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20万人に1人の難病と言われた息子。「呼吸が止まっても苦しいと感じない」ってどういうこと?【先天性中枢性低喚気症候群】

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生後1日目のそうすけくん。産声を上げず、生まれてすぐNICUに運ばれました。

先天性中枢性低換気症候群(せんてんせいちゅうすうせいていかんきしょうこうぐん・CCHS)は、生まれつき呼吸の指令が弱く、とくに睡眠中に無呼吸になる難病です。発症率は10~20万人に1人とされ、国内の患者は約100人といわれています。山梨県に住むそうすけくん(6歳・小学校1年生)は、生後2カ月でこの病気と診断されました。両親の雄士郎さん・千枝さんに、この6年間の歩みを聞きました。
全2回インタビューの前編です。

産声を上げずに生まれてきた息子。顔を見られないままNICUへ

NICUで沐浴をしているところ。沐浴中も呼吸のサポートが必要でした。

――そうすけくんを授かったときの様子を教えてください。

雄士郎さん(以下、敬称略) そうすけは結婚3年目で授かった待望の赤ちゃんです。当時はアパートで2人暮らし。夫婦げんかをしていたときだったと思います。「妊娠したかも」と妻から報告を受け、けんかなんてどうでもよくなるくらいうれしかったのを覚えています。

千枝さん(以下、敬称略) 妊娠の経過は至って順調で、妊婦健診はいつも問題なし。子どもが生まれたら、いつか野球をやってくれたらうれしいな、と考えていました。子どもの試合の応援をするのが私の夢だったので、野球じゃなくても何かスポーツをやってほしいなって思っていました。

――出産のときの様子を教えてください。

雄士郎 出産予定日は2019年の8月中旬で、里帰り出産の予定だった妻は、実家に帰っていました。予定日の6日前の昼ごろ、妻から「陣痛かもしれないから病院に行く」と電話があり、車で1時間ほどの場所にある病院にかけつけました。

千枝 主人に電話をしてから母と病院に向かい、着いたのは14時くらいです。主人が到着してからもなかなかお産が進まず、翌朝、陣痛促進剤を使うことになりました。そうすけはその日の午後に自然分娩で無事に生まれました。体重2890g、身長49㎝の標準的な赤ちゃんでした。
でも、そうすけは産声を上げなかったんです。

雄士郎 産声を上げないそうすけを見て看護師さんたちが集まり、先生を呼びに行く姿もあったりと、一気に空気が緊迫するのを感じました。そして、そうすけはすぐにNICUへ運ばれてしまい、まともに顔を見ることもできませんでした。
息子が生まれたのを喜んだのもつかの間、大きな不安が襲ってきましたが、まずは長時間の出産を終え、疲れ切っている妻に「本当にありがとう!」と声をかけました。

――NICUに運ばれたそうすけくんと、最初に会えたのはいつですか。

千枝 出産から約4時間後に、保育器の中にいるそうすけと会うことができました。産声を上げなかったのは羊水を飲んでいたからだという説明があり、その後も低酸素状態が続くので、人工呼吸器をつないでいる、といったことも先生から聞きました。

雄士郎 NICUに面会に行きながら、初めての出産だったので、こういうこともあるんだろうな、くらいに思っていました。人工呼吸器が必要なのは今だけ。すぐによくなって元気な声を聞かせてくれる。そう信じていたんです。

突然、大きな病院に緊急搬送。さまざまな検査を受ける中でつらそうな姿も・・・

緊急搬送されたNICUの様子。

――その後のそうすけくんの様子を教えてください。

雄士郎 生後3日目のこと、仕事中の14時過ぎに病院からスマホに着信がありました。「そうすけくんの自発呼吸を感じ取れたので、試しに人工呼吸器をはずしたところ容体が悪化しました。心拍数の低下もみられるので、専門的な治療ができる病院に緊急搬送します。お父さんも来てください」と。

千枝 私は1カ月健診の予約をするために、病院内の小児科にいましたが、私のスマホにも病院から着信履歴がありました。なんだろう・・・と思いながらNICUへ戻ってみると看護師さんが大あわてで私のことを探していました。何ごと?とただただびっくり。そうすけが緊急搬送されると聞いてさらに驚き、どうしたらいいのかわからなくなりました。

バタバタしているNICUで、保育器からそうすけを出す準備をしているときに、看護師さんが「赤ちゃんを抱っこしますか?」と聞いてくれました。そこで初めてそうすけを抱っこできたんです。でも、その感慨に浸る間もなく、すぐにそうすけは救急車で運ばれて行きました。

雄士郎 僕は会社を早退してすぐに向かったのですが、そうすけの搬送には間に合いません。緊急搬送の前、たまたま僕の両親がそうすけに会いに病院に着いていました。救急車の付き添いは先生。移動手段のない妻は、両親の車で搬送先の病院に最短で行くことができ、僕は現地で落ち合うことにしました。

――搬送先の病院でのそうすけくんの姿を見て、どのように感じましたか。

雄士郎 そうすけは保育器から出ることはできていましたが、口に人工呼吸器をつけ、鼻から経管栄養の管が入り、腕には点滴、そして心電図モニターと、たくさんの管をつけられた状態でした。今ではいろいろと知識がついて、医療機器のことなどもある程度はわかりますが、当時は医療のことなど何も知らず、状況がまったく理解できていませんでした。

千枝 見慣れない医療機器に囲まれたそうすけを見て、とても心配になり、一緒にいてあげたいと思いました。しかし私は出産した病院にあと2日間の入院が必要だったので、面会終わりには元の病院へ戻らないといけません。翌日からは外出許可をもらって主人と一緒にそうすけに会いに行っていました。

出産した病院で過ごす病室は大部屋で、カーテン越しに母子同室の赤ちゃんの泣き声が聞こえてきます。そうすけがそばにいないのがとても寂しかったです。

――転院してからのそうすけくんは、どのような状態でしたか。

雄士郎 自発呼吸の観察やCT検査などいろいろな検査を行いました。その結果、喉頭部の筋肉がやわらかく、気道に入り込んでしまうから呼吸がしづらいのかもしれない、という見解を主治医から聞きました。
生後1週間たったころ、口につながっている人工呼吸器をはずし、鼻にマスクを当てて空気の圧を送り込む方法で観察していました。

千枝 呼吸器の管がはずれていたので、初めて泣き声を聞くことができたのですが、その声は小さくか弱い声でした。鼻マスクからの空気圧が強いのか、とても苦しそうに泣いていました。
そうすけの声を聞けた喜びより、こんな小さな体で苦しい思いをしていることがせつなくて、2人ともそうすけのそばから離れられませんでした。面会時間も終わり、後ろ髪を引かれる思いでNICUを後にしました。

高校球児になってほしい。その夢がかなわないかもと知ったのは生後1カ月のとき

さまざまな検査の合間に、NICUでそうすけくんに触れる千枝さん。

――CCHSという病気の可能性があると聞いたのはいつですか。

千枝 そうすけが生後1カ月になる少し前、9月初旬のことです。そうすけの状況について、いつもは立ち話で主治医から聞いていたのに、この日は説明室へ案内されました。この時点で「何か悪いことがわかったのでは?」と察知し、私も主人もとても緊張したことを覚えています。

雄士郎 主治医から、今考えられる病気や原因は2つある、という説明がありました。
1つ目は、喉頭部の筋肉がやわらかく気道に入り込んでしまう「喉頭軟化症(こうとうなんかしょう)」のために、呼吸がしづらいのではないかということ。この病気の場合は成長とともに回復していくので、様子を見ながら治療していくという話でした。

2つ目は、呼吸がしづらいのは、脳の呼吸中枢がうまく働いていないせいかもしれない。その場合は、CCHSが疑われる、ということでした。
生まれて初めて聞いた病名でした。しかも、「呼吸が止まっても本人は苦しく感じない病気」と説明されたんです。完全に僕たちの理解の範囲を超えていました。

千枝 「CCHSだと睡眠時は無呼吸状態になってしまう。病気に気づかずに退院していたら、家で亡くなっていたかもしれない」という、とても怖い情報もありました。まったく想像していなかったことを聞き、私も理解が追いつかず、何の言葉も出てきませんでした。

――そのほかにもCCHSの説明はありましたか。

雄士郎 もしCCHSだったら、気管切開をして呼吸管理をしていく必要があると説明されました。僕からは簡単な質問ばかりしました。気管切開をしてもいつかは治る病気なのか?治療法はあるのか?この子の声は出るようになるのか?と。
僕はこの1カ月間、「そうすけの元気な声を早く聞きたい」とずっと願って面会をしていました。
先生も気を使ってくれたのか、「声帯に異常はないから大丈夫」と言ってくれました。

千枝 主治医からの説明のあと、駐車場に戻りながら、2人でCCHSのことをスマホで調べ始めました。検索するとすぐに、「先天性の病気で治ることはない」という記述が目に飛び込んできました。20万人に1人の難病だとも。あまりに重い現実を突きつけられ、車へ向かう足も止まり、その場で泣いてしまいました。

雄士郎 妻は高校野球が大好きで、おなかの子が男の子だとわかったときから、息子が高校球児になることを夢見ていました。
「そうすけに野球をやってほしかったな」と、泣きながらつぶやいた妻の姿を覚えています。
気管切開や人工呼吸器が必要になるCCHS。調べれば調べるほど、そうすけに野球をやらせることは現実的ではないことがわかってしまいました。僕だってすんなり受け止められません。「まだ決まったわけじゃないから」と妻に言いましたが、自分にも言い聞かせていました。

息子の笑顔を見た瞬間、夫婦ともに「この子と生きていこう」と思えた

そうすけくん、生後4カ月。気管切開の手術後、ママの顔を見てニッコリ。

――CCHSの可能性を医師から告げられたあと、2人でどのようなことを話しましたか。

千枝 CCHSのことは、できるだけ考えないようにしていました。「確定したわけじゃない。そうすけは元気に退院できる」と、祈るような気持ちでいたからです。

雄士郎 この話はだれにも言えませんでした。2人の中で止めておいて、両親にも友だちにも、当時はだれにも言わなかったんです。口にすると本当のことになりそうで怖かったので・・・。
僕も妻も頭のすみに置いておいて、それぞれ仕事に行ったり面会に行ったり、確定診断されるその日まで、夫婦間でも病気の話は1回もしませんでした。

――CCHSと確定診断されたのはいつでしょうか。

雄士郎 CCHSのことを初めて聞いたときから1カ月半ほどたった10月末、そうすけは生後2カ月でした。前の説明室より大きな部屋に通され、主治医、小児科主任、呼吸器に詳しい先生、心理カウンセラー、数人の看護師さんといった大勢の医療従事者がそろう、ただならぬ空気の中で、CCHSと確定診断したことを告げられました。

妻は説明が始まってすぐに泣いていたように思います。僕は何とか冷静に説明を聞こうと頑張っていましたが、「そうすけの声は一生聞けないのかもしれない」と脳裏をよぎった瞬間悲しみをこらえきれず、みんなの前で嗚咽してしまいました。

2人で1分くらいは泣いていたと思います。先生たちは僕たちが落ち着くまで、黙って待っていてくれました。
そのあと、長期的な呼吸管理が必要になるため、気管切開をしたほうがいいという説明を受け、僕は赤い目をこすり「わかりました」と、その場で了承しました。

――確定診断の説明を聞いたあとのことを教えてください。

千枝 説明を聞いたあと、泣き顔のままそうすけに会いたくなかったので、いったん2人で病院の中庭に行きました。とくに会話もせず、お互いに気持ちを整理する時間でした。気持ちが落ち着いたところで、「そうすけの前では笑顔でいようね」と主人と話し、GCUへ向かいました。

そうすけはお昼寝から覚め、おもちゃで遊んでいました。「おはよう、そうちゃん」と声をかけると、こっちを向いてニコッと笑ってくれたんです。
その顔を見て、「この子を全力でサポートしよう。一緒に生きていこう」と、すごく素直に思えたし、そうすけの笑顔に救われた気持ちでした。

――山梨県内の病院では、これまでCCHSの症例をほとんど扱ったことがなかったとか。

雄士郎 そうすけが入院していたのは県内で一番大きいNICUがある病院だったのですが、その先生方も初めて診る症例とのことでした。主治医はCCHSについてとても詳しく調べてくれ、CCHSの研究と治療を進めている東京女子医科大学東医療センター(※以下、女子医大東医療センター)で、セカンドオピニオンを受けることを提案してくれました。そこに勤めている山田洋輔先生は、全国のCCHS患者を診ているとのことで、ぜひ話を伺いたいと思いました。

千枝 CCHSが確定した翌月には、主人と2人で女子医大東医療センターに行きました。山田先生に時間を作っていただき、そうすけのことやCCHSについて1時間以上話をしました。
そうすけ本人の呼吸状態を知って生活するのが1番大事だということ、女子医大東医療センターでは本人の呼吸評価をする「CCHS呼吸ドック」という独自のプログラムがあることを聞き、受けてみてはどうか?と提案されました。
正直、山梨での症例がないと言われて不安でしたが、こんな専門的にCCHS患者を診てくれる病院とつながれただけで、すごく安心感を得られました。

雄士郎 そうすけの主治医は山梨の先生ですが、山田先生には定期的にオンライン診療でそうすけの様子を伝えたり、病気について相談したりしています。主治医と山田先生が連携を取ってくれているので心強いです。

9月末にNICUからGCUに移っていたそうすけくんは、翌年3月には小児科病棟へ。そして4月末に退院し、在宅での医療的ケアが始まりました。

※東京女子医科大学東医療センターは当時の名称で、現在は東京女子医科大学附属足立医療センター

【山田洋輔先生より】重症だと、起きている間も呼吸が弱くなるCCHS。人工呼吸管理が欠かせません

初めてのクリスマスを病室で迎えたそうすけくん。プレゼントのおもちゃで遊んでいる様子。

CCHSは生まれつき呼吸中枢に異常があり、睡眠中に十分な呼吸ができなくなるため、人工呼吸管理が必要になる疾患です。重症な方では覚醒時も呼吸が弱くなってしまいます。呼吸が弱くなっても呼吸中枢の異常により苦しさは感じません。呼吸以外にもヒルシュスプルング病、不整脈、神経腫瘍、自律神経障害などの合併症があります。
CCHSは10~20万人に1人の希少疾患で、診断や治療が難しい疾患です。そのため、私たちは「CCHS呼吸ドック」と名前を付けて、呼吸状態を評価して呼吸管理を提案するプログラムを行っています。
退院後であれば全国から患者さんがいらっしゃっていますが、生後早期で、入院中に救急車で来られた患者さんとしては、山梨県はかなり遠い方でした。まだ状態が安定しきっていない中、私たちを頼ってきてくださったそうすけくん、ご家族、病院のスタッフの方々に頭が下がる思いで、気を引き締めて検査をしていたことを今でもよく覚えています。

お話・写真提供/天野雄士郎さん・千枝さん 医療監修/山田洋輔先生 取材・文/東裕美 構成・編集/仲村教子(entente)、たまひよONLINE編集部

▼続きを読む<関連記事>後編

「呼吸が止まっても苦しいと感じない病気があるなんて、想像もできなかった」と、雄士郎さん・千枝さんは話します。でも、苦しみや悲しみを乗り越え、そうすけくんを全力でサポートしていくと、2人で誓い合ったそうです。

インタビューの後編は、在宅での医療的ケアのことや、保育園・小学校での集団生活についてです。

「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。

天野雄士郎さんのInstagram

山田洋輔先生(やまだようすけ)

PROFILE
東京女子医科大学附属足立医療センター 新生児科、臨床教授、部長、医学博士。専門は、新生児医療と新生児・小児の呼吸器疾患で、とくにCCHSは国内随一の診療経験がある。編著書「新生児・小児気管支鏡診療アトラス」など。

●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2026年7月の情報であり、現在と異なる場合があります。

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