「いくら食べても満腹にならない」そんな病気で苦しむ人がいると知ってほしい。長男の病気に向き合う母の願い【プラダー・ウィリー症候群】
綾さんの1人目の子ども、樹(いつき)くん(7歳・小学校2年生)は、生まれて4週間後にプラダー・ウィリー症候群(以下、PWS)だとわかりました。PWSは染色体異常の難病で、症状は多岐にわたりますが、食欲中枢のコントロールがうまくできず、過食や肥満になる心配が大きいといわれます。そのため綾さんは、幼児期から樹くんの食事の管理にはとても気をつけてきました。それは3人の子ども育てる中で、大変なことだったのではないでしょうか。
インタビューの後編は、食事の管理を中心とする日常生活のことを聞きました。
食事は主菜と副菜をワンプレートに盛りつけ。樹に最初に選ばせ満足してもらう
PWSの患者は、脳の満腹中枢に障害があることでいくらでも食べてしまい、肥満になりやすいといわれます。肥満は糖尿病や脂質異常など別の疾患につながってしまいます。
綾さんも樹くんのカロリーコントロールには、幼児期からとても注意してきたそうです。
「わが家の食事は1人1人ワンプレートに盛りつけ、『自分の分を食べ終わったらおしまい』と教えてきました。樹の下に6歳の娘と3歳の息子がいますが、家族全員がそのようにしていて、『おかわりはなし』を徹底。おかわりができないように、作った料理は全部よそってしまうんです。
もしもちょっとあまったときは、『明日のママのお弁当の分だよ』と言っています」(綾さん)
樹くんが食事に不満を感じないような工夫もしています。
「メインの魚か肉を1品、野菜料理が2品、それにごはんとおみそ汁、というのを献立の基本にしています。1品の量を多くするのではなく、品数を多くして、量がたくさんありそうに見えるような工夫をしています。
また、子ども3人分のプレートに盛りつけたら、最初に樹に選ばせます。たぶん一番量が多そうに見えるプレートを選んでいると思います。食べ終わったあとものたりなさそうにしていても、『樹が自分で選んだプレートを食べ終わったんだから、ごちそうさまだよね』と言うと、気持ちを切り替えることができます。
実は2番目の娘は食欲が旺盛で、最近は樹と同じ量だとたりません。樹が自分のプレートを選んだあと、樹にも娘にもばれないように、娘のプレートにちょっとだけ料理を追加しています。たまに樹が『妹のほうが量が多い気がする!』と不平を言うことがありますが、『多くないよ、樹は一番量が多そうなプレートを自分で選んだんじゃない』って言うと、それもそうか・・・と納得してくれます。
もちろん、うそをついたり、言葉巧みに誘導したりするのはよくない、という考えもあると思います。でも3人の子育てと向き合う中では、今は必要なうそかな、と考えています。
本当は樹にもおなかいっぱい食べさせてあげたい。でもそれは樹のためにならない。だからコントロールするしかないんです」(綾さん)
給食の献立表をもらいカロリー計算。息子と一緒に減らすものを考える
樹くんが集団生活を送るにあたり、「一番のネックが給食だった」と綾さんは言います。
「幼稚園や小学校で出される給食を全部食べたり、おかわりしたりすると、樹にとってはカロリーオーバーになってしまいます。幼稚園入園前には給食センターの方、園長先生、担任の先生、補助の先生に相談し、給食の量を全体的に減らしてもらいました。
小学校入学時も給食について学校に相談。文部科学省の基準:だと、小学1・2年生の給食のエネルギー摂取量の基準は530kcalです。樹の1日の適正な摂取カロリーは1150kcal~1200kcalで、給食で食べられるのは350~400kcalくらい。100kcalくらいは減らさないといけません。
そこで2カ月先の給食のメニューとカロリー表をもらい、何をどれくらい減らすかを私がカロリー計算し、現在、受診している信州大学医学部附属病院(以下、信大病院)の栄養科の先生に相談したうえで、学校に提出することになりました」(綾さん)
小学校1年生の2学期ごろからは、何を減らすか、樹くんと一緒に決めるようにしています。
「たとえば、パンを全部食べて牛乳を半分にするのと、パンを半分にして牛乳を全部飲むのとどっちがいいか、樹に決めてもらいます。自分で決めると、量が少なくても不満を持たないようです。
一方、学校側には、『できるだけ量が少なく見えないように配膳してほしい』とお願いしています。魚を2分の1の量に減らす場合、横にカットするといかにも量が少なく見えますが、縦にカットすると、長さはみんなと同じだから、それほど少なく見えません。そんな配慮をしてくださるので、とてもありがたいです」(綾さん)
給食のこともあり、小学校入学前には樹くんに病気のことを話したそうです。
「PWSという病気の説明は難しいので、まだきちんとは話していません。お友だちと同じくらい食べると病気になりやすいから、気をつけないといけないんだよ、ということだけ説明しました」(綾さん)
全身のさまざまな状態を診てもらうために長期フォローアップ中
樹くんは現在、経過観察を行っています。
「信大病院の小児内分泌科と臨床栄養部に3カ月に1度通院。筋肉が弱いため背骨が曲がる側弯症(そくわんしょう)になるリスクもあるから、年1回整形外科での検査も受けていています。また、樹が生まれたこども病院の眼科とリハビリ科に3カ月に一度、遺伝科に1年に1度通院しています。
年長(5歳)のときネフローゼ症候群も発症していて、腎臓科でも3カ月に1度診てもらっています。
ネフローゼ症候群は尿にタンパクがたくさん出てしまうことで、血液中のタンパクが減り、体がむくんでしまう病気。むくみを抑える薬を使うと食欲が増してしまうそうなのですが、樹の食欲は変わりませんでした。小さいころから『出された量を食べたらおしまい』が習慣として身についているから、自分で自然と食欲をコントロールしているのではないかと、先生には言われました。ネフローゼ症候群がPWSによるものなのかどうかは、はっきりとはわからないようです。
PWSは大人になってもいろいろな症状が現われる可能性があるので、信大病院で長期フォローアップを受けることになっています」(綾さん)
樹くんは低身長の予防と体組成(脂肪と筋肉のバランス)の改善のために、毎日、成長ホルモン療法を行っています。
「2歳ごろから1日1回、毎日寝る前に成長ホルモンの注射を打っています。ペン型の注入器を使うので難しくはありません。おしり、太もも、おなか、腕など、毎回場所を変えて打つのですが、樹に『今日はどこに打つ?』と聞いて、樹が示した場所に打っています。食事と同じように自分で決めるからか、嫌がることはありません」(綾さん)
かつて、PWSに対する成長ホルモン療法は、医学的に「低身長」と診断された小児のPWSの患者さんのみが保険適用でした。しかし、2023年12月より成人を含む全てのPWSの患者さんで、体組成改善を目的とする成長ホルモン療法が保険適用となりました。
「PWSの大人の患者さんの中には、成長ホルモン療法を自費では受けられず、その結果、太りやすくなって糖尿病を発症した方も少なくなかったと聞きました。
樹は必要と認められれば、大人になっても成長ホルモン療法が受けられるでしょう。薬が認められたことは多くの方が訴え続けて来てくださったおかげだと感謝しています」(綾さん)
今年7月末から7日間、樹くんは扁桃腺を切除するために入院しました。
「成長ホルモンを投与すると扁桃腺やアデノイドが大きくなり、睡眠時無呼吸症候群になりやすくなるそうなので、睡眠中のいびきや呼吸には注意していたし、半年に一度、睡眠時無呼吸症候群の検査を受けていました。
樹の場合アデノイドは正常なのですが、扁桃腺が大きくて、それが睡眠時無呼吸症候群の原因になる可能性があるということで、扁桃腺を取ることになったんです」(綾さん)
自分で生きる力をつけてほしい。だから小学校は普通級+支援級を選んだ
PWSの症状のひとつに知的障害があります。樹くんは小学校入学前に知能検査を受けました。
「年長のとき、小学校選びをどうするか、という大きな課題が目の前にありました。当時の樹はまわりの子と同じように会話ができたし、体つきもしっかりしてきました。挑戦心や学習意欲も人一倍あったと思います。
幼稚園でたくさんの刺激をもらったからこその成長だと思っています。だから小学校も、たくさん刺激を受けられる普通学級に入れたいと望んでいました。
それが可能なのかどうかを知るために、児童相談所で実施している『田中ビネー知能検査』を受けたんです。軽度知的障害で、短期記憶が弱いという結果でした。
このレベルの子は普通学級にもいるし、養護学校にもいるとのこと。選択肢があるだけに悩み、公立の普通学級、特別支援学級(支援級)、養護学校に見学に行きました。
養護学校は子ども1人1人に配慮してくれるので、樹のことを守ってくれると感じました。でも、樹には自分で生きていく力をつけてほしい、まわりの子どもたちから刺激を受けて成長してほしい。改めてそう強く願い、普通級に籍を置いて、必要に応じて支援級に通う形を選びました。
樹は学校の有名人らしいです。人懐っこくてだれにでもあいさつするから、学年を超えて樹に声をかけてくれる子が多いそうです。担任の先生は『うちの児童で樹くんのことを知らない子はいないんじゃないかな』って」(綾さん)
樹くんはいま、アイロンビーズに凝っているそう。
「手指を使うと脳の発達にいい影響があるということで、支援級でアイロンビーズを作ったのがきっかけで、すっかりハマっています。去年のクリスマスは、サンタさんにアイロンビーズのプレゼントをお願いしたほどです。
私と樹が口げんかをしたことがあったのですが、その日の支援級でチョウチョのアイロンビーズを作り、帰宅したとき『ママごめんね』って渡してくれたんです。私の大事な宝物ができました」(綾さん)
いくら食べても満腹にならない。そんな病気で苦しむ人がいると知ってほしい
PWSは希少疾患なので、大人になってから周囲の人に理解してもらえず、苦しむ人も少なくないそうです。
「PWSの人は脳の障害の影響でいくら食べても満足感がなく、いつも空腹状態なんだそうです。そして目の前に食べものがあると、無意識のうちに食べてしまうこともあるとか。樹もこれからずっと、自分の食欲をコントロールしながら生きていかないといけないんです。
食べることを幸せと感じる人は多いと思います。でも、病気のせいで満腹を感じられず苦しんでいる人がいること、PWSという難病があるということを、少しでも多くの人に知ってもらえるとうれしいです」(綾さん)
【市川先生より】ご家族、学校関係者、医療スタッフがチームとなり、樹くんの成長・発達・健康をサポート
人懐っこく心優しい樹くん。小学校に入学してからの成長はさらに目覚ましく、自分のことは自分でできるようになり、まわりへの気配りも感じられ、外来でお会いするたびに、その成長にびっくりしています。食事のカロリーコントロールを、実際に日々の生活の中で行うのはかなりの労力です。でも、お母さん、樹くん、学校などでかかわってくれるみなさんが、「樹くんの健康にとって極めて重要なこと」と認識し、行動してくださるおかげで、体重のコントロールは良好です。
PWSは、成人期には肥満に伴う合併症が多く、そのフォローが重要になるとともに、合併症や症状は多岐にわたるため、複数の診療科に通院する必要があります。これからもご家族や樹くん本人、学校関係者、小児科および小児科以外の専門科を含めた医療スタッフがチームとなって、樹くんの成長・発達・健康をサポートしていきたいと考えています。
お話・写真提供/綾さん 監修/市川加波先生 取材・文/東裕美、たまひよONLINE編集部
綾さんが適量の食事のしかたを地道に教えてきたことで、樹くんは「もっと食べたい」という気持ちをコントロールする力をつけました。「樹が大人になるころにはPWSがもっと広く知られ、サポートしてもらえる世の中になっていてほしい」と綾さんは願っています。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
市川加波先生(いちかわかなみ)
PROFILE
信州大学医学部卒業。信州大学小児医学教室 医員。内分泌グループ所属。同グループが2011年に発足した、PWSと診断されたお子さんを長期支援するためのPWSプロジェクトにて、PWS小児患者のフォローアップを担当。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2025年9月の情報であり、現在と異なる場合があります。