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「移植しなければ生きられない」と、生後7カ月で生体肝移植。長男の生きる力を信じ続けた家族【胆道閉鎖症】

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移植手術後の心湊くんに授乳する静弥さん。2人を見守りながら、桃子さんが撮影。

宮城県で暮らす鈴木さん夫妻は、長女(7歳)、長男(5歳)の4人家族です。長男の心湊(みなと)くんは生後3カ月で「胆道閉鎖症(たんどうへいさしょう)」と診断され葛西手術を受けましたが、術後も胆管炎(たんかんえん)を繰り返し、状態は徐々に悪化してしまいます。そして、生後7カ月で肝臓の移植手術を受けるために埼玉県立小児医療センターへ転院。「移植の日まで体力がもつかどうか」という厳しい状況でした。父親の静弥さんに、心湊くんの様子や、ドナーとなった妻・桃子さんへの思いについて聞きました。
全2回のインタビューの後編です。

▼<関連記事>前編を読む

手術するまで命がもたないかもしれない

埼玉の病院に転院し、手術を受ける前の心湊くん。

生後3カ月で胆道閉鎖症と診断され、すぐに手術を受けたものの病状が悪化してしまった心湊くん。2022年3月4日、生後7カ月で宮城県内の大学病院から、埼玉県立小児医療センターへ転院となりました。

「宮城から埼玉への新幹線での移動は私も妻と一緒に付き添い、心湊はすぐにPICU(小児集中治療室)に入院しました。その後、妻と一緒に担当医の説明を聞きましたが、すぐに肝移植をしなければ命をつなぐことが難しい、手術するまでに命がもたないかもしれない、という厳しい話がありました。

それは、親としては聞きたくない話です。入院後は毎日のように『状態がよくない、いつどうなってもおかしくない』と説明がありました。でも、ここでショックを受けて自分が落ち込んではいけない、と思ったんです。強い気持ちでいなければと、『いや、うちの息子は大丈夫です。絶対によくなります』と言っていました。息子の生きる力を信じよう、と自分に言い聞かせていたのかもしれません」(静弥さん)

入院後には、夫婦のどちらがドナーとなるかを決めるため、移植コーディネーターとの面談もありました。

「私と妻の身長や体重、既往歴、生活習慣などこまかな確認が行われました。検査で肝臓の状態などを確認した結果、妻がドナーとなりました。息子の状態は一刻を争う状況だからと、面談も検査もスピーディーに進めてくれ、手術の日は入院の約2週間後の3月19日に決まりました」(静弥さん)

周囲の人のあたたかさに支えられた

移植後の心湊くんは笑顔も増え、どんどん元気になっていきました。

埼玉の病院で心湊くんの治療に関する説明を受けたあと、静弥さんは仕事があるため一度宮城に戻ります。埼玉で心湊くんの入院に付き添うのは桃子さんで、長女は桃子さんの実家で面倒を見てもらいました。

「ありがたいことに妻の実家が自宅のすぐ近くにあるんです。埼玉から戻って自宅で過ごす間は、仕事終わりに長女を保育所に迎えに行き、妻の実家で毎日夕飯を食べさせてもらっていました。そして、毎日のように埼玉の妻とビデオ通話をしていました。

私も病院に行って、私と妻の両方がいないときは、長女が寂しい思いをしないようにと、義母と義姉が実家のリビングに布団を敷き、長女と3人で川の字で寝てくれていたそうです。休みの日にはお出かけしたり、公園に遊びに連れて行ってくれたりして、本当にありがたかったです」(静弥さん)

また、埼玉での桃子さんを精神面で支えてくれたのは、病院の移植コーディネーターでした。

「長い闘病生活と、悪化していく息子の様子に、妻はすっかり落ち込んでしまっているようでした。しかし、病院の移植コーディネーターさんがとても気さくな人柄で、いつも妻に話しかけ、何気ない会話を交わして妻を元気づけてくれました」(静弥さん)

20時間を超える移植手術を乗り越えて

移植手術後、埼玉の病院に入院中に初節句のお祝いをしました。

静弥さんは職場に、心湊くんと桃子さんの移植手術のための長期休暇を申請しました。

「役員も同席する会議で、直接『息子が肝臓移植の手術をすることになりました』と相談したところ、『息子さんがよくなるまでしっかり休んできなさい』と言ってくれ、引き継ぎなどの調整もしてくれました。急だったのでひとまず有給休暇を利用する形になったのですが、もし全部使い切ったとしてもそのほかの休暇制度なども利用できるから、と言ってくれ、安心しました。

そして心湊と妻の手術の日に合わせて約1カ月間の休みをもらい、私は埼玉の病院で心湊と妻に付き添うことができました」(静弥さん)

手術前日に桃子さんも入院し、いよいよ迎えた生体肝移植手術の日。心湊くんと桃子さんの手術は、別々の手術室でほぼ同時に始まりました。静弥さんは1人、手術室前の待合室で過ごしました。

「椅子とテーブルと時計があるだけの部屋で、ただただ、2人の無事を祈っていました。数時間おきに移植コーディネーターさんが状況を報告しに来てくれ、『今ママから、心湊くんに移植する肝臓を取り出したよ』、『今は心湊くんの血管をつないでいるよ』などと伝えてくれました。『順調に進んでいるから、パパは寝てればいいよ』とも言ってくれたんですけど、とても眠れなくて。そのときの状況、コーディネーターさんが教えてくれたこと、自分が感じたことなどをひたすらノートにメモしていました。
そのノートは、妻が心湊の入院中の病状を記録するためにつけていたものです。妻が書けない間は、自分が記録しておこうと思ったんです。

移植コーディネーターさんは、手術で取り出した心湊の肝臓も箱に入れて持ってきてくれ、触らせてくれました。小さな肝臓は黒とグレーのような色になっていて、弾力のある石ころのようにかたくなっていました。心湊はこんな状態でよく頑張っていたんだな、と驚きました。こんなに強い子なんだから、これから先だってきっと強く生きられる、とも感じました」(静弥さん)

翌朝まで20時間を超えて続いた移植手術は、無事に成功しました。

「息子の体力がかなり落ちていて、長時間の手術に耐えられるかどうかわからないという説明も受けていたので、無事に手術が終わったと聞いて本当にほっとしました。そして、この手術に耐えたのだから、これからも絶対に大丈夫だ、と思いました」(静弥さん)

移植手術のあと、心湊くんはおどろくほどの回復力を見せます。

「手術前の心湊は本当にやせてしまってぐったりしていたので、回復には時間がかかるだろうと予想していたんですが、医療チームのみなさんのサポートもあって順調に回復していきました。初めは鼻から管を入れての経管栄養でしたが、しばらくして哺乳びんでミルクを飲めるようになり、いつの間にか離乳食をパクパク食べるまでに、どんどん元気になっていきました」(静弥さん)

5歳になった心湊くん。元気いっぱいの男の子に

電車が大好きな男の子に成長しています。

埼玉の病院に転院した心湊くんに付き添う桃子さんは、病院内にある「ロナルド・マクドナルド・ハウス さいたま(以下ハウス)」や、近隣の滞在施設を利用していました。そして、移植手術の前後約1カ月間、静弥さんも、ハウスに滞在しました。
2人のことが心配でたまらなかった静弥さんは、ハウスで出会った人たちとのかかわりにも心が救われた、と言います。

「ハウスには同じような境遇のご家族がいたので、いろいろと話ができたことがとても心強かったです。移植前日も心配で眠れなかったときに、ハウスに滞在中の方たちが話し相手になってくれ、遅くまでつき合ってくれました。
手術後には、妻が退院したときにどんなサポートをするといいかのアドバイスや、退院後の子育てのことまで相談に乗ってもらっていました。病院内にハウスがあったので、2人にしっかり付き添って支えることができました。

また、心湊の面会時間以外には、ハウスで自炊をしたり、ハウスにある貸し出し用の自転車で近所にサイクリングに出かけることもでき、いい気分転換になりました。もし、1人でホテルなどに滞在していたらもっと不安が強かっただろうと思います」(静弥さん)

移植手術から約1カ月半がたったころ、心湊くんの退院が決まりました。

「手術前はやせ細っていた心湊の体は、退院するころにはぷくぷくと赤ちゃんらしい体つきになっていました。退院の日には、移植外科の先生と移植コーディネーターさんが大宮駅まで見送りに来てくれ『みーくん、バイバイ!』とお別れのあいさつをしてくれたんです。とてもすてきな先生方に出会え、あたたかくサポートしていただいたことに夫婦で感激し、妻は感動のあまりボロボロと大泣きしていました」(静弥さん)

退院後、約1年間は大事をとって外出を控え家の中で過ごしていた心湊くんでしたが、順調に成長していきました。闘病生活があったために、発達は少しゆっくりでしたが、1歳3〜4カ月になるころにはひとり歩きもできるように。5歳になった今は、周囲の子たちとほとんど変わらない生活を送っています。

「今も定期的に埼玉へ通院して経過を見てもらっています。受診の間隔は徐々に開いて、今は2〜3カ月ごとの通院です。日常生活では、移植した肝臓を守るために免疫抑制剤を一生飲み続けることや、グレープフルーツを食べないことなどの注意があります。また、心湊は鉄棒など、おなかを強く圧迫する運動は控えるようにしていますが、とっても元気に育っています。元気すぎて、階段を数段飛び降りたりするのでヒヤヒヤするくらい。

通院で新幹線を利用していることもあって電車が大好きで、『将来は新幹線の運転士になりたい』と言っています。親としては、赤ちゃんのときに大きな病気をしたぶん、これから本人がやりたいということを尊重して、全力で応援したいと思っています。そして、私自身も心湊の手術が決まって以来、喫煙をやめました。もし、心湊に再度の移植が必要になったら、今度は私の肝臓になるかもしれません。家族の健康が何より大切ですし、これからも子どもたちの笑顔を守っていきたいと思っています」(静弥さん)

【母・桃子さんより】病状が悪化し、自分の心も不安定に。周囲の人に支えられた

静弥さんたちを支えてくれた家族。

心湊の病気がわかったときには『私が何か悪いことでもしたのかな?』と自分を責めました。どんどん病状が悪化していく息子が心配でたまらず、不安のあまり精神的に不安定になったときもありました。そんなとき支えてくれたのは、実家や義実家の家族、移植コーディネーターをはじめ医療スタッフの方々、ハウスで出会った方でした。

最近では、埼玉への通院の際にハウスを利用すると、心湊と同じ病気のご家族、肝臓移植を予定されている方や、移植を終えたばかりのご家族と話す機会があります。今の心湊の姿を見ると安心するようで、『こんなに元気になるんですね、勇気をもらいました』と言ってもらえたこともあるんです。私たちもたくさん支えてもらった分、今度は私たちがだれかの力になれたらと強く思っています。

【水田耕一先生より】ご家族の支えと、ハウスの温かさ

2025年、仙台での青いマックの日のイベントのときの様子。心湊くんはパパとおそろいのつなぎを着ています。写真中央は、青いマックの日のイベントに参加した、東北楽天ゴールデンイーグルスアンバサダーの銀次さん。銀次さんは「ロナルド・マクドナルド・ハウス せんだい」のサポーターでもあります。

心湊くんの移植手術は、進行した肝硬変のため、出血を抑えることや、移植した肝臓に十分な血液が流れるようにすることが難しく、長時間に及びました。ご家族全員の支えが、心湊くんの手術とその後の回復を支える大きな力になりました。
生体肝移植では、お子さんとドナーとなる親御さんが同じ時期に入院し、付き添うご家族にも大きな負担がかかります。ロナルド・マクドナルド・ハウスは、ドナーとなった親御さんが退院後に体を休められ、付き添うご家族も温かな気配りや声かけに支えられる大切な場所です。日ごろのご支援に心より感謝申し上げます。これからもハウスの皆さまと力を合わせ、ご家族とともに心湊くんの成長を見守っていきたいと思います。

お話・写真提供/鈴木静弥さん、桃子さん 監修/水田耕一先生 協力/公益財団法人ロナルド・マクドナルド・ハウス・ジャパン 取材・文/早川奈緒子 編集・構成/仲村教子(entente)、たまひよONLINE編集部

生後7カ月で、母親・桃子さんからの生体肝移植という大きな試練を乗り越えた心湊くん。両親は厳しい現実の中でも、わが子の生きる力を信じ続けました。家族や医療スタッフに支えられ、病気と向き合った静弥さんと桃子さん。オンライン取材では、元気に成長した心湊くんと家族の現在までの歩みを、笑顔で語ってくれました。

「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。

水田耕一先生(みずたこういち)

PROFILE
埼玉県立小児医療センター移植センター長・移植外科科長。1991年熊本大学医学部卒業、1999年東京大学大学院修了。東京大学小児外科、自治医科大学小児外科・移植外科などを経て、2015年に自治医科大学移植外科教授に就任。2019年より現職。専門は小児肝移植、小児肝胆道疾患。日本外科学会指導医、日本小児外科学会専門医、日本移植学会認定医などの資格を持ち、約30年にわたり小児肝移植に携わっている。

ロナルド・マクドナルド・ハウス さいたま(さいたまハウス)

2026年10月1日、日本第1号ハウス開設から25周年を迎えるにあたり、「ロナルド・マクドナルド・ハウス」にブラント名が変更されました。病気と向き合う子どもとその家族を支える滞在施設「ロナルド・マクドナルド・ハウス」は、世界で約390施設が運営されていて、日本国内では12施設あり、いずれも小児病院のすぐ近くに位置しています。運営はすべて寄付・募金とボランティアの活動によって支えられています。
「さいたまハウス」は、日本で初めて病院内に開設されたロナルド・マクドナルド・ハウスです。埼玉県立小児医療センター内にあり、家族がお子さんのすぐ近くで安心して滞在できる環境が整っています。詳細は財団ホームページから確認できます。

青いマックの日(マックハッピーデー)

ロナルド・マクドナルド・ハウスの運営は寄付・募金とさまざまな支援で成り立っています。「マックハッピーデー」は、世界各国のマクドナルドがその国の子どもたちの幸せを願い長年展開しているグローバルチャリティー活動で、日本では2017年から実施され、今年で10回目を迎えました。2022年からはハウス支援のテーマカラーにちなんで「青いマックの日」として全国のマクドナルド店舗で実施されています。2026年は10月18日(日)が「青いマックの日」です。この日はハッピーセット®1つの販売につき50円が公益財団法人ロナルド・マクドナルド・ハウス・ジャパンに寄付されます。

「青いマックの日」当日以外でも、マクドナルドの店頭募金箱、モバイルオーダー(※1)、PayPay(※2)での募金や、10月には募金付きセットの購入、Myマクドナルド リワードの募金などからご支援いただけます。

※1 クレジットカードのお支払い方法を選択した場合のみ
※2 支払い条件あり

公益財団法人ロナルド・マクドナルド・ハウス・ジャパンの公式HP

ロナルド・マクドナルド・ハウス さいたま

●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2026年10月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。

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