妊娠23週で気づいた少量の出血。実は母体が危険な状態だった…。「絶対に無事に産んで、家族5人で笑って過ごす」母の思い【極低出生体重児】
香川県に住む西山りささんは、小学5年生の長男、3年生の長女、そして5歳の二女の3人の母です。二女のつきのちゃんは、出産予定日より2カ月早く、体重1360gで生まれた極低出生体重児でした。りささんに、つきのちゃんの出産のときのことについて話を聞きます。全2回のインタビューの前編です。
妊娠23週、少量の出血に気づき緊急入院に
りささんは大学の同級生だった夫と結婚し、神戸市の中学校で保健体育の教員として働いていました。30歳のころ、夫が香川県の実家近くへ転職することになったため、夫婦は夫の実家の隣に住むことに。
「香川に移ってからは小学校の臨時職員として勤務し、32歳で長男を出産しました。長男の産後、体力低下を感じたことがきっかけで、バランスボールの産後指導士の資格を取得しました。それから現在まで、小学校の臨時職員として体育や社会の授業を受け持ち、授業のない日は産後指導士として、お母さんの心と身体をケアする仕事をしています。
小・中学校の教員をしていたころ、子どもの情緒の不安定さは親のかかわり方が要因のひとつではないかと感じることがありました。そのときの経験などから、産後すぐから親の心身のケアをすることで、子どもの健やかな育ちにつなげたいという思いがあります」(りささん)
りささんは長男を妊娠中、生まれる前に胎盤がはがれてしまう常位胎盤早期剥離(じょういたいばんそうきはくり)を発症。出産は緊急帝王切開になりました。長男は2612gで生まれ、健康上の問題はありませんでした。34歳のときには長女を同じく帝王切開で出産。その数年後に第3子を妊娠しますが、早期流産となってしまいました。そして、37歳で二女のつきのちゃんを妊娠します。
「妊娠がわかった当初に受診したら、着床した位置が少し下のほうで不安定な状態と言われました。そのため安静が必要な時期がありましたが、まもなく体調も安定し、小学校で講師の仕事を再開しました」(りささん)
ところが、妊娠23週目に入った2020年5月の休日、りささんは少量の茶色っぽい出血に気づきます。
「かかりつけの産婦人科に電話すると、総合病院へ行くように指示されました。総合病院で診察を受けると『前置癒着胎盤(※1)で出血と破水が始まっている』『膀胱にも癒着している』と告げられ、さらに赤ちゃんの心拍も弱くなっているというのです。そこから、総合周産期母子医療センターのある総合病院に救急搬送されました。
突然、自分も赤ちゃんもとても危険な状態だとわかり、パニック状態でした。どうか赤ちゃんが無事でいてほしいと祈るような気持ちと同時に、どこかで『今の医療ならきっと大丈夫』と心を落ち着かせようとしている自分もいた気がします」(りささん)
※1:胎盤が赤ちゃんの出口付近を覆う前置胎盤と、胎盤組織の一部が子宮の筋肉の内側に入り込み、出産時に胎盤が子宮の壁からはがれない癒着胎盤が合併した症状。多くの場合、帝王切開のあと、子宮を取る手術(子宮摘出術)が必要になる。
「絶対に無事に産んで、家族5人で笑って過ごす」
緊急手術で出産となる可能性が高かったりささんでしたが、医療センターに到着後に点滴で状態が落ち着いたため、母体胎児集中治療室(MFICU)に入院することに。
「翌日、夫と一緒に担当医と新生児科医から説明を受けました。帝王切開の傷口に胎盤が潜り込んではがれない状態で、大量出血の可能性があり非常に危険とのことでした。膀胱にも癒着している可能性があり、エコーでは正確に判断できず、開腹してみないとわからないと言われました。
さらに赤ちゃんは体重500g台で、今出産すると命の危険がある、と。選択肢は、すぐに出産するか、自分の命の危険を承知でおなかの中で育て続けるか、の2つ。どうしても赤ちゃんを産みたかった私は、担当医に『今まで同じような状態で頑張った人はいますか?』と聞きました。すると『1カ月頑張った方がいました』との答えが。それならきっと不可能ではないと思い『頑張らせてください』とお願いしました」(りささん)
命の危険を覚悟しながら、赤ちゃんをできるだけ長くおなかで育てるという、大きな決断をしたりささん。その日からMFICUで寝たまま過ごす生活が始まりました。
「完全に寝たきりの生活で食事も横になったままとりました。コロナ禍で面会制限があり、夫や子どもたちにも会えませんでした。考える時間だけはたくさんあって、あのときこうしていればとか、私が何か悪いことしたのかなとか、ばちが当たったのかなとか、問題なく出産している人が多いのに、なんで私ばっかりとか・・・そんなふうに考えてしまいました。赤ちゃんが小さく生まれたらどんなリスクがあるのか、ネット検索しては不安になっていました」(りささん)
緊急搬送後に入院して以来、会えなくなってしまった上の2人の子どもたちのことも気がかりでした。
「入院の直前、私が産院に電話していたとき、不安を感じたのか子どもたちが甘えようとしてきました。そのとき、子どもたちを突き放すように『待ってて!』と言ってしまったんです。まさかあのまま会えなくなるとは思わず、怒った顔で別れたことが心残りでした。私に万が一のことがあったら、子どもたちが最後に見た私の顔は怒った顔になってしまいます。
『このままじゃ終われない。絶対に産んで、家族5人で笑って過ごす』と、強く思いました。人はだれでも死ぬし、だれもが明日生きている保証はありません。自分を責めるのをやめ、後悔することや、ネット検索もやめました。未来を信じて、前向きに考えようと決めました」(りささん)
できるだけ前向きに心を保とうとしていたりささんですが、医師から手術についての説明を受けたときには、その内容に大きなショックを受けました。
「前置癒着胎盤で大量出血の可能性があるため子宮を全摘出すること、膀胱にも癒着している可能性が高く、その手術はかなり大変なものになると説明を受けました。子宮を取ること自体についてはそれほどショックは感じなかったんです。でも、部分麻酔で体のさまざまな場所にカテーテルを挿入し、赤ちゃんを取り出す直前に全身麻酔に切り替えて子宮摘出の手術をすると聞いて、あまりにつらそうな手術を想像し『こんなに寝たきりで頑張ったのにまだ試練が続くのか・・・』と落ち込んでしまったんです。
そんなとき、テレビで水泳の池江璃花子選手が白血病から復帰したときのドキュメンタリー番組を見ました。抗がん剤の副作用でつらそうな様子も映されながら、池江選手は『人は希望があるから頑張ることができる』とおっしゃっていたんです。その言葉に、私の希望は子どもたちと家族5人で過ごすことだと再確認しました。5人で笑顔で過ごす未来のために『手術も絶対頑張れるはずだ』と気持ちを持ち直せました」(りささん)
6時間を超える手術を終えた3日後、やっとわが子に会えた
絶対安静の状態で過ごしたりささんは、結果、2カ月半の間、赤ちゃんをおなかで育てることができました。
「最終的には強い点滴の副作用で体が弱ってしまい、全身に発疹が出て母体が限界となり、妊娠30週で出産・手術をしました。手術は朝9時から午後3時半までかかり、子宮は摘出したものの、卵巣は残すことができ、膀胱の癒着もはがすことができたそうです。
膀胱までの癒着はその病院では前例がなかったらしく、担当医は近隣病院からビデオを取り寄せて勉強してくれていたそうです。手術には複数の専門医が協力し、看護師さんも支えてくれました。新生児科の医師は『お母さん、本当によく頑張った。体重も1300gを超えているから安心していい。あとは僕たちに任せて』と言ってくれ、すごくほっとしました」(りささん)
つきのちゃんは体重1360g、身長40cmで誕生しました。
6時間半に及ぶ手術を終えたりささんの意識が戻ったのは夕方ごろのことです。
「手術前は、もう目が覚めないかもしれないという気持ちもあったので、目が覚めたことにとにかく安心しました。
ただ、膀胱までの手術だったので帝王切開の傷が恥骨の上まであり、腹圧がかかると本当に痛かったです。また、出産まで2カ月間安静にしていたことで体も弱っていて、起き上がったり動くことがなかなかできず、発熱も2〜3日続きました」(りささん)
りささんがNICUにいるつきのちゃんに初めて会えたのは、出産から3日後のことでした。
「看護師さんに車いすを押してもらってNICUの保育器にいる娘に会いに行くことができました。
産前に入院したときは500gと言われていた赤ちゃんが、こんなに大きくなってくれたんだ、とうれしい気持ちでいっぱいで『ありがとう、よく頑張ってくれたね』と声をかけました。
人工呼吸器をつけたのも生まれた当日だけだったそうで、私が会ったときには呼吸器ははずれていて、母乳をあげるため鼻から入れるチューブと、酸素マスクをしている状態でした。新生児科の医師も驚いていましたが、誕生した瞬間に元気いっぱい大きな声で泣いていたそうです」(りささん)
お話・写真提供/西山りささん 取材・文/早川奈緒子 編集・構成/仲村教子(entente)、たまひよONLINE編集部
りささんは出産前の入院当時を振り返り、「少しの出血を見逃さずに受診して本当によかった。あのとき受診していなければ、出血多量で命を失っていたかもしれません。看護師さんや医師などたくさんの人に支えてもらいました」と話します。
インタビュー後編はつきのちゃんの成長や家族とのかかわりについて聞きます。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2026年2月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。


SHOP
内祝い
