大切な三つ子の妹。1人は亡くなり、2人は24時間介助が必要な重度重複障がいに…。「楽しく生きて」母の願いを胸に
「“私には障がいのある妹が2人いるんだよね”って友人などに言ったらどう思われるんだろう。私が嫌われるんじゃないかって不安で…。妹たちの存在を明かすことに消極的でしたが、今は妹たちに感謝でいっぱいです」
そう話すのは、ダンサーの吉川莉奈さん(28歳)。現在は障がいに対する差別や偏見、就職難などの社会問題を、ダンスや音楽などのエンタメを通して輝ける社会をつくりたいと、エンターテイメントチーム『FaiRy(フェアリー)』の代表を務めています。
“きょうだい児(※1)”でもある莉奈さんは何を想い、どのような環境で過ごしてきたのでしょう。子ども時代からのこと、家族の様子などをお聞きしました。
特集「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
「楽しく生きてほしい」母の願いを胸にダンス漬けの日々
「三つ子の妹は現在23歳。1人は生後4日で亡くなってしまいましたが、2人はどちらも重症心身障がい者です。
1人は一緒に暮らしていて、視覚障がい、重度の知的障がい、ウエスト症候群(※2)を重複しています。
もう1人は脳性麻痺による体幹機能障がい(※3)、ウエスト症候群などを重複していて、小さいころから今も医療機関に入所しているんです。そして、私にはもう1人、中学生の健常児の妹もいます」(莉奈さん)
三つ子の妹さんは、莉奈さんのお母さんが妊娠24週1日のときに誕生。3人とも出生体重548g前後の超低出生体重児でした。
「管理入院をする1週間前に突然の出血をし、緊急入院となったそうです。三つ子の出産にはリスクがあるため、受け入れを拒否する病院もある中、東京のある病院だけが対処してくれたと聞いています。その病院も三つ子の緊急のお産は初めてのことだったと母は言っていました。
母は私を出産した後、2度の流産と不妊治療を経て、三つ子の妹を妊娠したそうです」(莉奈さん)
一緒に暮らす妹さんは肢体不自由で、発語も難しく、食事や水分補給、排泄、入浴、移動など、日常生活のすべてにおいて24時間介助が必要です。
「1歳児の育児相談から高等部卒業まで盲学校に通い、母は片道1時間半かけて毎日送迎していました。今は生活介護を受けられる作業所に通所しています」
もう1人の妹さんは寝たきりで気管を切開し、胃ろうや酸素注入などが必要な状態。医療機関に入所中で、24時間完全看護の生活が今も続いています。
「小さいころからずっと入院してて…。コロナなどのウイルス感染対策で今も面会制限や外出が厳しくて、まだ成人式の写真を家族で撮れていないんです」(莉奈さん)
莉奈さんは高校から本格的にダンスを学び、専門学校へ進学。大好きなダンスに没頭し、妹さんたちとのかかわりはそれほどありませんでした。
専門学校卒業後は、テーマパークダンサーを中心に、数多くのダンスの仕事に携わってきました。
「私は、いわゆる“ヤングケアラー”ではないんです。
家庭によってさまざまな考え方があると思いますが、母は障がいのある妹たちがいるからこそ、自分の夢や目標に挑戦したり、楽しく生きてほしいという考えで。そのおかげで、学生のころはダンスや歌、殺陣、演技などを朝から晩までみっちり学んで。ダンス漬けの毎日でした」(莉奈さん)
充実した毎日を送っていた様子の莉奈さん。
でも、心の奥底には“きょうだい児”ならではの心の葛藤や悩みがありました。
誰にも言えないしんどさも…
『全国障がい児とともに歩む兄弟姉妹の会』が2022年3月にまとめた調査報告書(※4)によると、「障がいのあるきょうだいに困った行動がある」と回答したきょうだい児は約8割。そのうち、「辛い」と感じた人は約6割という結果でした。
具体例として、“ほかのきょうだい、ほかの家族と違う”“友だちに話せない”といった内容が挙げられています。
莉奈さんは妹さんたちのことをどのように思っていたのでしょう。
「小さいころ、妹たちのことが嫌いだったかどうかまでの記憶はないんですが、ネガティブな感情があったことは確かです。
生活は常に妹たち中心。食事や入浴など、家の中のすべてのスケジュールは、妹たちの介助やリズムが優先でした。たとえば、おなかがすいていても、妹たちの介助が終わってからじゃないと、母が食事を作れなかったり。
外出先でも同じで、私が“○○で遊びたい”などと思っても、妹たちの介助をずっと待っていて、なかなか遊べなかったり…。
家でも外でも、自分の思うように行動できないことがたくさんありました」(莉奈さん)
妹たちの存在を明かすことが不安
莉奈さんは、妹さんたちの存在を明かすことに消極的だったとも言います。
「家族の話題がよく出る年代ということもありますが、小・中学生のころは“学校行事に来てほしくないなぁ”って正直思っていました。
“もし妹たちが学校に来たら、みんなになんて言われるんだろう”“私が嫌われるんじゃないか”って気になって。
たとえば、仲良くなった子や好きな子ができたとき、“私には障がいのある妹が2人いるんだよね”って言った瞬間、“えっ”って動揺されて、そのあと距離を置かれるかもしれないって心配したり不安に感じたり…。
いつもそういう相手の反応ばかり意識して、気後れしていました。
私は妹たちのことが大好きで、大切な家族なので “言いたくない”っていうわけじゃなくて…。でも、不安な気持ちから無意識に隠してしまって。そんな心の葛藤は、『FaiRy』の活動を始める前まで続きましたね」(莉奈さん)
妹さんの盲学校の行事やイベントに参加していた莉奈さん。それも、心のうちは複雑だったようです。
「行くには行ってたんです。でも、その都度“あぁ、行くのかぁ…”って。心の中でつぶやきながら、渋々行った記憶があります」(莉奈さん)
テーマパークとの出会いで前進できる家族に!
妹さんたちの介助や付き添いなどで毎日忙しいお母さん、いつも心に葛藤を抱えていた莉奈さん。どのように気分転換して気持ちを立て直していたのでしょう?
「家族でよくテーマパークに行って、それぞれが抱える日々のストレスを発散して、生きる活力をもらっていました。テーマパークのダンスを観ると、笑顔になれて元気をもらえるんです。“明日からもまた頑張ろう!”って。
妹たちもなんだかとても楽しそうな様子で。
ダンスをする立場になってみると、観ている方の笑顔から元気をもらって、私も笑顔になれて。笑顔のギブ&テイクが続くんです。エンタメの魔法ですね」
ダンスに興味を持ったのも、テーマパークダンサーを目指したのも、家族でよく行ったことが影響していると言います。
「エンタメの道は厳しい世界なので、その進路を反対される親御さんは多いと思うんです。でも、母は私のやりたいことを尊重してくれて。本当に感謝しています」(莉奈さん)
「一度きりの人生は楽しみたい!」
障がいのある人が家族にいると、毎日の生活や将来のことなどに不安を感じるなど、ネガティブな気持ちを持っているケースが少なくないと莉奈さん。
「障がいのある方がいるご家庭やきょうだい児、そしてヤングケアラーなどに対して、“つらい、苦しい、かわいそう”といったネガティブなイメージを持つ方は多いと思うんです。
でも、障がいのある本人も、親も、きょうだいも、家族で一緒に楽しむ機会があると、会話も増えるし、笑顔も増える。それがあるかないかでは、家族の雰囲気は大きく変わるような気がします。
実際に、テーマパークで生きる活力をもらったことで、“一度きりの人生だから楽しみたい!”って思えるようになりましたから。
逆に、もしテーマパークに出会えてなかったら、私たち家族は前に進めていなかったと思います」(莉奈さん)
勇気を出して想いを伝えてほしい
きょうだい児とその両親にメッセージを求めると、莉奈さんはこう話してくれました。
「きょうだいの方には、自分のやりたいことや想いを親御さんに伝えてみてほしいと思います。きっと親御さんたちもどうサポートしていいか悩んでいると思うんです。
ご家庭によっては言いにくい場合もあるかもしれませんが、心の声は自分で言わないと伝わりません。自分が笑顔で幸せな人生を歩むためにも、勇気を持って伝えてほしいなと思います」
続いて、きょうだい児の両親に対しては、
「きょうだいたちは、さまざまな心の葛藤を抱えています。個人差はあると思いますが、ネガティブに捉えていることのほうが多いかもしれません。
そんな様子を感じたときは、きょうだいたちが自分の好きなことに集中できる時間をあげてほしいと思います。それだけで生きる力がわいてくることがあります。
家族のことが理由で、自分のしたいことや好きなことを諦めるような人生ではなく、障がいのある方もそのきょうだいも、1人の人間としていちばん幸せでずっと笑顔でいられる道をサポートしてもらえたらうれしいです」
複雑な想いをずっと抱えていた莉奈さんですが、『FaiRy』の立ち上げを機に、心が大きく変化します。
後編は、『FaiRy』立ち上げの経緯や活動開始を機に起きた心の変化、活動の様子などをお聞きします。
取材協力・写真提供/FaiRy 取材・文/茶畑美治子
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2023年12月の情報で、現在と異なる場合があります。
※1 きょうだい児
兄弟姉妹に障がい児、障がい者がいる人のこと。
※2 ウエスト症候群
薬剤治療を行っても発作がとまりにくいてんかん。「点頭てんかん」とも呼ばれる指定難病。小児難治てんかんの中で最多とされている。(難病情報センターのHPを参照してまとめたもの)
※3 体幹機能障がい
頸部、胸部、腹部、腰部からなる体幹の異常や損傷が原因で、立つ、座る、歩くなどの日常の動作や姿勢を維持することが困難な障がいのこと。(厚生労働省「身体障がい者障害程度等級表」を参照してまとめたもの)
※4『全国障がい児とともに歩む兄弟姉妹の会』が2022年3月にまとめた調査報告書(リンク)
吉川莉奈さん
1995年生まれ。エンターテイナー、振付師。
某テーマパーク、某キャラクターミュージアム、キャラクターショー、ダンスやミュージカルイベントへの出演などの活動を経て、2019年にFaiRy代表に就任。就任後は、東京2020パラリンピック閉会式、UN77 Celebration Music Festival for SDGs 2022,World Singing Day 2023 in Japanといった国際的なイベントなど、数多くのイベントやフェスティバルなどに出演。自治体や企業と連携したダンス教室やイベントも多数開催。福祉施設や特別支援学校、大学、小学校、幼稚園などで講義やダンス指導も行う。
テレビ朝日「気づきの扉」、JCOM「デイリーニュース」「ジモトトピックス」をはじめ、TOKYO854やFM西東京などのラジオ番組への出演、情報誌などの特集でも注目を浴びる。