三つ子育児。「限界が来て円形脱毛に」…でも、三つ子だからこそ生まれた宝物のようなご縁がたくさん!【体験談】
神奈川県在住のゆきさんは、“一卵性の三つ子の女の子”のママです。妊娠31週のときに突然破水し、緊急帝王切開に。3人の子どもたちは1500g前後と小さめに誕生し、2カ月のNICU生活を送ることとなりました。しかし、それから3年。3歳になった三つ子は大きく成長し、元気いっぱいの幼稚園ライフを送っています。
前編では、ゆきさんに三つ子の妊娠生活と出産についてのお話を聞きましたが、今回は、出産後のリアルな育児生活についてのお話を聞きました。「退院後のドタバタ生活」から「現在の暮らし」まで、詳しいお話をお届けします。
NICUに通うかたわら、家探しにも奔走!
――赤ちゃんたちが生まれてから、退院まではどのくらいでしたか?
ゆき 家に戻れたのは、生まれてから2カ月を過ぎたころでした。最初の1カ月は出産した国立の病院のNICU(新生児集中治療室)で過ごし、状態が安定してきたので、家の近くの病院へ転院してさらに1カ月お世話になりました。
――たしか、病院までは片道1時間半ほどでしたよね。通うのも大変だったのでは?
ゆき はい、大変でした…。しかもその間、NICUに通う以外にもやることがたくさんあって。実は「家探し」をしていたんです。
――えっ、産後間もない中でですか!?
ゆき はい。妊娠中に「三つ子を育てるなら、実家の近くに引っ越そう」と夫婦で決めていたのですが、なかなか条件に合う家が見つからなくて。
たとえば気に入った物件があっても、双子用ベビーカーを押すにはエントランスの段差が高すぎたり、三つ子育児には車が必須なので、駐車場が欠かせなかったり…。結局、見つかったのは子どもたちの退院直前。引っ越しは、退院のわずか5日後でした。
――それはドタバタでしたね!
ゆき 本当に(笑)。引っ越しの手続きも本当に大変でした。そういえば、同じくらいのタイミングで車も買い替えたんですよ。もともと5人乗りの車に乗っていて、チャイルドシートを3台乗せられなかったので、大きめのファミリーカーにしました。
NICUに通うかたわら、家探しにも奔走!
――育児は、新しいおうちでスタートしたのでしょうか?
ゆき そうですね。引っ越しした月だけは実家に戻って、1カ月後に新居へ。両親は自営業で日中はなかなか頼れなかったのですが、私の叔母が泊まり込みで来てくれて、育児を手伝ってくれたんです。本当に助かりました!今でも子どもたちは叔母が大好きでよく懐(なつ)いています。
――自宅に戻ってからの生活はどうでしたか?
ゆき 正直、ぽっかりと記憶が抜け落ちているんです(笑)。どうやって乗りきっていたのか思い出せないくらい…。
3〜4カ月のときに、久しぶりに美容院へ行ったんですが、美容師さんに「円形脱毛ができていますよ」と言われてびっくりしました。自覚がないくらい、余裕もなかったんだと思います。
――それほどハードだったんですね。
ゆき はい。常に誰かが泣いているような毎日でした。泣いているのをほうっておくしかない場面も多くて、すぐに抱っこしてあげられないことが本当につらかったです。
それに、当時は3人ともミルクの吐き戻しがひどくて…。消化管が未熟だからか、最初のころは飲ませてゲップさせたあとに横にするとミルクがすぐ逆流していました。でも、3人いるからしかたなく置く。するとやっぱりすぐ吐いてしまう…、みたいな状況が3人続きました。洗濯物もたまるから、1日5〜6回は洗濯機を回していました。
あのころは本当に悩みましたし、そんな感じで毎日が追われ、睡眠もほぼ取っていなかったと思います。
産後ケア施設を利用し、ゆっくりした時間を過ごす
――実家や親戚以外に頼れるところはありましたか?
ゆき 産後ケア施設を利用しました。もともとは「三つ子なんて受け入れてもらえるはずがない」と思っていたんです。
だけど、同時期に入院先で知り合った三つ子ちゃんのママが「産後ケア施設に行ってみたんだけど、すごくよかったよ」と教えてくれて。ダメ元で自治体に問い合わせてみたら、担当者の方が施設に掛け合ってくださり、利用できることになったんです。
修正月齢で4カ月まで使えるということだったので、うちは生後6カ月になるまでに、2泊3日で3回利用しました。
――施設ではどんなことをされたんですか?
ゆき 私が行ったのは産後ケアをしている助産院だったのですが、最初にスタッフの方が「ママはどうしたいですか?」と希望を聞いてくれるんです。
「とにかく休みたい」なのか、「育児で悩んでいることを一緒にやってほしい」なのか。そんなふうに私の要望をていねいに聞いてくださいました。
当時の私はとにかく寝不足だったので「休みたいです」と伝えて、三つ子を預かってもらうことに。ごはんをゆっくり食べて、夜はぐっすり寝て、何もしないのんびりした時間を過ごさせてもらいました。
当時は睡眠不足が続き、子どもたちの泣き声でもだいぶ気がめいってしまっていたので、そこから少し離れて、気持ちがリフレッシュできました。利用できて、本当によかったですね。
3歳になって少し落ち着いた夜泣き。でもまだまだ健在!
――当時は眠れなかったとおっしゃっていましたが、ようやく眠れるようになったのはいつごろですか?
ゆき 落ち着いてきたのは、3歳手前くらいですね。
――3歳手前!ということは、つい最近ですね!?
ゆき そうなんです。3人とも夜泣きがあって…。隣で寝ていると安心するみたいなんですけど、私の隣にいられるのは2人まで。どうしても離れちゃう子がいるので、その子が夜中に「ママがいない!」と起きるんです。
それで私が寝る場所を変えたり、子どもたちを動かしたりして、夜どおしの大移動!今でも多少ありますが、今は1人につきひと晩に1回くらいになって、だいぶラクになりました。
――1人1回で「ラクになった」なんですね…。本当にお疲れさまです…!
三つ子はとにかくかわいい!
――これまで三つ子ちゃん育児の大変な部分を中心に聞いてきましたが、「三つ子を産んでよかったな」と思うことを教えてください。
ゆき やっぱりいちばんはかわいいことですね。3人がかわいくてかわいくてしかたない(笑)!
あと、三つ子を出産してから、ご縁が本当に広がったと思います。子どもたちが少し大きくなってから、多胎児のサークルに入ったんですが、仲よくなったママがたくさんいて、そのつながりはだいぶ心強いです。
そこで知り合った友人と「子どもを連れてランチって憧れるよね」なんて話をよくしていたんです。3人連れて行くと、ゆっくりランチどころじゃないので。
考えた結果、最近、同じ三つ子ちゃんのママとたまに1人っ子会を開催していて。
お互いに3つ子のうちの1人を選抜して連れて来て、カフェでゆっくり過ごすんですが、これが本当に楽しいですね!
子どもたちのおかげで、仕事にもつながった!
――すてきな会ですね!
ゆき そうなんです。あと、縁といえば、今年子どもたちが幼稚園に入園し、私も久しぶりに働き始めたんですが、勤務先が子どもたちが1歳のときに記念写真を撮影したスタジオなんです。
――たまたま求人が出ていたんですか?
ゆき いいえ。自分がそのスタジオのすごくファンで、1歳の記念写真を撮影した以降も何度も撮影をお願いしていて、やり取りがあったんです。そうするうち、私もカメラを趣味にしているので、「じゃあ、働かない?」みたいな感じで声をかけてもらいました。本当に三つ子が運んで来てくれたご縁だと思っていますし、今働いているスタジオで撮ってもらった写真は、本当にお気に入りで、三つ子の育児に追われる私を励ましてくれる存在でもあったので、そこで働けるのが純粋にうれしいです。
――そんなことが!ゆきさんのインスタの写真もとてもすてきです。
ゆき ありがとうございます。三つ子を出産したときに一眼レフを買って、写真を撮り始めました。3人連れての外出は本当に大変で、「もういいか」とおっくうになることが多かったんです。だからこそ「子どものかわいい写真を撮りに行こう!」とカメラが外出するモチベーションになっていました。
――趣味のカメラも三つ子ちゃんがいたからこそ、だったんですね。
ゆき 本当にそうですね。三つ子がいてくれたからこそ、出会えた人、出会えたものがたくさんあります。
三つ子を連れていると、普段、外出した先で「手伝いましょうか?」と声をかけてもらうことも多いんです。
今住んでいる地域でも、ご近所の皆さんが三つ子を本当に気にかけて、見守ってくれています。道端で泣いていると、こちらとしては「迷惑かけてないかな?」とあわててしまうけど、そんなときに「どうしたの?」なんて温かく声をかけてくれる。
本当に人の温かさに助けられているし、ありがたいと感謝している毎日です。
お話・写真提供/ゆきさん 取材・文/江原めぐみ、たまひよONLINE編集部
三つ子育児の日々は、想像を超える大変さだったというゆきさん。それでも「子どもたちがとにかくかわいい!」と笑顔で話してくれました。
たくさんの人との出会いや支えに恵まれたのも、三つ子がつないでくれたご縁。そのご縁は、これからもきっとゆきさん家族のまわりで温かく広がっていきそうです。
ゆきさん
PROFILE
神奈川県在住。3歳になった一卵性の女の子の三つ子(さなちゃん、みなちゃん、れなちゃん)を育てるママ。出産を機に一眼レフを購入し、カメラが趣味に。Instagramではかわいい三つ子写真を公開中!
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2025年11月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。


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