自分でできる子にしたいなら親は「かかわらない勇気」を。「情緒的利用可能性」を専門家に聞く
今はできないことの多い子どもも、いつかは「自分でできる子」にならないといけません。そのためには、親が積極的に子どもにかかわっていくことだけが育児とはいえないようです。時には「かかわらないほうが子どもは成長する」ということもあるのです。子どもの成長のために、親は子どもにどうかかわればいいのか。発達心理学・感情心理学が専門の東京大学大学院教育学研究科、遠藤利彦先生に聞きました。
子ども主体のかかわり方「情緒的利用可能性」とは?
かつて、親子関係で大切なのは、親の「敏感性」だと言われていました。しかしそのような言葉を使うと、過敏になってしてしまう親が多いため、最近は「情緒的利用可能性」という言葉が使われるようになりました。
情緒的利用可能性とは、子どもが自分の感情や状態を表現して親に働きかけるような関係性をいい、子どもが安心できる環境のなかで自律性を獲得する「アタッチメント」においても、親が適切なアクションをするための重要な手がかりとなります。
英語では「Emotional Availability」と呼ばれており、「情緒的応答性」と訳されることも多いようですが、それだと応答する親が主体のようでもあるため、子どもが主体であることを表すために、ここでは「利用可能性」と訳しています。
情緒的利用可能性について、親のかかわり方が適切であるかどうかは、子どもが自分の感情や状態を表すシグナル(泣いたり話したりして今の感情や状態を伝えること)があるかないか、親がそれに応答するかどうか、その組み合わせによって知ることができます。
1子どものシグナルあり×親の応答あり=的確(○)
2子どものシグナルあり×親の応答なし=無反応(×)
3子どものシグナルなし×親の応答あり=過剰(×)
4子どものシグナルなし×親の応答なし=侵害的でない(○)
1 は、子どもがシグナルを発していて、親も何らかのアクションを起こしています。的確な応答だったといえるでしょう。
2 は子どもがシグナルを発信しているのに、親は無反応。何かをしてあげるべきだったかもしれません。
3 は子どもが何もシグナルを発信していないにもかかわらず、親が過剰な働きかけをしたことが考えられます。
4 は子どもがシグナルを発しておらず、親も何もしていない状態。子どもに対して侵害的でないということがいえます。
親が適切にかかわることによる子どもへのメリット
自分が発したシグナルに対して、親が的確に応答してくれる。子どもはそうした経験から、自分が愛されているという感覚を持てるようになります。そしてそれが、親以外の他者への信頼にもつながります。言葉を覚えるまで、子どものシグナルは主に「泣く」という行為になります。ギャーギャー激しく泣き叫んでも、自分はいつでも無条件に受け入れてもらえる。見捨てられない存在だ。愛される存在だ。そう感じる経験の蓄積により、「自分は愛してもらえる価値がある」という自信が生まれ、自己肯定感が育ちます。
シグナルに応じて助けてもらうことで、子どもは確かな見通しも立てられるようになります。「何かあったらそこに戻ればいい」という安心感に支えられて子どもは一人でいられるようになり、たくさんの冒険に出かけていくのです。
「かかわらない」が成長にプラスになることも
子どものシグナルがなく、親も何もしない。この状態を、「子どもに対して侵害的でない」と述べましたが、このようにシグナルを発していないのであれば、一人でいられることを尊重してかかわらない勇気を持つことも大切です。「放置しているのではないか」と否定的に見られるかもしれませんが、この場合は放置とは異なります。直接的にはかかわらずに、少し離れた場所から見守る。黒子としてきちんと環境を整えることが親の役割です。
いつでも親が子どもについて回っていると、子どものチャレンジの機会を減らしてしまいます。たとえば、幼児期の間は、「昨日はあそこまでしか一人で行っていないけど、その先におばけがいたら怖いな。でも見てみたいな」といった具合に、好奇心と恐怖の間を行ったり来たりすることがよくあります。そんなときも、ついていく必要はありません。子どもに必要なのは、「おばけがいたならママやパパを呼べばいい。必ず来てくれるから」という安心感。ママやパパがいない場所での経験を積み重ねることで、子どもは自分の行動範囲を広げ、自律性も獲得していくのです。
何のシグナルかわからないときはどうすべきか
「子どもが泣いている、何かシグナルを発信しているな」と思っても、子どもがまだ言葉が話せないうちは何のシグナルなのかわかりませんよね。こんなとき、「こういう泣き方をしているときは、このシグナルだ」といった一覧表があれば便利でしょうが、そういったものはありません。
でも、安心してください。読み取りは失敗してもいいのです。むしろ最初からジャストフィットすることのほうが珍しい。親は間違いをするものです。「泣いていたから授乳したけどまだ泣き続ける。どうしたらいいんだろう」。そんな場合は、何か違う理由を考えてみましょう。おむつを替えてほしいのかもしれませんよね。それも違うかもしれませんが、違っていればまたシグナルを発してくれるので、子どもに教えてもらいながら何度も軌道修正すればいいのです。子どもは親の少々の失敗は割り引いてくれるものです。
子どもにかかわらずに見守ることは、積極的にかかわっていくよりも、難しいことかもしれません。子ども(4歳男児)がブロック遊びに集中しているとき、なるべく話しかけないように注意している筆者も、つい「何作ってるの?」と聞いてしまうことがありますが、余計なお世話だったかもしれません。情緒的利用可能性で大切なのは、親が子ども目線で親子関係を見つめるということ。「子どもは今、何をしてもらいたいのかな?」だけでなく、「一人にしておいてほしいのかな?」といったことも考えるようにしたいものです。
(取材・文/香川 誠、ひよこクラブ編集部)
■監修/遠藤利彦先生
(東京大学大学院教育学研究科教授)専門は発達心理学・感情心理学。子どもの発達メカニズムや育児環境を研究する発達保育実践政策学センター(Cedep)のセンター長も務めている。
■参考文献/『赤ちゃんの発達とアタッチメント――乳児保育で大切にしたいこと』(遠藤利彦著・ひとなる書房)