月でした。さらにそれらが健康格差につながっているという意見もあります。おかしな情報にふり回されると、病気の赤ちゃんにやってはいけないことをしてしまう、といった「健康被害」が起きる心配さえあります。
お話・監修/今西洋介先生 取材・文/河合蘭、たまひよONLINE編集部
●記事の内容は2023年8月7日の情報であり、現在と異なる場合があります。
「たまひよ」創刊30周年特別企画が続々!
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