親の自己満足?「欲求の先読み」しすぎていませんか?
「そろそろ赤ちゃんのおなかがすく時間かな。大泣きする前におっぱいをあげておこう」「これから必要になる力だから早めに学習させておこう」。このように、子どもの欲しいものや必要なことを先読みしながら手助けする親のかかわりを「欲求の先読み」といいます。親にとってはよかれと思ってやっていることでしょうが、実はそれが子どもの成長を阻害することもあるのだそうです。果たしてその行動は、子どものためになっているのか。それとも親の自己満足なのか。「先読み育児」の落とし穴について、発達心理学・感情心理学が専門の東京大学大学院教育学研究科・遠藤利彦先生に聞きました。
「欲求の先読み」はよくないの?
子どもが困らないように、親が子どもの欲求の先読みをして手助けしてあげることは、ごくごく自然な行為です。親自身も、子どものころはそういった手助けを受けて育ってきたと思います。しかし親が過剰に働きかけて子どもの発達を無理に引き上げようとすると、子どもが受け身になりやすくなるデメリットもあります。時には先読みしたほうがいい場面もあるでしょうが、子どもにとって本当に必要なことは、子ども自身が自主的・自発的に自分の力を獲得することです。そのためには親が敷いたレールの上を走らせるよりも、乱雑なこの世界を子どもに経験させ、子どもの内からわき出る感情や欲求にしたがって、子ども自身で学んでいくことが大切なのです。
小さな赤ちゃんの欲求は先読みすべき?
人間には「本当の自分」と「偽りの自分」があります。「真の自己」などともいわれる本当の自分とは、感情や欲求にしたがって行動している自分です。偽りの自分とは、感情や欲求を抑えて、社会のルールや常識、まわりの人間関係に配慮して行動している自分です。家族の前で見せる自分が本当の自分、職場や学校で見せる自分が偽りの自分、と考えるとわかりやすいかもしれません。
乳幼児期に大切なのは、本当の自分をまわりの大人に認めてもらうことです。嫌な感情を表に出すことで、近くにいる大人に働きかける。それを見た大人が何かをしてくれる。それにより今の嫌な状況から抜け出す成功体験が、本人の自信につながっていくのです。赤ちゃんが母乳やミルクを欲しがる前に泣くのも、実は成長には欠かせないこと。自分がアクションを起こすことで世界がいい方向に変わる、つまり自分にはそれだけの力があるという経験をしているということです。親が先回りしすぎてしまうと、このような感覚が身につかず、偽りの自分がふくらんでしまいます。
自分の欲求を抑えられる子は「いい子」?
自分の欲求を抑えて、親の言うことを何でも聞けるような子は、親からすると「いい子」「おとなしくて扱いやすい子」と思うかもしれません。しかし自分の気持ちに従って行動する経験が少ないと、思春期の問題行動や大人になってからの心の病にもつながりやすいということが、発達心理学の世界では昔から指摘されています。つらい状況になったときに、それを自分自身ではね返す力が、生涯にわたる心の健康にも重要だと言われていますが、親が先読みしすぎてしまうとそうした力が身につきづらくなってしまいます。
どこまで介入OK? どこからが先読み?
どこまでが適切なかかわりで、どこからが先読みなのか、そのラインを知りたいところですよね。ひと言でいえば、子どもの気持ちが動いて、何らかの「シグナル」を発信する前に大人が介入してしまうのは、先読みと言わざるを得ません。シグナルというのは、子ども自身が「嫌だ」という感情を言葉や表情などで伝える行為です。言葉を覚えるまでは、泣くことが主なシグナルとなります。
公共の場での先読みはアリ?
とはいえ、電車やバスの車内、飲食店など、公共の場では、子どもの泣き声などでまわりに迷惑をかけないように「先読みしたほうがいいのでは?」と思いますよね。先読みを「絶対にしてはいけない」ということではありません。先読みすることで育児が少しラクになるのであれば、状況に応じてその選択をしたって構わないのです。
ただし、親主導で動くことが多いと、長期的には子どもにマイナスになるかもしれないということは認識しておくべきです。普段は子どもが発信するシグナルに注意しながら、子どもの主体性に任せておくのがいいでしょう。子どもが自分から「嫌だ」と言える力、自分でアクションを起こす力を身につけさせることも、親ができることの一つです。子どもは、自分の力で今の状況を変えることで、正当な自信を持てるようになります。嫌なことをはね返す心のたくましさ、心のしなやかさを見つける機会だと思って、シグナルを受け取るまでは見守ってみましょう。
子どもの水筒、持とうか、持つまいか。いつも考えている筆者(4歳男児・父)。基本的には子どもに持たせているのですが、ほかの荷物が多かったり、歩く距離が長かったりすると、「重いから持って」と言われる前に持ってあげることもしばしば。これはまさに、欲求の先読みだったのかもしれません。遠藤先生によると、子どもが主体的に行動できるようになるためには、小さなストレスを早期に経験させて将来受ける大きなストレスへの耐性を高める「ストレス予防接種」も大切なのだそうです。今だけを見るのではなく、子どもの長期的な成長を考えながら選択していきたいところです。
(取材・文/香川 誠、ひよこクラブ編集部)
■監修/遠藤利彦先生
(東京大学大学院教育学研究科教授)専門は発達心理学・感情心理学。子どもの発達メカニズムや育児環境を研究する発達保育実践政策学センター(Cedep)のセンター長も務めている。
■参考文献/『赤ちゃんの発達とアタッチメント――乳児保育で大切にしたいこと』(遠藤利彦著・ひとなる書房)