【小児科医リレーエッセイ 14】 子どもたちの健康のために「無煙の世紀」をプレゼントしよう
「日本外来小児科学会リーフレット検討会」の先生方から子育てに向き合っているお母さん・お父さんへのメッセージをお届けします。第14回は子どもたちの健康のために「子どもたちによい空気を届けたい、無煙の世紀をプレゼントしたい」との思いで活動をしている宮崎県・のだ小児科医院の野田隆先生です。
最初の一本。最後の一本。
見出しの「一本」ですが、タバコの一本のことです。
この文章では、タバコとカタカナ表記をしていますが、英語の【Tobacco】の音から生じた外来語だからです。正確にいうとオランダから、宣教師とともに渡来したものです。
日本の新聞記事では「たばこ」とひらがな表記されることが多いようです。もちろん、煙草という漢字をあてることもありますが、ひらがなとカタカナで表記されることが多いと思います。
たばことひらがなで書いている文章は、概してたばこ容認論が多いと思われます。昔からあって、場の雰囲気を和らげるといったニュアンスをひらがなは醸し出します。
一方、タバコとカタカナで書いてある文章は、タバコに対して批判的であることが多いと思われます。外国から来たもので、害の多い嫌なものというニュアンスがカタカナからは、感じられます。
においとニオイ、どちらがよい匂いと感じられますか?
原則として多くの人が集まる場所が屋内禁煙になっても、家庭内で喫煙する人は増えない
さて、タバコの話に戻ります。
改正健康増進法が、2020年4月から施行されて、多くの場所が原則屋内禁煙になりました。外でタバコが吸えなくなると、家庭内で喫煙する人が増えて、子どもたちの受動喫煙が増えるのではないかと心配する人もいることと思います。
スコットランドのエピソードをお伝えしたいと思います。スコットランドでは2008年に、パブ(居酒屋)の禁煙化として知られる喫煙規制法が施行されました。パブで働く従業員の健康を考えてのことです。その後、小学生の唾液中のコチニン濃度(※1)を計測してみると規制前より、規制後では減っていました。
もちろん、喫煙者のいる家庭では高く、喫煙者のいない家庭では低いのですが、喫煙者の家庭のみならず、非喫煙者の家庭でも同じ傾向でした。
このスコットランドの事例を見ると、外で吸えないからといって、家庭内で吸うという現象は起きていないことがわかります。そしてさらに、喫煙者家庭と非喫煙者家庭で傾向に違いがないことから、子どもたちは、家庭外でもタバコの煙を吸い込んでいることもわかりました。つまり、タバコの煙を吸わない人はいないということがわかったのです。
(※1)食べ物や飲み物には含まれないコチニンは、ニコチンが体に入ることで肝臓で作られるものです。体の中のコチニンの量がニコチンがどれだけ体に入ったのかの目安になります。
喫煙後の呼気中には、ガス成分が45分間残るから、間接受動喫煙が起きる
タバコの煙の吸い込み方には、状況的に見て喫煙者が自分で吸い込む『直接喫煙』と、だれの煙かわかる煙を非喫煙者が受動的に吸い込む『直接受動喫煙』、だれの煙かわからない煙を吸い込む『間接受動喫煙』の3つに分けられます。
「雲散霧消」という言葉がありますが、タバコの煙はなかなか消えないのが特徴です。喫煙後の呼気中には、揮発性ガス成分が45分間にわたって検出されるそうです。間接受動喫煙は、このタバコの煙がなかなか消えないために起こると考えると理解しやすいのではないでしょうか?
ホテルの喫煙可能であった客室が、禁煙になったあともいつまでもタバコ臭いことを経験したことはありませんか。それからもタバコの煙がなかなか消えないことがわかると思います。
間接受動喫煙の害を初めて示唆したのが、イギリスの家庭医の集団を用いた2004年の報告です。これは、1900~1909年、1910~1919年、1920~1929年に生まれた世代を、喫煙者、非喫煙者の2群に分け、それぞれの世代の70歳時点での生存率を調べたものになります。結果は、喫煙者の生存率は58%、58%、57%と世代間で差がないのにもかかわらず、非喫煙者では76%、80%、85%と生まれた世代が後であるほど生存率が高くなっていました。
世代が後になるにつれ社会全体の喫煙率が低くなり、受動喫煙が減ったのが主な原因と考えられています。
また、スコットランドのパブを禁煙にした喫煙規制の実行年を境に、1年に5%増加していた子どものぜん息による入院患者数が、17%減少したという報告もあります。パブの禁煙化が、パブに行くことがない子どもたちにもいい健康影響を与えたのです。もちろん、前に述べたように子どもたちのコチニン濃度も、喫煙規制施行後には減少していました。
このように、言うまでもなく間接受動喫煙で吸い込む煙の量はとても少ないのですが、そうであってもその有害性は証明されています。同様に、新型タバコは有害物質90%カットと宣伝されていますが、毒性が90%少ないというわけではありません。タバコの本数を95%少なくしても、心筋梗塞のリスクは45%しか減少しないといわれています。ほんの少しだからと、吸っていいタバコは1本もないのです。
タバコは依存性薬物であることをしっかり理解しよう
「タバコを好きで吸っているのではない、止められないから吸っているのだ」、フリーアナウンサーの古舘伊知郎さんの言葉です。この言葉に依存性薬物としてのタバコの性質がよく言い表されています。いわゆるニコチン切れが起こると、頭がボーっとしたり、イライラして仕事が手につかない状態になってしまうから、それを防ぐためにタバコを吸うのです。
タバコはやめるのが最も難しい依存性薬物といわれています。なぜなら、違法性もないし、日本ではコンビニでも自動販売機でも簡単に、しかも先進国の中では最も安く入手できるからです(※2)。また、やめにくいだけでなく、タバコはほかの依存性薬物(コカイン、大麻、覚せい剤など)へのGateway Drug(入門薬)としての側面を持っている点も大きな問題です。
(※2)イギリスやUSAでは、1000円以上しますし、自動販売機のない所も多いです。
「タバコをやめるのはたいへん難しいが、最初から吸わないことはだれでもできる簡単なこと」、これは筆者が大学生のころ、父が下宿に残したメモに書かれていた文言です。残念なことに、既に喫煙を始めていた筆者はその後28年も喫煙を続けてしまいました。
最初の一本を吸わない、吸わせない事が重要です。
子どもの利用する施設での喫煙規制が厳しいニュージーランドで育った子どもが、日本に来たときに「ママ、あの口にくわえている白いものは何?」と聞いたそうです。
こんな言葉が日本の子どもの現実となるために、今あなたが吸っているタバコが最後の一本になることを、願っています。
文/野田 隆先生(のだ小児科医院・院長))
1976年徳島大学卒業、1980年生化学を専門とし徳島大学助手、1981年西独留学、1984年鹿児島大学講師。1990年小児科に転向し、1993年宮崎県串間市立病院に勤務。1998年最後の禁煙をし、1999年禁煙外来開設。2001年のだ小児科医院開業、現職。「子どもらに 無煙の世紀を プレゼント」をモットーに親への禁煙支援、子どもへの喫煙防止活動を行っている。