法律ができて、医療医的ケア児を取り巻く環境は変わった?家族の悲痛な声をどう受け止める?【専門医】
2023年10月、成育シンクタンクは「こどものイマを考える。医療的ケア児」というリリースを出しました。
医療的ケア児とは、日常的にたんの吸引や経管栄養などの医療的ケアが必要な子どものことです。医学の進歩もあって、近年、医療的ケア児の数は増えています。2021年には「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律(医療的ケア児支援法)」ができ、それから約3年、医療的ケア児を取り巻く環境に変化は見られたのでしょうか。医療的ケア児の現状に詳しい国立成育医療研究センターの中村知夫先生に聞きました。
医療的ケア児は年々増加。在宅での医療的ケアの90%は家族が行っている
――「医療的ケア児」とは、どのような子どものことですか。
中村先生(以下敬称略) 生きるために、日常的に医療的ケアと医療機器が必要になる子どものことです。
気管切開部の管理、人工呼吸器の管理、たんの吸引、在宅酸素療法、胃管からの経管栄養、中心静脈栄養など、子ども一人一人の状態に合わせて必要になるケアは異なります。
――厚生労働省のデータを見ると、医療的ケア児の数は年々増加していて、2019年には2万人になっています。
中村 医学の進歩によって、命が助かる子どもが増えているということです。また、医療技術の進歩によって、そういった子どもが病院を出て家庭で生活できるようにもなりました。
――在宅での医療的ケアにはさまざまなものがありますが、家族が行えるものはどれくらいの割合になるのでしょうか。
中村 ほぼ90%です。医療的ケアには、生命の維持、生活の援助、生活の質の向上の三つの側面があります。このうち、在宅の医療的ケアで医療従事者が行うのは生命の維持に関するもので、たとえば、呼吸器を調整する、点滴の速度を確認する、薬を処方するなど、医学的知識が必要な部分のみになります。
また、水分のとり方など生活に関する部分も、その子に適した方法を指示書として示すことはしますが、それを日々の生活の中で行っていくのは、家族の役割になります。
医療的ケアが必要な子どもが、家族と暮らせるのはいいことです。でもその反面、医療的ケア児のお世話をする家族の負担は大きく、みなさん大きなストレスや不安を抱えていることを在宅医療の現場で感じます。
――厚生労働省が2020年 3 月に発表した「医療的ケア児者とその家族の生活実態調査」によると、家族(保護者)の抱える生活上の悩みや不安などについて、「慢性的な睡眠不足」「いつまで続くかわからない日々への不安」を抱える人が多いようです。
中村 たんの吸引など、夜間にも必要になるケアを行っている家族は、まとまって睡眠時間を取るのが難しいでしょう。症状によっては成長とともに必要なケアが減っていくことがありますが、ケアがゼロになることはほぼなく、その生活が何十年と続きます。私は在宅での医療的ケアは「鉄人マラソン」だと家族に説明しています。それくらい、家族の肉体的・精神的負担が大きいものなんです。
――高齢者介護の場合、訪問介護やデイケアサービス、短期間の施設入所など、介護サービスが多岐にわたります。医療的ケア児の場合、そういったサービスはないのでしょうか。
中村 定期的に医師が自宅に出向いて健康状態をチェックする訪問診療や、看護師がケアをサポートする訪問看護は、多くの医療的ケア児が受けていると思います。しかし、子どもと、きょうだいを含めた家族が、必要とするときにいつでも、短時間でも施設に子どもを預けて家族が自由に過ごせるようなサービスを行っている自治体は少ないでしょう。また、これらのサービスの利用の調整も保護者にとって大きな負担となっています。
医療的ケア児とその家族が家庭の外に出るためには、資金と人材の確保が不可欠
――「医療的ケア児者とその家族の生活実態調査」では、きょうだい児のいる家庭の実際の事例として、「医療的ケア児である三男の預け先がなく、きょうだい児と向き合う時間が確保できない」「医療的ケアを理由に保育園の利用手続きができない」などの課題が挙げられていました。
中村 医療的ケアは基本的には医療従事者か家族しか行うことができないので、看護師が常駐していない保育園は、医療的ケア児を受け入れることができないんです。そのため、現状では医療的ケア児を受け入れてくれる保育園は非常に限定されてしまいます。
――同じく、ひとり親家庭の事例では、「ケアのため就労ができず、経済的な不安が大きい」「安心して預けられる先がない」といった声が上がっていました。
中村 ケアを一手に引き受けざるを得なくなった母親たちは、睡眠時間2~3時間で24時間ケアを行っているんです。さらに、私が担当している家庭の中でも、父親が家庭の中での役割を果たすことが難しくなり、離婚するケースは少なくありません。
――医療的ケア児支援法ができて3年近くたちますが、法律ができる前と、あまり状況は変わっていないということでしょうか。
中村 医療的ケア児支援法は、医療的ケア児の母親である野田聖子さんら超党派の国会議員の方々が中心となり、保護者や支援している方々と共に当事者意識を持って議員立法として作られました。法律ができたことには大きな意義がありますが、法律はあくまでも文字で書かれた「理念」でしかなく、それをどのように実行していくのかは、国や自治体、保育園・幼稚園、学校の設置者の考え方次第。「法律ができたら何もかもうまくいく」ということにはならないんです。
――医療的ケア児とその家族の課題を解決するために、必要なものは何だと思われますか。
中村 「金」と「人」。これに尽きます。保育園・幼稚園や学校が、保護者の付き添いなしに医療的ケア児を受け入れるために必要な、家族に代わってケアを行う資格を持つ看護師などの人材を常駐する金銭的支援は十分とは言えません。
さらに、医療現場でも看護師不足は問題になっていますから、支援を行う人をどのようにして確保するのかは、非常に重要になります。家族に代わってその子の命を預かるケアを行うわけですから、その責務に応じた報酬を支払い、立場を守り、やりがいのある仕事として認められる環境を整備する必要があります。
――医療的ケア児を受け入れられるようにするために、保育士が「喀痰吸引等研修」の第3号研修を受ける保育園など もあるようです。
中村 「喀痰吸引等研修」には第1号・第2号・第3号があり、第3号はその中では研修時間が一番短いので、働きながらでも資格を取りやすいでしょう。でもその分、行えるケアも限られるため、保育園で受け入れられる子どもの症状や状態もおのずと限定されると思います。
とはいえ、こういった取り組みを進める保育園が増えていけば、医療的ケア児とその家族が外に出ていく可能性が広がっていくでしょう。
家族の付き添いなしに医療的ケア児を受け入れられる保育園・幼稚園や学校が増えれば、家族の就労のチャンスが増え、経済的な不安の解消につながります。家族が自分のために時間を使うこともできるようになります。
日本はあらゆる業界で人手不足ですから、働き手が増えることは、日本人すべてにとってもメリットがあるはずです。
――家庭以外の場所で過ごす時間ができることは、医療的ケア児にとってもいいことですか。
中村 医療的ケア児の「学ぶ権利」を守ることにつながります。同年代の子どもと過ごす時間は、医療的ケア児の成長・発達にとてもいい影響を与えるでしょう。
医療的ケア児はこれからも増えていく。一人一人が当事者意識をもつことが大切
――少子化が進んでいるのに医療的ケア児が増えているということは、生まれる子どもの数に占める医療的ケア児の割合が増えているということですか。
中村 そのとおりです。政府は子どもの数を増やすために子育て支援に力を入れていますが、子どもの数が増えれば、医療的ケア児も増えるということ。また、先天性の病気ではなく、成長途中で難病や事故によって医療的ケアが必要になる子どももいます。医療的ケア児の支援は子育て支援策の一環として考えるべきでしょう。
――最近、医療的ケア児を持つ保護者が、支援を求める声を上げるようになってきました。
中村 日本は「子どものことは親がなんとかするもの」という考えが根強くあり、医療的ケア児を育てる大変さを世間に訴えづらい風潮があったように感じます。しかし最近は、「子育ては大変だ」と声に出せるようになってきたこともあり、また、SNSなどで医療的ケア児の保護者がつながれるようになったこともあり、支援を求める声を上げやすくなってきたのだと思います。
これは非常に大切なことです。しかし、一部に多くのことを求めすぎる声があるような気もしています。預け先に家庭と同じケアを100%求めるのは難しいので、やってもらえることと、家庭でなければできないことがあることを理解し、また、支援してくれる人にも家族や生活があることを配慮する必要もあるでしょう。
――医療的ケア児とその家族が安心して暮らせるようになるために、私たち一人一人ができることはあるでしょうか。
中村 先ほどもお話ししたように、医療的ケア児の支援には資金が必要で、それは私たちの税金からまかなわれます。納税者である私たち一人一人が税金をどのように使ってほしいのか、つまり、どんな日本にしていきたいのかを考える必要があると思います。そのためには、当事者の気持ちになって考えることが大切ではないでしょうか。たとえば、令和6年能登半島地震のニュースを見て、少しでも被災者の役に立ちたいから、今、自分たちに何ができるかを考え、たとえば募金しよう、支援されている方々が普段されていることを支援しようと考える。それと同じことではないかと思います。
だれでも同じ困難さを抱える可能性があり、1人では持ちきれない大きな荷物をみんなで分けて持つにはどうすればいいのか、ということを考えることが大切ではないでしょうか。
お話・監修/中村知夫先生 取材・文/東裕美、たまひよONLINE編集部
医療的ケア児の支援はたりておらず、課題がたくさんあります。「自分の子どもが医療的ケア児だったら・・・」という意識をもつことが、支援拡大につながっていくのかもしれません。
●記事の内容は2024年1月の情報であり、現在と異なる場合があります。
中村知夫先生(なかむらともお)
PROFILE
国立成育医療研究センター 総合診療部 在宅診療科医長、医療連携・患者支援センタ-在宅医療支援室室長。
1985年兵庫医科大学医学部卒業。兵庫医科大学小児科、大阪府立母子総合医療センター、ロンドン・カナダでの研究所勤務などを経て、国立成育医療研究センター周産期診療部新生児科医長ののち、現職。小児科・周産期(新生児)専門医、新生児蘇生法「専門」コースインストラクター。