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「ちび」と言われて、泣いて帰ってきた難病の息子。自分を嫌いになってほしくないと「いいところ探し」を続ける母【軟骨無形成症】

更新

保育園の4歳児クラスのときの運動会。集団演技を行う前に「エイエイオー」をしているところ。

鈴木伊津子さんの二男、大翔(ひろと)くん11歳(小学校6年生)には、遺伝子の変異で骨が成長するしくみの一部がうまくはたらかなくなる、軟骨無形成症という病気があります。この病気の症状はさまざまで、重症度にも個人差があり、大翔くんには、低身長と手足が短いという症状があります。
周囲の子どもたちとの違いを意識するようになる幼児期以降、母親の伊津子さんは大翔くんにどのように接してきたのでしょうか。
全2回のインタビューの後編は、幼児期から現在のことについて聞きます。

▼<関連記事>前編を読む

その日にあったいいことを数え「いい日だった」と言葉にしてから眠るように

5歳4カ月ごろ。伊津子さんは大翔くんをほめて育ててきました。

1歳1カ月で歩き始めた大翔くん。運動神経がよく、かけっこも得意だったそうです。

「大翔自身の発育・発達は順調でした。でも、まわりの子と比べて身長が低いことは、年々はっきりしていきました。そのことが原因でお友だちにいじめられたりしないかというのが、1歳3カ月で保育園に入園した当初からの心配事でした。

大翔が自分の口で病気のことを説明できるようになるまでは、代弁するのは私の務めだと考えていました。だから、保育園の保護者会や、公園で知った顔のママを見かけたときなどは、私からどんどん声をかけ、友だちになり、大翔の病気のことを話したんです。
『骨が伸びにくいという難病をもっているから小さいけれど、いろいろなことができるから普通に接してね。何か悪いことをしたときは遠慮なくしかってね』のように・・・。
ママたちはみんな理解してくれ、ほかの子どもたちと同じように接してくれたのが、とってもうれしかったです」(伊津子さん)

それでも、保育園のお友だちに身長のことを言われ、大翔くんが泣いたことがあったそうです。

「『ちびって言われた』と大翔は泣いていました。3歳ごろのことだったと思います。3歳児クラスのとき、4月時点の大翔の身長は79.6㎝、翌年3月は84.0㎝でした。3歳0カ月時点の男の子の平均身長は 約92cmとされていますから、同じクラスの子は、大翔がかなり小さく見えたことでしょう。大翔が身長のことをお友だちから指摘されたのは、このときが初めでだったと思います」(伊津子さん)

泣いている大翔くんに、伊津子さんは事実を認めつつ、気持ちが前向きになれるような言葉かけをしました。

「『小さいことはしかたがない。それは本当のこと。でも、大翔は大翔なりにこんなに大きくなっているよ。しかも大翔は絵を描くのが得意だし、お歌もお話も上手。足も速いし、やさしいし、おもしろいし』と、大翔の得意なことやいいところを、一緒にたくさん数えたんです。するとどんどん笑顔になっていきました。そして『明日も楽しく過ごそうね』と言うと、元気にうなずいてくれたんです。

この日以来、夜寝る前にマッサージをしながら、その日にあった楽しかったこと、よかったことを聞き、『今日はいい日だった!』と、大翔が言葉にしてから眠るのを習慣にしました」(伊津子さん)

保育園でもフォローしてくれました。

「太っているのもやせているのも、大きいのも小さいのも、年を取っているのも若いのもみんな個性なんだよ、ということを、先生方が寸劇にして子どもたちに伝えてくれました。家の外にも、自分のつらい気持ちに寄り添ってくれる大人がいると実感できたことが、より一層大翔を強く、元気にしてくれました。保育園の先生方の心づかいが、本当にありがたかったです」(伊津子さん)

自分を嫌いにならないで・・・。その思いから、ほめてほめてほめまくる

応援団の太鼓の打ち手に大抜擢された小学校4年生(9歳)の運動会。

伊津子さんは、大翔くんのことを常にほめて育ててきました。

「大翔に自分のことを嫌いになってほしくない。そんな必死の思いで、頑張ったこと、挑戦したことをほめまくり、できることをすべて挙げて、すごいすごいと言いながら育てました。だからだと思うのですが、大翔はとってもポジティブな子に育ちました」(伊津子さん)

伊津子さんが第1に考えたのは、大翔くんに自分を好きになってもらうこと。そのため、大翔くんの強みになるもの、自信のもてるものを探しました。

「上の子がピアノを習っていて、大翔も興味がありそうだったのですが、手が小さくて鍵盤の1オクターブが届かないので難しいかなと考えたことと、ピアノは兄の特技なので、兄とは違うもののほうがいいのではないかと感じていました。そんなとき和太鼓の教室があることを知り、大翔が6歳のとき、小学校入学前に入会しました。

大翔は先生のご指導にきちんとついていき、めきめきと上達。小学校6年生になるタイミングで、大人のクラスに昇級しました。
小学校4年生の運動会では、通常は6年生から選ばれる、応援団の太鼓の打ち手に抜擢されました。太鼓の実力を太鼓教室の中だけではなく、小学校でも認めてもらえたことが、大翔の大きな自信となりました」(伊津子さん)

コロナ禍の休校がきっかけで卓球の面白さに目覚め、オリンピック出場が目標に!

小学校5年生(10歳)のときに出場した卓球の試合中のワンシーン。

小学校1年生のとき、大翔くんは卓球と出合います。それは、コロナ禍がきっかけでした。

「大翔が小学校に入学したのは2020年。入学式はできたものの、直後に新型コロナの感染拡大で緊急事態宣言が出され、2カ月間休校に。長男も大翔も体を動かすのが大好きなのに、外で遊ぶことすらできません。
休校の間、私は毎日子ども2人を連れて実家の会社に通勤していました。両親が自分たちの健康のためにもなるからと卓球台を購入してくれ、会社の敷地内に設置。私が仕事をしている間、息子2人は祖父母を相手に、毎日卓球の練習に励むことになりました」(伊津子さん)

大翔くんが卓球に熱中する姿を見て、伊津子さんは気づいたことがありました。

「サッカーや野球、陸上競技などは体格差が勝負に影響しやすいけれど、卓球は、体の小さい大翔がほかの子と互角に戦えるスポーツかもしれないと思ったんです。大翔自身も卓球の楽しさに目覚めたらしく、『卓球を習いたい!!』と目を輝かせて言いました。
地元のクラブチームを探し、その年の12月に入会。当時は週2回、今は週3回練習に通っています」(伊津子さん)

太鼓に続き、卓球でも大翔くんはどんどん腕を上げていきました。

「卓球を始めたころから、大翔の夢はオリンピックに出ること。さらに、同じ軟骨無形成症でパラ卓球の選手の試合を見に行ったのをきっかけに、オリンピックとパラリンピックの両方を目指すのが、大翔の目標となりました」(伊津子さん)

9歳直前から新薬での治療を開始。「大きくなった!!」と驚かれることも

小学校5年生(10歳)のときの太鼓の発表会では、大人顔負けの技を披露しました。

大翔くんは現在、埼玉県立小児医療センター(以下、小児医療センター)を定期的に受診しています。伊津子さんがこの病院のことを知ったのは、『つくしの会(軟骨無形成症患者・家族の会)』の総会に参加したときでした。

「『つくしの会』には、大翔が1歳のころに入会。2017年の総会で、小児医療センターの望月弘先生の講演があり、新薬での治療についてもお話がありました。

大翔は日常生活に支障が出るような症状はありませんが、成長するにつれ『もっと身長が高くなりたい』と願う日がきっと来るでしょう。少しでもその思いをかなえられる方法があるならなんでもやってあげたい。その思いをずっと抱えていたので、新薬での治療にとても関心を持ち、小児医療センターで診てほしいと思いました」(伊津子さん)

伊津子さんは講演後、望月先生に相談してみました。

「小児医療センターで診てほしいとお願いしたところ、今の病院に事情を説明し、紹介状をもらったうえであれば転院は可能とのことでした。さっそく次の定期検査のとき大学病院に相談。快諾してもらえ、紹介状をいただいたうえで転院しました。大翔が3歳のときでした。
以来、小児医療センターの代謝・内分泌科で診てもらっており、今の主治医は千葉悠太先生です。

大翔は3歳6カ月から毎日成長ホルモン療法を行っていましたが、2022年8月に『ボックスゾコ®』という新薬が発売され、使えるようになりました。そこで、その年の12月、9歳になる直前から、『ボックスゾコ®』による治療を始めました」(伊津子さん)

『ボックスゾコ®』は、骨の成長を妨げている過剰な「FGFR3シグナル」というものを抑え、成長板(骨端線)で軟骨細胞の増殖と分化を助けて、骨の形成・伸長を促す薬で、1日1回皮下注射で投与します。

「『ボックスゾコ®』の注射は普通の注射器を使います。治療開始前に小児医療センターで練習させてもらったのですが、最初のうちは大翔にかなり痛い思いをさせてしまったこともありました。

この薬は、赤みやはれ、内出血などの副作用が出たり、投与後に低血圧になったりすることがあるそうなのですが、大翔は今のところ何の異常も現れません。
久しぶりに会った方に『大きくなったね!』と驚かれるので、効果はきっとある!と親子ともに信じて続けています」(伊津子さん)

病気と折り合ってポジティブに生きようとする息子。その応援を続けていく

2025年9月に、全日本パラ卓球選手権大会に初参戦しました。

大翔くんが幼児のころ、伊津子さんは「同じ病気の大人に会わせたくない」という思いがあったと振り返ります。

「大翔が自分の病気のことを理解できていなかったころの話ですが、『これくらいしか大きくなれないなんだ』と感じたら、大翔が傷つくんじゃないかと不安だったからです。

でも、大翔の年齢に応じて理解できるように病気について説明してきたおかげもあり、今の大翔は、自分の病気と折り合って生きていこうとしていると思います。街中で軟骨無形成症と思われる大人を見かけると「今の人、俺と同じ病気だね」って、さらりと言えるまでになりました。
病気のことをポジティブに受け止められるのは、大翔には「ほかの子に負けない」と思える特技があるからだと思います。

軟骨無形成症とは一生つき合っていかなければいけないから、私はこれからも『大翔のすてきなところ探し』を続けて、どんどん大翔に伝えていきます。さらに、大翔がやってみたいと感じたことはなんでもチャレンジさせて、応援していこうと考えています」(伊津子さん)

【千葉悠太先生より】臨床試験では、『ボックスゾコ』の投与で身長の伸びが改善されたことが報告されています

1日1回『ボックスゾコ』を投与。皮下注射は伊津子さんが行っています。

『ボックスゾゴ®(一般名ボソリチド)』は、軟骨無形成症で過剰に働くFGFR3のシグナルを抑える薬で、軟骨の増殖と内軟骨性骨化を促進し、四肢の骨や椎体(背骨)、頭蓋骨の形成の改善が期待されます。1日1回の皮下注射を、骨端線が閉じる思春期ごろまで継続するのが一般的です。臨床試験では年間身長増加速度が約1.5~2cm改善したと報告されています。
治療中の定期検査では、身長・体重や成長速度に加え、血液検査、骨年齢(レントゲン検査)、注射部位の反応などを確認していきます。また、注射による痛みや手技の手間の問題があることから、注射を順調に続けられているか確認していくことも重要です。

お話・写真提供/鈴木伊津子さん 取材協力/つくしの会(軟骨無形成症患者・家族の会) 医療監修/千葉悠太先生 取材・文/東裕美、たまひよONLINE編集部

2万人に1人の病気と知り、「俺って運が悪いね。でも、だから全日本パラ卓球選手権大会に出られるのか」と伊津子さんに話したという大翔くん。伊津子さんが大翔くんの強みとなるもの、熱中できるものを探し、ほめ続けてきたおかげで、大翔くんはとてもポジティブ思考の男の子に育っています。

「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。

つくしの会(軟骨無形成症患者・家族の会)

千葉悠太先生(ちばゆうた)

PROFILE
埼玉県立小児医療センター 代謝・内分泌科医長。弘前大学医学部卒業。専門は小児内分泌学。日本小児科学会専門医。日本内分泌学会専門医。日本糖尿病学会専門医。

●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2026年1月の情報であり、現在と異なる場合があります。

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