「まさかの三つ子!」医師も驚いた、きわめてまれな「自然妊娠」で3人を授かる
長女が生まれ目育児をしながら、「子どもは2人欲しいね」と話していた利恵(としえ)さん夫婦のもとにやってきたのは、なんと三つ子の赤ちゃんでした。おなかの赤ちゃんたちは「三絨毛膜三羊膜品胎(さんじゅうもうまくさんようまくひんたい)」という、赤ちゃんがそれぞれ別々の胎盤と、それぞれのお部屋(羊膜)で育つ状態でした。
驚きに満ちた三つ子判明のエピソードから、波乱万丈の管理入院・出産の様子について聞きました。
全2回のインタビューの前編です。
出会いから2年で結婚。その後、長女を妊娠
2024年3月生まれで現在2歳の長女・彩晴(いろは)ちゃんと、2025年8月生まれの三つ子の4人のママである利恵さん。神奈川県で、夫婦で協力して子育てをしています。
――夫さんとのなれそめを教えてください。
利恵さん(以下敬称略) 2018年ごろ、私が26歳のときに、スポーツジムで当時33歳の夫に出会いました。しばらくは顔見知り程度だったのですが、少しずつ仲よくなっていきました。2020年くらいから交際が始まり、結婚したのは2021年です。
「子どもはすぐにでも欲しいね」と話していたものの、もしかしたら妊娠するのが難しいかもしれない・・・とも感じていました。というのも私は独身時代、ボディコンテストに出場していて、かなり体重を絞り、体形をコントロールしていたんです。夫とつき合っていたころは、体脂肪が1ケタ代。生理も定期的には来ていませんでした。
――長女の妊娠がわかったのはいつですか?
利恵 2023年です。体調の変化を感じて、病院に行ったら妊娠がわかりました。生理不順のため気づくのが遅く、そのときすでに妊娠3カ月に。
妊娠期間はとても順調で、つわりもあまりひどくなく、おなかもそれほど大きくならず、臨月に入っても周囲からは妊娠中と気づかれないほど。
2024年3月に出産しましたが、18時間ほど陣痛に苦しみました。ちょうど土曜日で、夫も休みだったので出産に立ち会うことができました。
長女を出産して1年後、まさかの自然妊娠で三つ子がおなかに!
――長女出産後、2人目が欲しいと考えていたのでしょうか?
利恵 はい。長女を授かるまで2年ほどかかったので、2人目はなるべく早く欲しかったです。とはいえ、長女のお世話が忙しかったこともあり、不妊治療を考えるほどでもありませんでした。「自然に授かったらいい、もし授からなかったらそれはそれでしかたがないね」というのが夫婦共通の考えでした。
――妊娠がわかったきっかけは?
利恵 長女のときと同じように、とにかく気持ち悪い時期があって。これはたぶんつわりだろうなと、妊娠検査薬で確かめたんです。結果が陽性だったので、長女を出産した産院を受診しました。
エコー検査をしてもらったところ、医師から「おそらく双子です」と言われました。驚いたものの、夫と「一気に2人授かれてよかったね」と話したりして、家族が増えることを、長女にきょうだいができることを喜びました。
それが2週間後の健診で、エコー検査をしたところ、医師が「あれ、赤ちゃんが3人いるかもしれない」と言うんです。
「私1人では判断できないから、医師をもう1人呼んできます」と、ほかの医師もエコー写真を確認することに。「やっぱり胎のうが3つあるね」と言われました。そして、「三つ子は、設備がきちんとした病院でないと出産できません。この病院では産めないので、転院してもらうことになります。対応可能な病院は、この近くでは2カ所あるのですが、紹介状を準備するので今すぐどちらに行くか決めてください」とのことでした。
――突然、三つ子と言われて驚いたと思います。
利恵 もともと「子どもは2人欲しい」と思っていたんです。それが三つ子となると、一気に4人の子の親になることに。まさか2回目の妊娠が三つ子とは・・・と、びっくりしつつ、子どもは大好きなのでうれしかったです。
夫はいろいろ心配があったみたいです。まずは、私の体が大丈夫かと気づかってくれました。その次に食費がどれくらいかかるんだろう・・・?と不安だったみたいです。私の家系はみんな、ものすごくたくさん食べるんです。普段は抑えているのですが、食べ放題のピザ屋さんでは、100ピースをペロリといけるくらい。子どもたちも私と同じくらい食べる子だったら、どうしたらいいんだろう、畑を始めて野菜を作ったりしたほうがいいんだろうか、などと本気で考えていたようです。
おなかの赤ちゃんたちは「三絨毛膜三羊膜品胎」という妊娠形態でした。
これは赤ちゃん3人それぞれに、自分専用の「羊膜」と「胎盤」がある状態のこと。3人がひとつの大きな部屋をシェアしているのではなく、それぞれが自分だけの「羊膜(個室)」がある状態です。おなかのなかで、へその緒がからまる危険性がなく、三つ子のなかではもっともリスクが低く、経過が安定しやすいタイプだとのことでした。
三絨毛膜三羊膜品胎は比較的リスクは低いとはいえ、おなかのなかで3人一緒に育てること自体、母体の負担は大きく、注意が必要だとも言われました。
――利恵さんと夫さんの両親に報告したときは、どんな様子でしたか?
利恵 私の両親は「大変だ、みんなで協力して子育てを頑張っていかなくては・・・!」と、育児の大変さを思い描きながら驚いていました。
一方、夫の両親は「三つ子!?本当に!?」と笑いながら明るく喜んでくれました。私は自分の両親の心配する様子に、これからどんな生活になるんだろう・・・と現実を考え、夫の両親の明るい対応に「確かに三つ子ってすごいことだな」と楽しい気持ちになりました。
両家それぞれの反応が正反対だったので、私にとってはバランスが取れていたし、どちらの気持ちも理解できました。
24週から管理入院。シャワーは15分だけの生活
――性別がわかったのはいつごろでしょうか?
利恵 妊娠17週目ごろです。最初は3人とも女の子だと伝えられていました。でも、途中で1人は男の子だとわかったんです。長女もいるし、4人女の子だったら夫が肩身が狭いかな、などという気持ちも少しあり、男の子もいるといいな、と感じていたのでうれしかったです。
――妊娠中はどんな生活でしたか?
利恵 長女のときは早い段階でつわりが落ち着いたのですが、三つ子のときはずっと気持ち悪さが続いている状態。食べ物ものどを通らず、三つ子のために無理やり口にしていました。
赤ちゃんたちの成長はとても順調でした。基本的に多胎児妊娠はリスクが高いため、妊娠24週目からは管理入院となります。私はつわり以外は安定していたし、長女もいたのでギリギリまで自宅で過ごしました。
管理入院になったときは、幸いなことに切迫早産などの傾向もなく、私の体調もよかったので、安静にしないといけないなどの制限はありませんでした。
病棟内を散歩して、朝昼晩軽いストレッチをしていたりしました。けれど、どんどんおなかが重くなり、座っているだけで赤ちゃんたちが下に降りてきてしまうんです。入院して3週間目くらいからは、切迫早産の危険があると言われ、ずっと横になる毎日。あお向けでいないといけないのですが、赤ちゃんたちの重みがずっしりとしていて苦しかったです。
安静の状態になってからもシャワーは毎日浴びてよかったのですが、1人15分の時間制限があったのが大変で…。あわただしくて疲れてしまうので、自主的に2日に1回にするようにしました。
――入院中、気分転換などはしていたのでしょうか?
利恵 情報収集と自分の記録もかねて、Instagramを始めました。写真やメモで記録をしても、あとで見返さなくなってしまうな~、と思って・・・。Instagramは、ぱっと写真と文章が目に入って見やすいのが使いやすかったです。
毎日の出来事などをアップしていたら、先輩三つ子ママさんから「入院生活が懐かしいです、応援しています」などとコメントをしてもらい、励みになっていました。
また、入院中の食事をアップしたら、「同じ病院に入院しています」と連絡をしてもらったことがあります。その方は双子ママだったのですが、それがきっかけで仲よくなりました。すてきなご縁があったのはSNSのおかげです。
――利恵さんの入院中、1歳の長女のお世話や、三つ子ちゃんを迎える準備はどうしていましたか?
利恵 夫は仕事もありますし、三つ子の育児にはサポートが必要だと思って、私が管理入院する1カ月前から、私の実家に同居させてもらうことにしました。4人の育児が落ち着いたら、家を建てたいと考えているのですが、それまでは実家に住む予定です。なので、私の入院中、夫が仕事の日中は、私の母が長女の面倒を見てくれました。
帝王切開中に麻酔が十分に効かず、全身麻酔に
――出産時の様子を教えてください。
利恵 35週と2日で帝王切開で出産しました。最初は脊髄くも膜下麻酔(脊椎麻酔)の予定でしたが、私の場合は麻酔が十分に効いていなかったようで、ものすごく痛くて・・・。「痛い!」と声が出ました。激痛と、おなかが引っ張られている感覚があったのを覚えています。
すぐに全身麻酔に切り替えられて、それから少しずつ意識が遠のき、1人目と2人目の産声までは聞こえていたのですが、3人目のときは麻酔が効いた状態でした。
赤ちゃんたちは予想よりも大きくて、二女は2270グラム、三女は2050グラム、長男は2590グラムでした。妊娠中、私のおなかは、はちきれそうなくらい大きくなっていました。夫が言うには、「バランスボールが入っているかと思うくらいだった」とか・・・。
生まれた子どもたちの大きさを見たら「たしかにおなかは大きくなるな」と納得しかなかったです。みんな元気いっぱいで、無事に生まれてくれたことにほっとしました。
――赤ちゃんに初めて会ったのはいつですか?
利恵 出産の翌日です。出産後、病室のベッドがなく、私はICUに入院することに…。そのため、その日は赤ちゃんたちに会うことはできませんでした。夫とは面会できたので、夫が撮った写真を見ました。みんなかわいくて、私たちのところに来てくれてありがとう・・・と、うれしい気持ちでいっぱいに。
赤ちゃんたちは、出産後、想定よりも出生体重が多く順調だったので、最初は1週間程度で退院できるかもしれないと言われていたんですが、長男が呼吸を忘れてしまうことがあるので、念のためNICUに入り、1カ月間入院することになりました。
私は通常どおり5日で退院し、赤ちゃんの洋服など、まだそろえきれていなかったものを準備することができました。
少し予想外だったのは、思ったより赤ちゃんたちが大きかったことです。サイズ50の服を購入していたのですが、退院後、あっという間に着られなくなり…、うれしい悲鳴でした。
お話・写真提供/利恵さん 取材・文/さいだ多恵、編集・構成/仲村教子(entente)、たまひよONLINE編集部
長女の出産からわずか1年での三つ子を妊娠。そして管理入院から、麻酔が効きにくい中での帝王切開、と大変な妊娠生活を振り返ってくれた利恵さん。
後編では三つ子たちの生後8カ月での保育園入園、そして成長の様子などについて聞きます。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2026年8月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。


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