「息子の命を救いたい」その一心で活動を続ける父。海外では承認されている薬が日本では使えない。どうして!?【脳幹グリオーマ・体験談】
大門恭平さん・真矢さん夫婦の長男、海智(かいち)くん(11歳)は、9歳のとき、脳幹に腫瘍ができる脳幹グリオーマを発症。現在は、遺伝子が変異したがん細胞だけを攻撃する分子標的薬を服用していて、その効果で腫瘍が小さくなってきています。しかし、この薬はいずれ効かなくなる可能性があり、新たな薬が必要になる日が来るかもしれないとか。
全3回のインタビューの3回目は、海智くんのこれからの治療のために恭平さんが行っていること、ドラッグラグ、ドラックロス改善のための活動などについてです。
薬の効果で症状が改善。でも、薬が効かなくなる日がやって来る!?
海智くんが今受けている治療法は、2023年11月に承認された「ダブラフェニブ・トラメチニブ併用療法」というもの。海智くんの体をむしばむがん細胞を薬が着実に攻撃し、症状の改善が見られるようになりました。
「少しずつ快方に向かっている海智の姿を見るのは、何よりもうれしいことです。海智は最近、一般社団法人Child Play Lab.の皆さんと出会いました。この団体は、すべての子どもたちが病気という経験を力に変え、自分らしく生きられる社会の実現をめざして活動しています。この出会いをきっかけに、海智はアコースティックギターを始めました。現在は、みんなと演奏会を開くことを目標に練習に励んでいます」(恭平さん)
穏やかな日常を送る恭平さんファミリーですが、実はまたもや、高くて大きな壁が立ちはだかっています。
「薬の服用を始めたころ『いずれは薬が効かなくなる可能性が高い』と、主治医から言われました。その前に私も論文で確認していました。薬に対して体が慣れてしまい、がん細胞を倒す力が弱くなることが、先行研究で報告されているんです。どれくらいの期間服用したら効かなくなるのかは、個人差があるようですが、海智もいつか、今の薬が効かなくなる日がやって来るということです。効く薬に変更して治療を続ける必要があるんです。
しかし今の時点では、効果が期待できる新たな薬は国内にはありません」(恭平さん)
ようやく見つけた候補薬。それは、日本では治験すらされていない薬だった
次の薬を見つけるために、恭平さんは再びたくさんの論文を読み、海智くんと状況の似ている症例に使われた薬の報告を詳しく調べました。そして、候補となる薬を見つけ出したのです。
「『トボラフェニブ』という薬です。主治医にこの薬のことを話したら、『めちゃくちゃ情報を入手するのが早いですね!』って驚かれました。それくらい日本では知られていない薬なんですが、アメリカでは2024年4月に承認され、すでに治療で使われています。
トボラフェニブは小児の腫瘍に特化した薬で、成人には使えないこともあり、日本では治験すら行われていません。このままだと、いつになったら日本で使えるようになるか想像もつきません。もしかすると、永久に来ないかもしれません・・・。
海智が今の薬を飲めるようになるまでにも、高いハードルがありました。でも、今回はもっともっと高くて手ごわい壁が目の前にあります。「ドラックラグ」(※1)ですらなく、「ドラッグロス」(※2)なんです」(恭平さん)
※1 海外で使われている薬が、日本で承認され、使えるようになるまでに時間差があること。
※2 海外で承認されている薬が日本では使えない状態。
海外で使える薬がなぜ日本では使えない?だれもが打開策を考えあぐねている
海智くんが脳幹グリオーマを発症して以来、恭平さんは日本のドラッグラグ、ドラッグロスについて、さまざまな人や団体に意見を聞いていました。
「どうすればこの問題を解決できるのか、学会に参加した際に質問したこともあります。
そのときの答えは『海外での治験で高い効果があることがわかっていても、日本の治験で結果が出た薬しか日本では承認されない。そして、日本は治験の体制が整っていない。さらに、患者が少なく製薬会社の利益が見込めないものには、製薬会社はなかなか動かない、という事情が立ちはだかっている』といったものでした。どこからどう動けばいいのかもわからない状態です。
小児医療に詳しい政治家に、直接訴えたこともあります。『早急に動く必要がある』という言葉をもらえましたが、具体的にどこから動けばいいのか考えあぐねている・・・という印象がありました」(恭平さん)
「新しい薬を開発している海外の製薬会社は、日本とつながりが薄いことも、ドラックラグ、ドラッグロスの原因になっている」と恭平さんは言います。
「アメリカでは、売上額が小さい希少疾患薬でも利益を見込めるしくみがあり、小規模ベンチャー企業が新薬の開発に乗り出しています。新薬を開発するのは、大手製薬企業からベンチャー企業に変わってきているんです。トボラフェニブを開発したのも、アメリカのベンチャー企業です。
このような海外のベンチャー企業には日本法人がないので、日本で治験を行うにはかなりの困難が伴うんです。それらのベンチャー企業は大変な苦労をして、しかも資金を投じてまで、日本で承認されることをめざす必要を感じないでしょう。その結果、日本にその薬を必要としている人がいるのに、日本には永遠に入ってこない・・・という事態に陥ってしまうのです」(恭平さん)
厚生労働省は2024年6月に「小児薬開発は努力義務化」という方針を出しました。
「この方針は、小児薬のドラックラグ、ドラッグロスの改善に向けて前進したとは言えます。しかし、『努力義務』ではなく『義務』としてほしかった。この点には強いいきどおりを感じます。
ただ、日本の薬事制度を見直すにはいろいろな問題がありますし、日本は市場規模が小さいので、製薬会社にとって魅力的な市場ではないという問題もあります。こうしたさまざまなことを考えると、国に対して具体的に何をどう求めればいいのか、その答えが私にはまだ見つかっていません」(恭平さん)
患者会と製薬会社のネットワーク作りのため、2025年2月にベルギーで開催される「ACCELERATE」に出席
海智くんに必要な薬を日本で使えるようにしたい、日本のドラッグロス問題を何とかしたい。その強い思いから、恭平さんはSNSで発信を続け、マスコミの取材も受けて訴えてきました。
「2025年2月、小児がんの新しい薬の開発を加速するために、医師、研究者、製薬企業、患者団体がベルギーに集まる『ACCELERATE』という国際的なフォーラムが開かれます。私は国立がん研究センターの医師や研究者たちと一緒に、参加する機会をいただきました。
海外の患者団体の方々と会い、国内の患者団体とのネットワークを築き、強化していきたいと考えています。日本と海外の製薬会社との間に、両国の患者団体がかかわることで、日本のドラッグラグ・ドラッグロス問題が少しでも改善できればと考えています。
トボラフェニブを開発した製薬企業の方とも会える予定なので、日本での治験について強く要望するつもりです」(恭平さん)
さらに、これからのことについて考えていることがあります。
「未承認薬が日本に輸入され、管理されるまでのプロセスを把握し、どの部分を改善すればよりスムーズにいくのかを検討したいと考えています。その上で情報を整理し、今後どのような活動を行っていくべきかを検討していきます」(恭平さん)
海智くんが病気を発症してから今日までを振り返って感じるのは、「病気になったわが子を救うには、親が能動的に動く必要がある」ということだそう。
「私は医療従事者なので、医療情報にアクセスしやすいという面はありました。でも子どもの病気についてはまったく知識がなかったし、日本のドラッグラグ・ドラックロス問題も恥ずかしながらまったく知りませんでした。
もちろん主治医の話はよく聞く必要がありますが、『わからない』『納得できない』などと感じたときは、医者任せにせず、親が自ら動く必要があると感じています。そのためには、わが子を苦しめている病気について理解を深めないといけない。
わが子の病気について正しい知識を身につけたい、最新の情報を知りたいと思ったら、今はさまざまな医療情報にアクセスできるし、海外の論文も自動翻訳で読むことが可能です。親が子どもの病気にかんする知識を深めることは、子どもを救うことにつながる。そう信じて私も日々勉強を続けています」(恭平さん)
お話・写真提供/大門恭平さん 取材・文/東裕美、たまひよONLINE編集部
海智くんの病気を治すために、脳幹グリオーマという病気とその治療法に関する知識を深め、行動してきた大門恭平さん。「息子のためにやってきたことではありますが、息子だけではなく、小児がんなど希少疾患に苦しむ人が笑顔になれる日が来ることを願って、これからも行動していきます」と話します。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2025年1月の情報であり、現在と異なる場合があります。