ピアニスト・辻井伸行さんの母に聞く!わが子の能力の見つけ方
子どもには自分の好きなもの、才能を生かせる道を見つけてもらいたいもの。そして、才能を生かせる分野で人生を切り開いてもらえたら、これ以上すばらしいことはありません。
幼いころにピアニストとしての才能を開花させ、現在は世界を股にかけて活躍されている辻井伸行さん。母・いつ子さんは、伸行さんの全盲というハンディキャップをものともせず、天性の音楽的才能を見抜き、伸行さんのやりたいように、のびのびと育てたそう。一児の母であるライター・本多が、子育ての秘訣をたっぷりうかがいました。
ピアニストとしての才能を感じた瞬間
伸行がまだ8カ月のころ、『英雄ポロネーズ』という曲が好きでよくCDを流していました。それを聴くと笑ったり、足をばたつかせて音を立てたりと、全身で喜びを表現していたんです。「よほど好きなんだなあ」と毎日流していたら、ある日CDが傷ついて再生できなくなったんですね。それで、また『英雄ポロネーズ』が入ったCDを買って流したんです。すると、全然反応しない!最初は「同じ曲ばかり流していたので、もう飽きてしまったのかな…」と思ったんですが、「大好きな曲で、あんなに喜んでいたのにどうしてだろう…」と、前のCDと見比べてみたら、演奏家が違っていました。「前のCDの演奏が好きだったのかも…」と思い、買いなおして聴かせたらまた喜んで手足をバタバタし始めたんです。そのとき、“ピアニストの演奏の違いを聴き分ける耳を持っている”ということに気づいたんです。
それで、「もしかしたら音楽の才能があるのかも?」と思って、伸行に子ども用のおもちゃのピアノを買ってあげたんです。私は人に教えられるほどピアノを弾けないので、伸行が好きなようにピアノで遊ぶのを見守っていました。だから、弾き方を教えたことは一度もありません。
ピアノのレッスンを始めたのは1才5カ月のときです。夫の両親からプレゼントしてもらったピアノの調律をしたとき、伸行が発している「アーウー」の声が調律の音と同じ音域だったことを調律師さんが指摘してくださって。「音楽をやらせるといいかもしれませんね」と言ってくださったんです。それがとてもうれしくて、ピアノのレッスンをしてくださる先生を探し始めました。始めは先生のひざに座って親指でドレミを弾いたり、伸行の好きな曲を先生に弾いていただくだけでした。それでも、やっぱりピアノが好きだったみたいで、先生が来る前には自分からピアノに向かってはっていって、椅子の足につかまって立っていましたよ。
私は伸行に「練習しなさい」と言ったことは一度もなくて、いつも「そろそろやめたら?」と言うほど練習に熱中するんです。それには心の底から「すごいな」と感じます。
子どもの才能を伸ばす、子どもとの距離感の取り方って?
子どもが発信している信号のようなものに気づいてあげられるかどうかという部分が大きいと思います。習い事にしても親が先回りしておぜん立てするのではなく、子どもがやりたがっているかどうかが大切ですよね。
あとは、やはり親の距離の取り方も重要だと思います。「あれをやりなさい」「ダメじゃない」と上から目線で口を出すのではなく、子どもと同じ目線で面白がる。「この子、すごいな」と思ったときには「こんなに弾けるようになったんだね、すごいよ!」と口に出してほめてあげるんです。うちの場合は、ほめればほめたぶんだけ頑張るようなところがありました。
体験させることの大切さ
息子が5才のときに海外旅行をしたんですが、ショッピングセンターに自動演奏のピアノがあったんですね。すると、息子がそれを弾きたいと言うので、ダメ元でお店の方に弾かせてもらえるようにお願いしたんです。たまたま許可がもらえて息子がピアノを弾くと、どんどんまわりに人が集まって、弾き終わったらたくさんの「ブラボー」が。お客さんが息子を抱っこしたり、キスしてくれたりして、喜んでくれたのです!伸行はそれがものすごくうれしかったみたいです。大勢の人に自分の演奏を聴いてもらうという喜びを初めて感じて、忘れられない体験になったようです。伸行が「ピアノを弾きたい」と言ったときに、頭ごなしに「ダメよ」と言ってその場を去っていたら、こんな体験はできなかったかもしれません。
ピアノ以外にも、季節の行事を大切にしたり、目が見えなくても美術館に連れて行って絵の説明をしていました。お花見や花火にも毎年欠かさず行きましたし、冬はスキーにも出かけました。直滑降で滑っていって危ない思いをしたこともありますが、そういうことも大切なんじゃないかなと思うんです。体験することでいろいろなことを感じ、そこから感性が生まれると思っています。家でピアノの練習だけしていても、ステキな音楽家にはなれないんじゃないかな。いろいろな体験を通じて“心を育てる”ということが大切です。
マニュアルやSNSの情報にまどわされないで
今の時代、いろいろな情報があふれていて、お母さんたちも大変なんだろうなと思います。耳に入ってくる情報を時には受け流す強さを持って、子どもとしっかり向き合ってもいいんじゃないかなと。子どもにとっていちばん大事なのは、ママが寄り添って応援団のような存在でいてくれることだと思うんです。「育児書どおりにやらなきゃ」と気負わずに、「子どもと一緒に頑張ってみよう」っていうスタンスだとママも気が楽になるんじゃないでしょうか。伸行も小さいころは、ほかの子より成長がゆっくりだったり、靴下を履くのにもすごく時間がかかったりして、ほとんど育児書どおりにはいきませんでした。けれど私は、子どもが自力でできるようになるのを“待つ”ことも子育ての一部だと思って、伸行をせかさないように工夫していました。
子どもの得意なこと、好きなことを見つけて、ママも一緒にやってみたり、面白がったりしてみてください。私は伸行が熱心にピアノの練習をしていると、素直に「すごいね」って、ほめていました。そのことが、伸行にとってひとつの自信になっていたと思います。
著者自身、2才児を育てながらマニュアルやネットの情報で頭がパンパンになっていますが、いつ子さんの言葉の1つ1つが心にしみわたりました。肩の力を抜いて、リラックスした気持ちで子どもと向き合う大切さに気づきました。
いつ子さんの著書「今日の風、なに色? CDブック」では、子育て期を振り返り、伸行さんの転機になった曲を収録。伸行さんが演奏する10曲のクラシックとともに、いつ子さんがつづった10曲にまつわるエピソードは、読みやすい言葉で育児に奮闘するママたちが共感すること間違いなしです。子どもと一緒に成長しようという、ポジティブな気持ちがわいてくる1冊です。(取材・文/本多 恵、ひよこクラブ編集部)
Profile

辻井いつ子●1960年東京生まれ。フリーのアナウンサーとして活躍したあと、88年に生まれた長男・伸行氏が間もなく全盲とわかる。「明るく、楽しく、あきらめない」をモットーに子育てを実践。現在は各地で講演活動を行うほか、「今日の風、なに色? CDブック」など多くの著書を手がけている。
「今日の風、なに色? CDブック」
ピアノ:辻井伸行 文:辻井いつ子
定価: 1620円 発行:アスコム
辻井伸行氏が演奏する10曲を、母・いつ子氏が選曲・解説した親子による初の共同作品。1曲目に収録されている「今日の風、なに色?」は、いつ子氏がパーソナリティーを務めるTBSラジオ「ミキハウスPresents 辻井いつ子の今日の風、なに色?」のテーマ曲として、伸行氏が母にプレゼントした自作曲で、CD初収録となる。

※この記事は「たまひよONLINE」で過去に公開されたものです。