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「すべて夢だったら・・・」医療的ケア児の息子ために、存在を消して学校で待機し続けた母。ようやく止まっていた自分の時間が動き出した【体験談】

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瑞樹くんを囲んだ家族写真。左から長男(18歳)、瑞樹くん(14歳)、美里さん、三男(12歳)、長女(16歳)。

14歳の山本瑞樹(みずき)くんは、生まれてすぐに先天性サイトメガロウイルス感染症と診断され、重い障害を負っています。小1から特別支援学校に通っていますが、万一、呼吸が急に止まったときに鼻と口から酸素を送り込む手動の人工呼吸器具「アンビューバッグ」を使うため、入学後、ママの山本美里さん(以下美里さん)は、ずっと瑞樹くんに付き添い、校内で待機する日々を送っていました。そうした中で、感じ続けてきた違和感、課題について話を聞きました。
美里さんは瑞樹くんをケアしながら写真を学び、医療的ケア児と家族の実態に迫る写真集『透明人間 Invisible mom』を自費出版しています。

人工呼吸器の管理は保護者が担当。年に1回程度の呼び出しに備えて、毎日、学校で待機

瑞樹くんの学校に、毎日付き添う美里さん。医療的ケア児はスクールバスに乗れないので、美里さんが運転して車で送迎しています。(写真集『透明人間』より)

瑞樹くんが特別支援学校に入学したのは、2015年4月。小1から入学し、体に障害がある在校生は100人くらいいました。

「瑞樹は、生後3日目に先天性サイトメガロウイルス感染症と診断されて、脳や体に重い障害があります。
生まれたときから、息止め発作といって、急に呼吸が止まる発作を起こしていたのですが、成長するに従い、発作の頻度が増えていきました。呼吸が止まったとき、体をさすって刺激を与えるとすぐに息を吹き返すこともありますが、息を吹き返さないと救急車を呼ばなくてはいけません。しかし救急車で搬送されている間に、息を吹き返すこともありました。主治医と相談した結果、就学を見すえて人工呼吸器をつけることにしました。

しかし私が住む東京都の場合、当時は特別支援学校では、人工呼吸器の管理は保護者に一任されていました(※1)瑞樹が人工呼吸器具のアンビューバッグを学校で使用するのは、年に1回程度です。万一の緊急の呼び出しに備えて、私は週4日、1日約6時間、校内で待機することになりました」(美里さん)

毎日の待機は、自分の存在を消さなくてはいけず、ストレスから白髪が増えていく

美里さんは、修学旅行にも自費で同行。しかし、修学旅行でも存在を消さなくてはいけません。(写真集『透明人間』より)

入学当初、美里さんが言われたのは、「学校は教育現場であり、子どもたちの自立の場です。必要なとき以外は、お母さんは気配を消していてください」ということでした。

「黒子に徹するなんて格好よく言う人もいたけれど、私はここでは自分の存在を消さなくてはいけないと思いました。
子どもたちに話しかけたりすることもできず、やることは何もありません。ただ万一、瑞樹が息止め発作を起こしたときの呼び出しに備えて、待つだけです。こうした生活が、この先ずっと続くんです。

うちには瑞樹を含めて4人の子どもがいます。家事や子どもたちのことなど、しなくてはいけないことがたくさんあるのに、何もできない毎日でした。経済的なことも心配でもあり、この時間、働けたら・・・ともんもんとした気持ちで瑞樹の学校の付き添い者用の待機室で待機していました。
そうしたストレスから、白髪が増え始めました。私は自分で金髪に染めていますが、それは実は白髪を隠すためです」(美里さん)

心のバランスを崩し、適応障害にも

「この写真を見て、初めて自分の写真で涙した」と言う美里さん。「私は、誰かに気持ちを聞いてほしかったんだ」と気づいたそう。(写真集『透明人間』より)

こうした生活が続き半年が過ぎたころ、美里さんは感情の起伏が激しくなっていき、ささいなことで急に怒り出したり、気分が沈んだりするように。自分でも「私、何かおかしい・・・」と感じるようになりました。

「病院で知り合ったママ友に相談したら、メンタルクリニックを受診するようにすすめられました。ずっと医療的ケア児に付き添っていると、メンタルの不調を訴える親が多いということも教えてくれました。

メンタルクリニックを受診すると、医師に『死にたいと思いますか?』と聞かれました。私は『死にたいとは思わないけれど、今の生活がすべて夢であってほしいとは思います』と答えました。その言葉だけでわかったのか、医師に『適応障害だから、休息をとるように』と、言われました。

私が休息をとるためには、瑞樹の特別支援学校を休ませなくてはいけません。当時、医療的ケア児はスクールバスを利用(※2)することができず、自分で車を運転して送迎するしかありませんでした。夫や私の両親に頼むことも考えたのですが、仕事があったりして無理でした。瑞樹は特別支援学校に行って、みんなの声が聞こえたり、音楽の時間に楽器の音がしたりすると目をキラキラさせて楽しそうにしているので、私のせいで学校にいけない瑞樹には、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。でもママが疲れてしまったらどうにもならないという周囲の説得もあり、1カ月休んで、瑞樹と家で過ごすことにしました」(美里さん)

そのころ週2回、各1時間、看護師さんが在宅ケアに来てくれていました。

「当時の私は、かなわないとはわかっているのですが『お願いだから、誰か瑞樹と一緒に学校に行ってよ。なぐさめは、もういらないから・・・。座ってるだけだから、私でなくていいでしょ?』と声に出して言いたくなったことが何度もありました」(美里さん)

※1、2
東京都では令和2年度から、管理体制が整った特別支援学校では、人工呼吸器の管理を医療的ケアとして、学校看護師が対応できるようになった。
また学校看護師による管理への移行が完了した児童・生徒においては、専用通学車両に乗車することも可能としている。

特別支援学校以外の社会とつながりたくて、保護されたねこを預かるボランティアに参加

特別支援学校では、付き添いの保護者には給食は出ません。美里さんは、毎日、お弁当持参です。(写真集『透明人間』より)

美里さんの心が元気になってきたのは、保護ねこを一時預かるボランティアがきっかけでした。

「瑞樹が小1の夏に、保護されたねこを一時自宅で預かるボランティアに参加しました。私はねこが好きだったし、ねこが家にいたら癒やされるかな!? と思ったのがきっかけです。特別支援学校以外の社会とつながりたいという思いも強かったです。

それまでも写真は趣味で撮っていたのですが、ねこの写真を撮影してSNSにアップするうちに、もっと上手に撮りたくて写真を本格的に学びたいと考えるようになりました。通信制の写真学校をいろいろ調べたのですが、学費が高くて1度はあきらめました」(美里さん)

しかし転機が訪れます。

「ある日、友だちから“お金とか、時間とか、瑞樹くんのこととか何も考えなくていいと言われたら、今、何がしたい?”と聞かれて、『写真を学びたい』と答えました。すると友だちが『いいんじゃない! やってみたら?』と言ってくれて、再び考えるようになりました。
ちょうどそのころ夫が転職をしていて、以前より少し経済的にラクになっていたので、夫に通信制の写真学校に入りたいと相談したところ、応援してもらえることになりました」(美里さん)

通信制の大学で写真を学ぶようになってから、止まっていた自分の時間が動き始める

スリッパが置かれた写真には、「私は透明人間で見えないけれど、スリッパをはいてそこに立っているよ」というメッセージが。(写真集『透明人間』より)

美里さんは京都芸術大学通信教育部の写真コースに入学します。

「この大学に入ってから、特別支援学校で待機している間に課題に取り組んだり、定期的にスクーリングを受けに行くなどして、私の止まっていた時間がやっと動き出しました。一緒に学ぶ学生との触れ合いも刺激になりました。
今まで『これはしょうがない』『私があきらめたり、頑張ったりするしかない』と思っていたことに対して、写真を一緒に学ぶ友人たちは、ノーマルに『それってヘンじゃない!?』と言ってくれるんです。なんか、私自身『母親なんだから、やって当たり前』と、どっぷりつかって生きてたんだと気づかされました」(美里さん)

また瑞樹くんが小5になり、新しく担任になった先生の言葉も、美里さんを新たな道に導きます。

「新しく担任になった先生が、瑞樹の様子を見て『年に1回あるかないかの人工呼吸器の操作のためだけに、山本さんがずっと校内で待機しているなんておかしいよ。こんなのダメだよね?』と言ってくれたんです。やっと理解者が現れてくれた・・・と、とてもうれしかったです」(美里さん)

しかし現状を変えるには、何回も職員会議を重ねるなど、約1年の時間が必要でした。そしてついに、小6の2学期から最初は30分、慣れてきたら1時間など段階的に美里さんの待機時間が減っていきました。そして中1の6月から、美里さんの待機は完全になくなりました。

美里さんと同じように付き添っていた人から、「20年前と何も変わっていない」と言われたことも

美里さんが自費出版した、特別支援学校に保護者が付き添うことの実態に迫った写真集。表紙に写っているのは瑞樹くん。

美里さんが瑞樹くんを通して特別支援学校の現状を伝える写真集を制作したのは、大学の卒業制作でした。最初のタイトルは『ここにいるよ-禁錮十二年-』。
その後、クラウドファンディングで協力を仰ぎ、『透明人間 Invisible mom』にタイトルを変更し、自費出版で2021年の秋から販売を始めました。写真展も何カ所かで開催しています。

「このような形で表現することについて、私がいちばん心配したのは、同じような過酷な状況を過ごしてきた医療的ケア児のママ・パパたちの反応でした。
写真展を訪れてくれた人の中には、昔、私と同じような経験をした人もたくさんいました。『自分が特別支援学校に付き添っていたのは20年も前のことだけど、あのころと何も変わっていないのね・・・』と言い、涙を流してくれた人もいます」(美里さん)

在宅での医療的ケア児(0~19歳)は、2021年は2万180人にのぼり増加傾向にあります。2021年9月からは医療的ケア児支援法も施行されました。

「私はこれからも写真を通して、医療的ケア児や特別支援学校の現状や課題を伝えていきたいと思います。そしてこれから“児”ではなく成人として医療的ケアが必要な人たちへの支援も考えてほしいと強く感じています」(美里さん)

お話・写真提供/山本美里さん 取材・文/麻生珠恵、たまひよONLINE編集部

これまでの時間を取り戻すように、精力的に活動している美里さん。「アメリカの大学の図書館から、この写真集を送ってほしいと依頼が来て、先日送ったところなので、海外からどのような声が届くのかも楽しみです。アメリカは医療的ケア児への支援が進んでいると聞きますから・・・」と言います。

「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることをめざしてさまざまな課題を取材し、発信していきます。

山本美里さんの写真集は以下から注文できます。

山本美里 Misato Yamamoto (studio.site)

山本美里さんの写真展『透明人間 Invisible mom』は、2023年2月6日から12日まで大阪服部天神のギャラリー「galerie SPUR」で開催されます。2023年3月は神戸での開催も予定されています。詳細は、美里さんのインスタをチェックしてみて。

YAMAMOTO Misato(@m.yama_moto) Instagram

●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は記事執筆当時の情報であり、現在と異なる場合があります。

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