育児は卓球のダブルスだ! 漫画家・宮川サトシさんインタビュー(後編)
©宮川サトシ/講談社
はじめは育児漫画をあまり描きたくなかったという漫画家の宮川サトシさんですが、長女が2歳を過ぎ、今やすっかり「見せる育児」の伝道師に。インタビュー後編では、ちょっと風変わりな(?)育児エピソードを紹介します。
★パパの「見せる育児」で夫婦円満に!? 漫画家・宮川サトシさんインタビュー(前編)
「荻野目洋子ごっこ」で娘をダンシングヒーローに?
――宮川さんの一日のスケジュールを教えてください。
宮川:うちはいつも3人で川の字になって寝ていますが、まず6時半くらいに娘が先に起きて、「起きようよ」という感じで僕たち夫婦を起こしてくれます。朝食や洗濯を済ませたあと、8時半ごろに娘を保育園に送り届けます。そこから僕は喫茶店に行って、漫画の構想を練ったり下書きを描いたりして、昼食を挟んで16時に保育園にお迎えに行きます。18時くらいに3人で夕食を食べて、19時におふろ。20時くらいに妻が寝かしつけをします。娘が寝かしつけはママと決めているんです。女性には「寝かしつけホルモン」があるからでしょうかね。
まんが編集担当:ないですよ、そんなもの。
――宮川さんの造語ですか、それは?
宮川:そうです(笑)。でも風邪をひいた時もお母さんじゃないとダメっていうじゃないですか。それはきっと、「看病ホルモン」が出ているからです。寝かしつけホルモンと看病ホルモン…これは2巻で出そうかな(笑)。妻と娘が寝室に移動したあと、僕は仕事部屋で作業をして、1時くらいに寝ます。
――育児で担当が決まっているものはありますか?
宮川:「グズった時のごはん食べさせ」です。娘の食が進まなくなった時に、食べ物をのせたスプーンを、デデデデデーってリズムに乗せて娘の口に運ぶんです。ひじきを食べたくない時には、「ボクを食べてよ~」と寸劇もします。これをやると完食してくれます。そしてそんな時も、皿を洗っている妻がこっちを見ているのを横目でチラッと確認して「見てるな」と意識しています(笑)。
――漫画の中で、娘さんとの遊びも紹介されています。最近ハマっている遊びは?
宮川:「荻野目洋子ごっこ」ですかね。荻野目洋子さんと大阪府立登美丘高校のダンス部の皆さんが共演した昨年のレコード大賞を録画していて、それを再生するんです。娘はマイクを持って、荻野目洋子さんのまねをする。僕は登美丘高校のダンスの動きを横でまねたり、「頑張れ頑張れ」って応援したりして、娘に荻野目洋子気分を味わわせています(笑)。親の願いとして、面白い子になってほしいので、一発芸も仕込んでいます。「すっぴんの広瀬すずです」という自己紹介ギャグや、寝たふりして目を閉じながら笑うギャグ。僕の友だちが家に遊びに来た時にやってもらうと、まあまあウケるんです(笑)。
――それって、娘さんもちゃんと楽しんでいるんですか……?
宮川:ケラケラ笑っていますよ。実は以前、これとは逆のことがあって……。僕と妻が込み入った夫婦の話をしていると娘はよく「やめて!」と怒っていたのですが、それが最初はヤキモチかと思っていたんです。でもこないだ娘にはっきりとした声で、「二人の話が私にはわからないから!」と言われて、ドキッとしました。プライドのある大人は絶対に言わないフレーズじゃないですか。きっと僕たちの会話に入りたかったんでしょうね。荻野目洋子ごっこや一発芸を楽しんでいるのも、大人と一緒に何かをやることで、そのコミュニティーに入った感じがするからだと思います。
――育児方針のようなものはありますか?
宮川:自分の気持ちを表現するための言葉は知っておいてもらいたいと思っています。といってもまだ2歳なので、おもちゃのピアノで気持ちを表現させることもあります。ママにお菓子を食べられて、娘が「うわ~食べちゃった」と泣き出した時も、「泣くくらいならそのピアノで悲しさを表現してみろ!」と言ったり。「それがおまえの悲しさか!」と煽(あお)ると、もう泣くのも忘れておもちゃのピアノを弾いていました(笑)。
成長してほしい気持ちと、このままでいてほしい気持ちと
©宮川サトシ/講談社
――育児で喜びを感じるのはどんな時ですか?
宮川:妻は成長した時がうれしいといいます。将来は女同士で、ガールズトークをしたいと。でもそれを聞いた僕は、「俺、そういうの全然ないな」と思いました。むしろ「時間よ止まれ」なんです。成長してほしい気持ちはあるけれど、寂しさのほうが勝ってしまう。自分にとっての今の幸せは、娘がひざの上に乗った時に感じる温かさ。ぬくもりというとダサいんですけど、まさにぬくもりです(笑)。娘をギュッとしたときに、僕を嫌がるんじゃなくて顔をうずめてくるのが、マックスにうれしくて幸せですね。抱っこしている時にふざけてのけぞっている時も、「こいつ、俺が手を離さないと思ってるんだな」と思うと、なんてかわいいんだと思っちゃいますね(笑)。
――逆に育児をしていて大変だと感じることは?
宮川:2つあります。1つは、自分の嫌な面と向き合わないといけないこと。たとえば、娘が小児ぜんそくと診断された時に、妻は「吸入、頑張って治そうね」と言うのですが、僕は動揺するばかりで「う、うん」みたいな、情けない感じが出ちゃった。妻も動揺していたはずなのに、あの時どうして「よし、やるぞ」と言えなかったんだろう、と凹みました。もう1つは決断です。自分のことならすぐに決断できるのに、子どものことになると決断が難しい。たとえば子どもの進路のこととか、まだ保育園なのにどっちだどっちだと悩むんですね。自分の決断によってバタフライ効果が起こって、この子の将来に影響があると思うと、「どうしたらいいんだー!」って(笑)。それがこの先ずっと続くのかと思うとゾッとします。もし将来、娘に「あの時お父さんが勝手に決めたから、今の私がこういう状況なんだよ」と言われたら、立ち直れません。
――『そのオムツ、俺が換えます』の第13話で、先に育児を経験している男性が少しだけ先輩ヅラをしてしまう「男の育児マウンティング」について描かれていますが、そんな宮川さんからあえて、新米パパたちへメッセージをお願いします。
宮川:夫婦同士、子どものことを本音で語り合うことだと思います。「ちょっとあの時はまだかわいいと思えなかった」とか、マイナスのことも全部あけすけにしゃべることで衝突も減っていくということが、漫画を描きながらわかりました。僕はよく、後輩パパから「育児ってどんな感じ?」と聞かれた時に、卓球のダブルスにたとえています。前に出たり後ろに引いたりしながら、声がけをして、うまく決まったら手をバチっとタッチして一緒に喜ぶ。この人はここに届かないから自分が駆けつけようとか、精神的に今参っているから自分がやろうとか、互いにフォローしていると相手を気遣えるようにもなります。僕の漫画を読んで、「夫がパパになるまでちょっと待ってあげよう」という気持ちになったママもいたみたいです。そういうのを聞くと、この作品がもっと広まってほしいな、と思いますね。
――今日はいろいろとありがとうございました。全般的に、宮川さんがやさしい方だということがわかりました。
宮川:それはぜひ、でかいフォントで書いてください(笑)。
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宮川さんのギャグめいたエピソードから感じられたのは、新米パパの照れ隠しであり、やさしさでした。(取材・文/香川 誠、ひよこクラブ編集部)
■profile /宮川サトシさん
漫画家。1978年生まれ。岐阜県出身。大学卒業後、学習塾を経営するも、34歳で漫画家を志し上京。2012年に漫画家デビュー。作品に、『情熱大陸への執拗な情熱』『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』など。『そのオムツ、俺が換えます』は、ベビモフで連載中。