「1歳までは生きられないかも…」生後2日で腸の95%が壊死。残された小腸はたったの5㎝に【短腸症候群・体験談】
2021年、戸川家の長男として誕生した戸川蒼斗くん。誕生して2日後におなかが真っ黒になり、緊急手術。小腸に異常が見つかり、残された腸は5cmという「短腸症候群」となりました。これまで度重なる手術をしたり、主な栄養摂取源は背中のリュックに入った点滴からだったりという、蒼斗くん。今回のインタビューでは、パパの拓哉さんに、蒼斗くんの生まれたときの様子から、治療のために愛知から大阪に引っ越したお話までを聞きました。
全2回のインタビュー、まずは前編をお届けします。
無事に誕生した蒼斗くん。しかし、授乳しても吐き出すことが続き…
現在、4歳となる蒼斗くんは、愛知県の総合病院で生まれました。出産前にママは切迫早産に悩まされ、3カ月半に及ぶ入院生活を送っていたものの、蒼斗くんの健康上の問題を指摘されたことはなかったと話します。
「初めて、蒼斗の様子がおかしいという話を聞いたのは、生まれた翌日のことでした。妻が蒼斗に授乳しても吐いちゃうことが続いたそうです。その日は心配で、ナースステーションで預かってもらうことに。すると、夜中に血便が出たんです。そこで、蒼斗をNICU(新生児集中治療室)に移して、様子を見ることになったんですが、今度は蒼斗のおなかがみるみる黒くなってしまったそうで…。これはあきらかにおかしい、おなかを開けて見るしかないと、緊急手術をすることになりました」(パパ・拓哉さん)
蒼斗くんのおなかに今も残る大きな十文字の傷跡。それはその初めて手術したときのものです。おなかが黒くなる原因を探そうと蒼斗くんのおなかを開けたところ、あることがわかりました。
「小腸の最初の部分がねじれていたんです。その影響で、先に血液がいかなくなってしまい、大部分が壊死した状態でした。もともと、胎内で成長する際に、腸回転異常症(腸が生まれつきおなかの中で正しい位置に納まらない先天異常)で、腸がねじれやすい状態だったそう。蒼斗の場合は、腸がねじれる中腸軸捻転を合併してしまったんです。
その初めての手術では、ねじれを元に戻す処置を行い、血流が戻るかどうか1日様子を見ることに。しかし、結局、血流は再開しませんでした。
命を助けるために与えられた、たった一つの選択肢は、壊死した部分を切除すること。蒼斗は小腸の95%を切ることになりました。その結果、残った腸がたった5cmしかない「短腸症候群」となったんです」(パパ・拓哉さん)
残された腸はたった5cm。「1 歳までは生きられない可能性が高い」と言われ…
通常、小児の場合は、腸が75cm以下のケースを「短腸症候群」と呼ぶそう。ですが、蒼斗くんの場合は小腸の入り口と出口をつないだだけの、たった5cm。いわば、短腸症候群の中でも、かなり重篤なケースです。
「それだけ小腸が短いなんて前例がないので、先生たちもどうしていいか、この先どうなるかがわからずに手探りのようでした。ただ、腸が5cmしかないので、栄養をとることは確実に難しい…と。
通常、私たちは食べ物を食べて栄養をとりますよね。それを蒼斗は点滴で補わないといけなくなるんです。そうすると、肝臓にものすごく負担がかかってしまう。そして肝臓の状態が悪くなると、今度はほかの臓器までやられてきてしまい、敗血症という病気になりやすくなります。そうなると、もうどうにもできない。蒼斗の場合は、最初に薬を投与したときから肝臓の数値が悪く、先生からは『1歳の誕生日を迎えることはできない可能性が高い』と言われていました」(パパ・拓哉さん)
当時、担当してくれた医師からは毎日ノートに記録をつけること、蒼斗くんの写真をいっぱい撮影しておくことをすすめられた戸川さん夫婦。
「ちょうどコロナ禍で、厳戒態勢の中でしたが、父親である僕もNICUで特別にお世話する機会をつくってもらって…。容体が急変して、蒼斗がいつ亡くなってもおかしくないというような、緊張感のある日々を過ごしていました」(パパ・拓哉さん)
蒼斗くんが1歳のとき、大阪の専門医にかかることに
生まれて5カ月後に蒼斗くんが退院。それからは点滴で栄養を入れるなどの在宅ケアをしながら、しばらくは出産した総合病院の小児科に診てもらっていました。その後、当時の担当医を通じて、短腸症候群など、点滴をしている患者さんを多く診ている大阪大学医学部附属病院(以下、阪大病院)を紹介してもらうことに。そこで出会ったのが現在の主治医である田附裕子先生でした。
初めて阪大病院を受診したのは蒼斗くんが生まれて、およそ1年後のこと。当時、愛知県に住んでいた戸川さんは、蒼斗くんを連れ、車で数時間かけて向かいました。
「受診後、さまざまな検査をし、現在の状態を診てもらいました。また、阪大病院で行われているカテーテル管理の指導はもちろん、調剤薬局や在宅治療サービスの見直しをしていただきました。
いちばん印象的だったのは、主治医の田附先生が、僕たちと一緒に考えながら『こうしよう、ああしよう』と治療方針を決めてくださったこと。
それまではずっと”どうしていきたいか”、僕たち夫婦に全て委ねられているような状況でしたから。僕も海外の論文をチェックして、薬関連のことをいろいろ調べたりもしていたので、その心強さはとても大きかったです。
また、先生は蒼斗のことを『この子は大丈夫よ。こんなに元気なんだから!』と言ってくださり、それもすごくうれしかったですね」(パパ・拓哉さん)
蒼斗くんの治療を最優先するため、大阪に引っ越すことを決断
阪大病院へ通うことになった蒼斗くん。受診や手術、入院のたびに愛知から大阪に通っていましたが、あるタイミングで戸川さん家族は、蒼斗くんの治療のために大阪に移住することを決断します。
「蒼斗は食べ物から栄養をとることができないので、24時間、栄養剤の点滴をしています。首の血管から点滴のカテーテルを入れているのですが、これは外から入れているものなので、どれだけ気をつけていても、ここにばい菌が入り、膿んでしまうことがあるんです」(パパ・拓哉さん)
このカテーテルは直接血管に入っているため、ばい菌が全身に回り、最悪の場合、敗血症を起こしてしまう恐れがあるのだそう。そこまでいかなくとも、体調を崩して高熱が出たり、カテーテルの破損などのトラブルが起きたりは何度も経験している蒼斗くん。これまで12回の交換手術をしてきました。(※生まれてすぐの手術や腸の延長手術は含まず。すべての手術の回数を含めると16回)
本人は入院には慣れっこであるものの、手術着に着替える際にはその後の処置や家族と離れる期間を察して、嫌がって泣き出してしまうそうです。
「カテーテルを通す首の血管は内頸静脈と外頸静脈とそれぞれ2本ずつありますが、蒼斗の場合は手術を繰り返しているので、外頸静脈がすでにつぶれてしまっているんです。残された内頸静脈も詰まりを繰り返し、エコー検査で見ると、異物があるような感じで…。
当時、手術や入院は大阪でしていたのですが、何かあったときの応急処置は地元である愛知県の病院でお願いしていたんですね。ただ、その内頸静脈の異変があって『うちだと応急処置すらもう難しい』と告げられてしまいました。
一方、田附先生は『その状態でも診ることに問題はない』とのことでしたし、だったら地元にいて、不安な状況を続けるよりは、大阪に移住したほうがいいなと。将来的に小腸を移植する 場合の準備や、幼稚園に入りたての上の娘の人間関係が固まる前のほうがいい、なども考えて決断することになりました」(パパ・拓哉さん)
引っ越しを決めるにあたり、裏では大きな葛藤が…
ただもちろん、引っ越しの決断は簡単なものではありませんでした。
「ちょうどそのころ、僕たち夫婦は注文住宅に引っ越したばかりでした。お互いの実家に近く、庭があって、駐車場も2台、車が停められて…。壁の色やカーテンも夫婦で決めるなど、自分たちのこだわりの詰まった理想の家だったんです。
また、僕の放射線技師としての仕事も勤務先に勤めて10年目を迎え、いいポジションを築けたところでした。学会の講演などに呼ばれて、お話をさせてもらえる機会が増えていた時期で。東海地方に根ざし、いいコミュニティの基盤ができてきたタイミングだったので、仕事を辞めて関西に行き、一から出直すことは、実はめちゃくちゃ勇気がいりました。
転職すると、給料もガクンと下がる可能性もありますし、蒼斗の治療に必要な医療物品や、日本で無認可の海外の薬なども投与を考える中で、本当に生活できるのか…という不安もありました。それに、夫婦ともに地元の愛知県を出たことがなかったので、そこを出るさみしさもあって…。
でも、どれもこれも蒼斗の命ありきでの話。だから、『大阪に引っ越そう、それがいちばんいいよね』と夫婦で腹をくくりました」(パパ・拓哉さん)
【田附先生より】短腸症候群の患者さんが抱える課題とは…
短腸症候群の患者さんが抱える課題は多く、食事・排便・カテーテル管理・学校や社会生活・地域の理解や在宅支援の問題など、個々に違います。
そこで、点滴をしていても日常生活が普通におくれるように、医師だけでなく看護師や管理栄養士など、さまざまな職種の医療関係者がチームを組んでサポートすることが必須です。この総合的治療を「腸管リハビリテーション」と言います。
本来、超短腸症候群は小腸移植が対象となる病気ですが、日本では実施数はまだ少ない現状です。
そのため移植以外の方法として、短腸症治療薬や腸管延長手術を含めた「腸管リハビリテーション」を行って、蒼斗くんのような患者さんたちの生活の質の向上を目指しています。
今後も、合併症である肝機能障害やカテーテルの問題などに注意しながら、日々の「腸管リハビリテーション」を継続していくことが必要です。
お話・写真提供/戸川拓哉さん 取材協力/戸川亜沙美さん 医療監修/田附裕子先生(兵庫医科大学小児外科) 取材・文/江原めぐみ、たまひよONLINE編集部
蒼斗くんの治療を最優先に大阪に引っ越した戸川さん一家。後編では、引っ越し後の蒼斗くんの治療、短腸症候群の子が抱える疾患、将来の展望などについてお話を聞いています。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2025年10月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。