1児の父、こっちのけんと。親になった今、両親が自分にしてくれていたことの“答え合わせ”ができた
人気アーティストのこっちのけんとさん。3人きょうだいのまん中で、兄は俳優の菅田将暉さん、弟は俳優の菅生新樹さんてす。こっちのけんとさんは、子どものころはどんな子で、いつから歌手を目指すようになったのでしょうか。自身に赤ちゃんが生まれ、子育てにかかわるようになったことで、両親への思いも変化したようです。
全2回のインタビューの後編です。
静かな少年が父になるまで
――こっちのけんとさんの子どものころの話を聞かせてください。どんな子どもでどんなことに熱中していましたか?
こっちのけんとさん(以下敬称略) 子どものころは人前に出るのが苦手で比較的、静かなタイプでした。たとえば、ヒーローショーとかを観に行くと、悪役の人が何人かの子どもをステージに上げることがありますが、そこに出ていきたいタイプでは全然なく、悪役と目が合わないように下を向いて「早くこの時間が終わってくれ」と思っていたりしました(笑)
――ショーは見たいけれど、前に出ることは望んでいないタイプだったわけですね。
こっちのけんと まさにそうです。ショーは見たいけれど、注目を集めるようなことには遭遇したくないんです。だから図書館のような、静かでみんなが自分の時間に没頭しているような空間が好きでした。本を読むことが特段好きなわけではありませんでしたが、図書館に来ている静寂を身にまとっているような人が好きなんです。自分の時間を大切にしていて、干渉し合わない人たちが集まる空間に居心地のよさを感じていました。
――子どものころから歌うことが好きだったのでしょうか?
こっちのけんと 親から聞いた話だと、僕は小さいころからおふろでずっと歌っていたらしいです。歌を歌うことが本当に好きな子だったみたいです。
――おふろできょうだいと歌うこともありましたか?
こっちのけんと 小さいころ、親から「3人でおふろに入って」と言われても、兄と弟に先に入ってもらって僕はあとから入っていたので一緒に歌うことはありませんでした。1人の時間のほうが好きだったんだと思います。1人の時間をつくって満喫していましたね。
風邪をひいた日に過ごした父の部屋
――3きょうだいの真ん中ですが、同じ部屋で過ごすことが多かったんですか?
こっちのけんと 自分の部屋はなく、兄と同部屋でした。だから風邪をひいたりすると父の部屋に隔離されるわけですが、それがうれしくてうれしくて。体はつらいんですが、父の部屋にある大きなテレビでBS番組のアニメを観て1人で過ごす時間がめちゃくちゃ幸せでした。
――具合は悪いけれど、ごほうびのような時間だったわけですね。
こっちのけんと 隔離されているときに母から「食べたいものを作るよ」と言われ、「ねぎとろ丼」と答えたことを覚えています。本来、体調が悪いときに生ものはあまりよくないのかもしれませんが、大好物のねぎとろ丼を母が父の部屋に持ってきてくれたときは、『こんな幸せな空間はないな』と思いました(笑)
――お父さんの部屋は秘密基地みたいなワクワクする空間だったようですね。お父さんとの会話で印象に残っていることはありますか?
こっちのけんと 受験時期に言われた「アホに選択肢はないぞ」という言葉を覚えています。「勉強しろ」というストレートな言葉ではなく、父なりの背中を押すための言葉だったと思います。
――きょうだいとはどんなことをして遊んでいましたか?
こっちのけんと きょうだいとは畳の部屋でよくプロレスごっこをしました。「コブラツイストってどうやってやるんだろう」みたいな感じで技をかけ合いっこしていました。日に日に激しくなり、障子が破れ、畳がボロボロになってしまい、ある日学校から帰ってきたらフローリングに変わっていました。そこからきょうだいでプロレスごっこはなくなりました(笑)
子育てがスタートし、初めてかけた「#8000」に感動
――今、親になって両親にはどんなことを思いますか?
こっちのけんと 自分が親になって思うことは、答え合わせができてきているな、ということです。風邪をひいた僕にねぎとろ丼を出してくれた母の行動は、息子を思うがための行動だったと思います。育児の教科書では正解ではなかったかもしれませんが、親になった今ならよくわかります。子どものころはとにかく自由にやらせてもらったので、感謝の気持ちでいっぱいです。
――子どものころ、こっちのけんとさんはぜんそく気味だったとか。
こっちのけんと はい、小児ぜんそくだったんです。夜中に救急病院に行ったり、点滴を受けたりしたことを覚えています。親は結構、大変だったみたいです。
最近、僕の子どもが38度ぐらいの熱を出したんです。とてもあわてたんですが、当時の自分も親に心配をかけていたんだろうなとも感じました。
――赤ちゃんが誕生して、初めての発熱でしたか?
こっちのけんと 初めての熱でした。低月齢のときの発熱は大きな病気が隠れていることもある、と認識していたので救急病院に行こうか迷いました。でも、いったん「小児救急電話相談 #8000 」にかけてみようと思って、電話をしてみました。子どもの様子を説明して相談したところ、いろいろとアドバイスをもらい、しばらく妻と様子をみていたところ、明け方には熱が下がったので安心しました。
赤ちゃんの体調不良、とくに深夜帯は心配になりますよね。
――「#8000」の存在は心強いですね。
こっちのけんと 子どもの症状を聞いて、今やるべきこと、その後判断することなどのアドバイスをくれたり、いくつか病院も紹介してくれました。本当に心強い存在だと感じました。親になって社会が子育てにやさしいなと感じたり、いくつかの便利なサービスなどを知り、活用してみたいなと思っています。
――予防接種があったり、離乳食もじきに始まりますね。
こっちのけんと おむつのサイズも日に日に大きくなり、哺乳びんのサイズも変わったりと、成長を感じています。洋服を選ぶことも楽しいです。予防接種や離乳食の進め方など、まだまだ勉強が必要ですね。また、離乳食が本格的に始まるとお出かけも大変だなと思うので、その前に家族で旅行にいけたらいいなと思っています。
理想は“あっちのけんと”でも今は“こっちのけんと”がいい
――大学在学中にアマチュアアカペラ全国大会で2連覇とのことですが、学生時代は将来についてどのように考えていたのでしょうか。
こっちのけんと 学生時代は、うっすらと歌手になりたいという気持ちはありました。でも、両親は自営業で兄も俳優、弟もきっと俳優を目指すだろうなと思っていたので、自分は安定した会社員でいたほうが家族としては強い形になると考えていました。5人家族全員が個人事業主という形ではなく、だれかが会社員のほうがいいのでは?と考えたんです。それは自分だろうと。企業でしっかり勤めて何年かしたら、家族を支える芯の部分になれるじゃないかと思っていました。
――理想とする家族の形はありましたか?
こっちのけんと 『サザエさん』の家族が理想形でした。サラリーマンのお父さんとお婿さんが帰ってくるような…。アニメ『くれよんしんちゃん』のお父さんにもあこがれていました。
――2022年に歌手としてデビューしたときはどんな気持ちでしたか?
こっちのけんと 僕にとって、会社員としての人生を歩むことが理想でした。会社員としての僕は「あっちのけんと」で、「あっちのけんと」は理想を追いかける存在でした。でも実際、会社員をやってみると、自分の性格には合わなかったんです。それで失敗してしまいました。
そこで現実の自分、「こっちのけんと」として、自分の得意なこと、やれることにフォーカスしてみたんです。その結果、「歌を歌うことが好き」ということを再確認し、歌手として活動していくことを決心しました。今は現実の「こっちのけんと頑張れ」と、自分の背中を押しています。
――心に残る楽曲を世にたくさん送り出していますが、音楽を作るときに大切にしていることはどんなことですか?
こっちのけんと 制作中は自分がきちんと泣けるか、自分の心が揺れるかということを物差しにしています。自分のネガティブな一面も歌詞にして歌いますが、音楽の原点は聴いた人が楽しむことだと思うので結果的には楽しんでもらいたいという気持ちを大事に作っています。
――父親になった今、子ども向けに楽曲を提供することも増えるかもしれません。
こっちのけんと 子ども向けに曲を作るとき、「子ども向け」と思うことこそが大人の意識のような気がしてしまいます。大人の脳で「こんな子どもになってね」と込めてしまうと少しいびつになってしまいます。
道を整理しないほうが音楽を楽しめる気がするので、童心に戻り、自由な感性でそして自分も楽しむことを大事にして曲と向き合っていきたいと思っています。
お話・写真提供/こっちのけんとさん 取材・文/安田ナナ 構成・編集/仲村教子(entente)、たまひよONLINE編集部
最後にどんなお父さんになりたいですか?と聞いたところ、「子どもにとって自慢の父親になりたい」と話してくれたこっちのけんとさん。いつかお子さんの運動会でお父さんの曲が流れることがあるかもしれません。
こっちのけんとさん
PROFILE
実体験をもとにした、人間味あふれるパワフルかつ繊細な楽曲が特徴のアーティスト。
代表曲「はいよろこんで」はSNSを含む総再生回数200億回を突破。2024年にはBillboard JAPAN “Heatseekers Songs”年間1位を獲得し、第66回 輝く!日本レコード大賞 最優秀新人賞を受賞。さらに、第75回NHK紅白歌合戦へ初出場を果たした。
アニメタイアップやドラマ主題歌、ディズニー映画での声優参加など活動の幅を広げ、2026年3月にはNHK『おとうさんといっしょ』へ提供した『あるけまっすぐパレード』が話題に。続く2026年4月には、Netflixシリーズ『だんでらいおん』主題歌「ゴロンとドロン」を配信リリース。音楽シーンにとどまらず、多方面で存在感を放つアーティストとして支持を集めている。
●記事の内容は2026年5月の情報で、現在と異なる場合があります。


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