世界に550人の希少難病。「けいれんが止まらない!」「目が見えていない」…検査を繰り返しても病名がわからなかった【KIF1A関連神経疾患】
織田凌太朗(りょうたろう)くん(2 歳7カ月)には、「KIF1A(キフワンエー)関連神経疾患」という非常にまれな病気があります。この病気が世界で初めて報告されたのは2011年のこと。母親の菜々子さんは凌太朗くんの妊娠中から違和感があったそうですが、さまざまな検査などをしても1歳3カ月まで診断がつかず、不安を抱えながら子育てを続けてきました。
菜々子さんへのインタビューの後編は、病気が判明してからの凌太朗くんの様子や、菜々子さんの行動についてです。
生後10カ月から通い始めた療育の先生に「目が見えていない」と指摘される
凌太朗くんが患っている病気を突き止めたいという思いから、菜々子さん夫婦は遺伝子検査をすることにしました。
「遺伝子検査は診断結果が出るまでにかなり時間がかかると、検査前に説明を受けていました。遺伝子検査を受けた生後10カ月ごろ、凌太朗はまだ寝返りができない、腰がすわらない、言葉は「あーうー」という喃語程度しか出ないという状態でした。しかも周囲への興味はとても薄いまま・・・。あきらかに発達が遅れていました。医師や保健師さんのすすめで、遺伝子検査の結果が出る前の生後9カ月から、児童発達支援センターで週2回の療育を受けることにしました。理学療法、作業療法、言語療法などです」(菜々子さん)
療育に通う中で、凌太朗くんの目が見えていないことがわかりました。
「気づいてくれたのは児童発達支援センターの医師でした。『この子は目が見えていないと思うよ』って。理学療法士さんや作業療法士さんからも同じように言われ、紹介状を書いてもらって再び大学病院で診てもらうことにしました。
詳しい検査を行った結果、視神経が萎縮していて目が見えていないことが判明。視神経の萎縮は脳の病変によるもので、 周囲に関心がなかったのは、見えていないことも要因だったのかもしれません。1日でも早く凌太朗を苦しめる病気のことを知りたい。その思いが強くなるばかりでした」(菜々子さん)
入園間際に保育園の内定を取り消され、あわてて役所に相談も
菜々子さんはフルタイムで働いていたので、凌太朗くんは生後10カ月から保育園にも通い始めました。
「凌太朗を0歳児クラスに入れて4月に仕事に復帰する予定で、入園する保育園も決まっていました。ところが2月中旬ごろ、病名がわかっていないことや、自分で座れないことなどを理由に、保育の安全を確保できないと、入園を断られてしまったんです。凌太朗を受け入れてくれる保育園を新たに探さなければならなくなり、あわてて役所に相談しました。
役所の担当者からはまず、『どうしても今度の4月から入園しないとダメなんですか?』と言われ、悲しくなりました。でも何度も通って訴え、凌太朗を受け入れてくれる保育園を見つけてもらいました。
その保育園は、凌太朗が座位を取れる椅子や歩行器を置いておくことを許可してくれ、園での生活に取り入れてくれているので、とても感謝しています」(菜々子さん)
けいれん止めを2回投与しても、けいれんが止まらない!!
保育園と児童発達支援センターに通う生活が定着して約3カ月が過ぎ、凌太朗くんが1歳1カ月のとき、熱を出したと保育園から連絡がありました。
「2~3回嘔吐もしたというので、迎えに行ったその足で小児科へ。風邪だろうとの診断でした。翌日も熱はありましたが、食欲はあり機嫌よく過ごしていました。その日の午後、短時間ですが、凌太朗のことでどうしてもやらなくてはいけない手続きがありました。迷いましたが、凌太朗を連れて車で出かけることにしました」(菜々子さん)
用件が終わった帰り道、凌太朗くんの様子が急変します。
「車の中で急に嘔吐し、その処理をしている最中にけいれんを起こしたんです。急いで時計を見ると、5分たってもけいれんが収まらないので、救急車を呼びました。待つ間もけいれんは止まらず、救急車の中では、上半身の右半分はけいれんしているけれど、全身はだらりと脱力した状態でした」(菜々子さん)
病院に到着後、すぐにけいれん止めの薬が使われましたが、それでも凌太朗くんのけいれんは止まりません。
「2回けいれん止めを投与しても、けいれんが止まりません。3回目のけいれん止めを打ったあと、やっとけいれんが収まりましたが、こども病院に救急車で搬送されることになりました。
しっかりけいれんが収まっていることをこども病院で確認してもらう必要があるし、2時間近くけいれんが止まらなかった原因を探る必要がある。また、呼吸が弱くなっているので、こども病院で集中管理をしてもらう必要がある、といった説明を受けたと思います。
こども病院で凌太朗はまず集中治療室で治療を受け、退院までに1カ月近くかかりました」(菜々子さん)
病名がわかったとき「もう検査で息子を泣かせなくて済む」とほっとした
遺伝子検査の結果が出たと大学病院から連絡があったのは、凌太朗くんが退院した直後でした。
「夫と2人で大学病院に診断結果を聞きに行きました。担当の先生は『KIF1A関連神経疾患』という、私たちが聞いたこともなければ、可能性を考えたこともない病名を告げました」(菜々子さん)
KIF1A関連神経疾患は、KIF1A遺伝子の変異や欠損によって神経細胞の働きがさまたげられることで発症する、とてもまれな遺伝性疾患です。2011年に初めて報告された新しい病気で、世界的な患者団体 『KIF1A.org』 には、約550人が登録していますが、日本での正確な患者数はあきらかになっていません。
主な症状は、発達遅延、知的障害、低緊張、痙性対麻痺(けいせいついまひ)、末梢神経障害、小脳萎縮、視神経萎縮、けいれんです。
根本的な治療法は現時点ではなく、神経症状に合わせた投薬、リハビリ、療育などを継続的に行う必要があります。
病名がわかったとき「ほっとした」と、菜々子さんは当時を振り返ります。
「治療法もない希少難病だとわかったのはもちろんショックでした。でもそれ以上に、病名がわかってよかった、もうやみくもに検査をしなくていいんだとほっとしたんです。
MRIやCTなど動いてはいけない検査をする際、小さな子どもは鎮静剤が必要になります。鎮静剤にはリスクもあるので、毎回不安とストレスを感じました。しかもどの検査も凌太朗は泣いてしまい、検査後はぐったりするので、凌太朗がかわいそうでなりませんでした。
凌太朗が検査を頑張る姿を見ながら、医師からは、病名がわかっても治療法がない可能性が高いと言われてきたので、 親のエゴで検査をしているのではないか?子どもにかわいそうなことをしているのではないか?という気持ちがずっとあったんです。
だから、もう検査をしなくていいことを安堵する気持ちが大きかったです」(菜々子さん)
病気が判明したことで、凌太朗くんはこども病院と大学病院で定期的に経過を観察することになりました。
「凌太朗には腕や足の痙直(けいちょく)、低緊張、視神経萎縮による視覚障害、大脳白質病変、小脳萎縮という症状があります。神経内科をメインに受診し、発達や身体機能などの経過観察をしてもらい、けいれん予防のための薬を処方してもらっています。今のところ、けいれんの再発はありません。
さらに、眼科では視力検査や眼球に異常がないかの検査を行い、整形外科で背骨や股関節の経過観察と、悪化を防ぐための治療を行っています。
また、児童発達支援センターに週2回登園するのに加え、2歳からは週1回訪問リハビリも利用しています」(菜々子さん)
10カ月から療育を続けてきたことで、現在、凌太朗くんには変化が見られるそうです。
「少しずつですが外への関心が芽生えてきて、おもちゃや植物などに触れるのを嫌がらなくなってきました。
また、声で家族とそれ以外の人の識別ができるようになったらしく、家族といるときは安心しているように見えます。
とくにお姉ちゃんのことが大好き。姉の歌に合わせてキーボードをバンバンたたいて遊び、楽しそうに声を上げています。今も『あーあーうーうー』しか言えませんが、声のトーンで喜んでいることがわかります。
また、BTSがお気に入り。泣いていてもBTSの曲を流すとぴたっと泣きやむくらいのファンです。BTSの曲からパワーをもらっているようで、歩行器で前に進むことや立位を取ることも、曲を流すと普段より頑張れたりします」(菜々子さん)
2歳になったときから、週に2回、訪問入浴看護もお願いしています。
「夫は定時制高校の教師で、夜は完全にワンオペ育児。週2日入浴を手伝ってもらえるのはとっても助かります。また、息子の病気のことを知っている看護師さんに24時間電話などで相談できるので、すごく安心できます」(菜々子さん)
希少難病だからこそ気持ちを分かち合える場所をつくりたい。家族会を立ち上げる
菜々子さんは2025年6月に「KIF1A関連神経疾患家族会 たこやきの会」(以下「たこやきの会」)を立ち上げ、会長を務めています。設立のきっかけになったのは「先天異常症候群をもつ子と家族の支援システム『GENIE』」をネットで見つけたことでした。
「『GENIE』は生まれながらに症状があるご本人とご家族、そして医療者がつながり合い、支え合うことを目的に構築された支援システムです。すぐに、同じ病気の方とのピアカウンセリングをお願いしました。約9カ月後に5家族の方とオンラインでつながれたときは、『やっと会えたね!』と喜び合いました。
子どもたちが安心して成長し、社会で生きていくために、もっと多くの人とつながりたい、この病気のことを少しでも多くの人に理解してほしい。そう願う気持ちが大きかったので、オンライン交流会の後、家族会を作ることを提案。みなさんに同意していただき、実現しました」(菜々子さん)
日本ではKIF1A関連神経疾患に関する情報が非常に少なかったことも、菜々子さんが家族会を作りたいと考えた大きな要因でした。
「せっかくつながったご縁を家族会というオープンな形にして、新しく診断された方はもちろん、すでに診断されて不安を感じている方も集まれる場所を作りたいと考えたんです。現在、10家族が入会し、LINEやZoomで交流しています
疾患について調べていくうちに、KIF1Aは、日本人が発見したタンパク質だと知りました。研究は日本が世界をリードしているはずなのに、日本の臨床医にあまり知られていないこの現状を解消したいと思いました。研究者や医師1人1人にお声がけをし、現在は、研究者、医師、患者の垣根を越えた協力関係を築いています。先生たちとセミナーや意見交換会を開き、疾患への理解や関心を高めています」(菜々子さん)
「たこやき」という名称に込めた思いを、菜々子さんが語ってくれました。
「たこやきには、たこやねぎ、紅しょうがなど、さまざまな具材が入っています。それぞれが異なる個性をもちながらも調和し、おいしい一品となるように、多様な人々がかかわり合い、互いを支え合いながら、温かく、丸い支援の輪を築いていきたい・・・そんな思いを込めています。『たこやきの会』という愛称は、ある患者さんのお姉ちゃんがつけてくれました」(菜々子さん)
「たこやきの会」は2025年12月にクラウドファンディングにも挑戦しました。
「皆さまのご協力で、目標の4倍の金額を達成できました!この資金を活用して、まずは2026年3月に開催される「第48回日本小児遺伝学会学術集会」に家族会のブースを出展する予定です。多くの小児科の先生に、この病気のことを知ってもらうことを目指しています。
当会の呼びかけで、指定難病への登録に向けた研究が始まりました。登録に向けて、家族会の果たすべき役割はこれからもありますが、とりあえず、第1関門は突破したかなと思います。アメリカではこの病気に対して、ASO(アンチセンス核酸医薬)という次世代型治療薬の治験が行われています。この治療を日本でも受けられるよう、現在、医師、研究者の皆様と連携しながら、必要な準備と働きかけをしているところです。
こうした活動は私個人ではできません。家族会だからこそできることです。仕事と育児と家族会の運営で毎日多忙ではありますが、どれも私にとっては欠かせないもの。夫や家族会の皆さんの力を借りつつ、公的な支援サービスも利用しつつこれからも頑張ります!」(菜々子さん)
【丹羽伸介先生より】遺伝子の病気ですが、ママ・パパの遺伝子の問題ではありません。自分を責めないでください
お子さんがこの病気であると診断されたご両親に、まずお伝えしたいのは、「決して自分を責めないでください」ということです。これは遺伝子が原因の病気ですが、ご両親の遺伝子に問題はなく、お子さんが生まれる過程でたまたま遺伝子に変化が起きて発症します。大学病院などの専門医に相談し、最新の知見に基づいたサポートを受けることが大切です。世界中で治療法の研究が着実に進んでいます。家族会などのつながりも活用して、1人で抱え込まず、お子さんの歩みを支えていきましょう。
また、KIF1Aの異常と大人の神経疾患の関係も解明されつつあり、この病気はだれにとっても人ごとではなくなってきています。温かい見守りや患者会へ支援の輪などが広がることを願っています。
お話・写真提供/織田菜々子さん 医療監修/丹羽伸介先生 取材・文/東裕美、たまひよONLINE編集部
「凌太朗のためにできること、家族が笑顔でいられるために必要なことを探し、実現することは、同じ病気の方とそのご家族の幸せにも通じると思います」と話す菜々子さん。母親としても家族会会長としても、アクティブな日々を過ごしています。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境になることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
織田菜々子さん(おだななこ)
PROFILE
2025年に「KIF1A関連神経疾患家族会たこやきの会」を設立。患者・家族の交流の場づくり、SNSなどを通じた疾患情報の発信、医師・研究者との連携による治療実現および指定難病認定に向けた活動に取り組む。米国拠点の国際組織「KIF1A.ORG」のインターナショナルアンバサダー。5歳と2歳の子どもがいるワーキングマザー。
丹羽伸介先生(にわしんすけ)
PROFILE
2007年東京大学医学系研究科分子細胞生物学専攻修了。博士(医学)。スタンフォード大学客員研究員、東北大学学際科学フロンティア研究所助教をへて、現在、東北大学学際科学フロンティア研究所准教授。神経細胞の形づくりのメカニズムをKIF1Aなどの分子モータータンパク質に着目して研究。KIF1A関連神経疾患家族会の顧問を務める。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2026年2月の情報であり、現在と異なる場合があります。


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