寝ている間にネットワークが構築される子どもの脳。睡眠時間がたりないと、脳の発達に悪影響が【専門家】
子どもの脳の健やかな発達に欠かせないのが、十分な睡眠です。しかし日本の子どもは、海外の子どもより睡眠時間が短いといわれています。子どもの睡眠に詳しい、大阪大学大学院連合小児発達学研究科准教授 毛利育子先生に、日本の子どもの睡眠時間が短い原因や、乳幼児期の睡眠の必要性について聞きました。
子どもの睡眠時間の合計は、生後4力月~11力月で12~15時間が目安
専門家の間では、世界の子どもと比較して、日本の子どもは睡眠時間が短いことが懸念されています。
――世界と日本の子どもの睡眠時間の違いについて教えてください。
毛利先生(以下敬称略) 約10年前の調査ですが、日本の3歳児の平均睡眠時間は9.8時間でした。そのうち9時間未満は、約9%もいました。乳幼児期で睡眠時間が10時間以下というのは海外と比べ非常に短いです。
アメリカなどの先進16カ国との比較でも、0~3歳児の睡眠時間は、日本が最も短かったです。
コロナ禍、家で過ごす時間が大人も子どもも増えた影響なのか、日本の子どもの睡眠時間が少し長くなったという報告もありますが、日本の子どもの睡眠時間は10年前とほとんど変わりはないというのが研究をしている上での実感です。
――そもそも子どもにはどのくらいの睡眠時間が必要なのでしょうか。
毛利 米国国立睡眠財団(National Sleep Foundation)が推奨している1日の子どもの合計睡眠時間の目安は次のとおりです。
【1日の子どもの合計睡眠時間】
0~3カ月 約14~17時間
4~11カ月 約12~15時間
1~2歳 約11~14時間
3~5歳 約10~13時間
――海外と比較して、日本の子どもの睡眠時間が短いのはなぜでしょうか。
毛利 一つは子育て環境の違いが考えられます。日本は、夜、外出するとき子どもを連れて行きますが、たとえばアメリカだと夜、外出するときはベビーシッターに子どもを頼んで、夫婦だけで外出したりします。子どもの睡眠を妨げません。
またアメリカやフランスなどは、生まれたらすぐに子ども部屋を与えて、子どもだけで眠ります。日本は住宅事情もありますが、同じ寝室で親子一緒に寝る家庭がほとんどです。そのため一度、寝かしつけても、ママ(パパ)が寝室から出て行くと、気配を感じて起きてしまったり、逆に遅く帰ってきたパパが寝室に入ってくると目覚めてしまうこともあります。
また、子どもが寝ている隣の部屋でママ・パパがテレビを見ていたりすると、その音などで睡眠が妨げられることもあるでしょう。
こうした子育て環境の違いが、子どもの睡眠に影響を与えていると思われます。
子どもの脳は、寝ている間にネットワークが構築される
睡眠時間が短かったり、頻繁に起きたりすると、子どもの脳の発達や行動面などに影響が出ることがわかっています。
――乳幼児期に睡眠時間が短いと、どのような影響が出るのでしょうか。
毛利 乳幼児期にとくに心配されるのは、脳の発達への影響です。乳幼児期は、いろいろなことを覚えて、夜、寝ている間に脳の中で情報が整理されます。
脳の神経細胞がシナプスと呼ばれる神経同士を接続する場所で、別の神経細胞とつながり、ネットワークを構築していきます。一方で、不要なネットワークは整理されていき、脳の中で情報処理がスムーズにできるようになっていきます。
脳の中でこれらのことが行われるのは、寝ている間です。5歳までがいちばん活発に不要なネットワークが整理されると言われていて、この時期に的確に整理されることが、その後の脳の発達につながっていくのです。だから乳幼児期の睡眠はとくに大切です。
――睡眠時間がたりないと、ほかにはどのような影響が出やすいのでしょうか。
毛利 これも脳の機能にかかわることですが、気持ちが不安定になりやすくて、ちょっとしことで怒ったり、かんしゃくを起こしやすくなります。そのためお友だちとのトラブルも増えやすくなります。
注意力が散漫になる子もいます。また疲れやすかったり、気分が乗らなかったりして幼稚園や保育園の活動についていけない子もいるでしょう。
「あれ? もしかしてうちの子も?」と心当たりがある場合は、早起き・早寝をさせてみましょう。
また欧州では、乳幼児期の睡眠時間が短かかったり、頻繁に起きたりすると、将来、精神疾患リスクが高くなる傾向があるとも報告されています。
子どもが寝ないと、ママ・パパがイライラしたり、ふさぎ込みやすくなることも
睡眠は、子どもの脳の発達に影響を与えるだけではありません。子どもが寝ないことでママ・パパがイライラしたり、怒りっぽくなったり、ふさぎ込みやすくなるなど、ママ・パパのメンタルヘルスにも影響を与えます。
――子どもの睡眠は、ママ・パパのメンタルヘルスにも影響するのでしょうか。
毛利 子どもが早く寝ると、ママ・パパも自分の時間ができるなどして、心に余裕が持てます。そのため子育てを楽しく感じるなど、いい循環が生まれます。また先ほども話しましたが、子どもがよく寝るとかんしゃくなどが減って、子育てがしやすくなります。
以前、私たちの研究チームの調査では「子どもが寝てくれないから、イライラして思わずたたいてしまったことがある」「子どもが寝てくれないから、子育てがつらいと感じる」という声が聞かれました。
子どもが寝てくれないと、ママ・パパが追いつめられて、産後うつになったり、思わずたたいたり、暴言を吐くなど、虐待のきっかけになることもあるのです。
――今年の夏は、災害級の暑さといわれていました。酷暑は、子どもの睡眠にも影響を与えているのでしょうか。
毛利 暑くて外遊びができず、体力を持て余してしまい、普段よりも就寝時間が遅くなっている子もいるでしょう。
子どもは日中、体を動かすと、夜よく眠るようになるので、家の中でもなるべく体を動かす遊びをしたり、子育て支援センターなど、屋内で遊べる場所に連れて行きましょう。
外が暑いからといって部屋の中で、ずっと動画を見せたり、ゲームをさせるのはおすすめできません。私たちの研究をはじめいくつもの研究で、メディアや電子デバイスは2時間以上の使用で睡眠の質が悪くなることがわかっています。パズルや積み木、ブロックなどの遊びもいいのですが、手先を使う遊びばかりでは、体が疲れないので、睡眠を促すことにはつながりません。室内でも体を使う遊びを工夫してほしいと思います。
そして体を使う遊びは、夕方までと決めることも大切です。夜、パパが帰って来てから、体を使ってダイナミックに遊び始めると興奮してかえって眠らなくなります。
お話・監修/毛利育子先生、取材・文/麻生珠恵、たまひよONLINE編集部
乳幼児期の十分な睡眠は、脳の発達や情緒の安定にも影響するようです。子どもの健やかな成長のためにも、できるだけ睡眠時間を確保し、生活リズムを整えましょう。
●記事の内容は2023年8月の情報であり、現在と異なる場合があります。
毛利育子先生(もうりいくこ)
PROFILE
大阪大学大学院連合小児発達学研究科 准教授。小児科専門医。小児神経専門医。専門は神経病理、神経炎症、発達障害。