「アラーム音が鳴るたびに不安で押しつぶされそう…」NICUで赤ちゃんのママ・パパの心に寄り添い続ける心理士
ママの妊娠中に胎児に病気があるとわかったり、急な容体変化で予定より早く生まれた赤ちゃんたちが治療を受ける新生児集中治療室(以下NICU)。そこで、わが子の健康に不安を抱えるママやパパの心のケアを行うのが臨床心理士(以下心理士)です。NICUの心理士はどんなふうに家族にかかわっているのか、大阪大学医学部附属病院(以下阪大病院)のNICU専任の心理士 白神美智恵先生に聞きました。白神先生は「心理士は暗闇の中を歩く人の後ろから明かりを持ってついていくイメージです」と話します。
まぐろのようにNICUを動き回る医療スタッフ。心理士はふわふわ漂うくらげ
――NICUにわが子が入院することになったママやパパはどんな様子なのでしょうか。
白神先生(以下敬称略) 赤ちゃんに胎児疾患がある場合、ママのショックがいちばん大きいのは、妊婦健診で赤ちゃんの病気を告知された直後です。私がそういったママにかかわるのは分娩の3〜4週間前くらいからで、告知からは少し時間がたち、ママたちは気持ちの準備ができつつある段階にあることも多いです。
一方、妊娠中の経過は順調だったのに、容体が急変し緊急分娩となり、NICUに赤ちゃんが入院することになったママの動揺はすごく大きいです。たとえば、常位胎盤早期剥離(はくり)が起きた場合は、赤ちゃんが命の危機にさらされることすらあります。早産の場合は、赤ちゃんが自分の力で十分には息ができず、人工呼吸器といって口からチューブを入れて呼吸のサポートをしたり、手足にたくさんの点滴がつながったりします。NICUに急に入院した赤ちゃんのママたちは、泣いたり、ぼうぜんとしたり、説明を理解できずに何回も同じ質問をしたり…非常に混乱して、情報の処理が追いつかない状態のことが多いです。
――そのような厳しい状況で、心理士はママや家族にどのようにかかわるのですか?
白神 私は毎日NICUにいて、まずはママやパパが医師の説明や今の状況などの情報がよくわからず困っていることがないかを聞いて聞いて、ママやパパとかかわりを持つようになります。現実的な困りごとが解消されるだけでも少し気持ちはほっとしますよね。そして面会のたびに「今日は赤ちゃんはこんな様子ですね」「何か心配なことはありますか」などと日常の会話を重ね、ママやパパの不安を聞くようにしています。
毎日NICUをふらふらしてママやパパに声をかけているので、産科の先生はママたちに私を「くらげのような人」と紹介します(笑)。「NICUでは医師や看護師はまぐろのようなスピードでビュンビュン止まらずに動き回っている中で、この人1人だけがくらげのようにふわふわ漂ってるから、気になることやわからないことはつかまえて聞いてね」って(笑)。
――気軽に声をかけられるスタッフがいるのはママやパパにとっても心強いですね。
白神 NICUはアラーム音が鳴り響き常に緊張感が漂う、特殊な場所でもあります。医療スタッフはみんな優しいですが、命を預かる赤ちゃんの治療が最優先なので、ママやパパに声をかける時間がないこともあります。そんな中で私の役割はふわっとママやパパのそばにいて、「お母さん今何か探してますか?」「看護師さんを呼んできましょうか?」と声をかけること。ママやパパからすると何もかもが初めてで、医療用語や治療もよくわからない状況ですから、少しでも緊張を緩和してあげたいな、という思いでいます。
またママの状況によっては、そっとしておくことが必要な場合もあります。NICUにいる赤ちゃんのママは、赤ちゃんへの申し訳なさや「赤ちゃんに何もしてあげられない」という不全感を強烈に感じています。そのような状況で心理士が何かしてあげようとするのは逆にママを傷つけることになりかねません。多くのママが「赤ちゃんのつらさに比べれば私のしんどさなんて…」と言い、赤ちゃんよりも自分がケアされることを望まないのです。そのような場合はママへの声かけは最小限にとどめて、赤ちゃんが治療によって少しずつよくなりママ自身のケアも受け入れられるようになるタイミングを待つこともあります。
――心理士のかかわりで、ママの産後うつや出産のときのトラウマ(心的外傷)などを防ぐという面もありますか?
白神 うーん、理屈としてはそうかもしれませんが…赤ちゃんが病気や障害を持って生きるかもしれないとわかったとき、ママやパパの心はどうしても傷ついてしまう…それを予防できるとは思っていません。
自分の赤ちゃんに病気があることを、親にも友だちにも相談できない人もいます。とくにコロナ禍は気軽に人とも会えず、言い出すきっかけがなくて赤ちゃんのことをだれにも話せない妊婦さんやママがとても多いです。だれにも心のうちを話せず、わからないことを聞けず、自分でネットなどで調べてネガティブなイメージばかりが大きくふくらんでしまうと、不安で心がいっぱいになり、ほかの考え方をする余地がなくなってしまいます。
そういうとき心理士はママやパパが感じている現実の受け入れがたさ、弱音、怒り、不安など、ありのままの気持ちを受け止めます。大丈夫だよ、と明るく励ますことや慰めることはせず、ただ否定せずに聞く。それだけで気持ちが軽くなり、別の考え方もできるようになることもあります。そうやって気持ちをいったん言葉にして吐き出すことや、NICUで頑張っているわが子の姿に支えられて、多くのママやパパが困難を乗り越えていかれます。ママやパパの傷ついた心が、赤ちゃんの成長とともに回復していくプロセスをお手伝いするのが、実際の心理士の仕事だと思っています。
赤ちゃんの健康とママやパパの心、両方をケアするNICU
――NICUの医療スタッフとどのように連携してママやパパをサポートするのでしょうか。
白神 医療スタッフは今、目の前の赤ちゃんの医学的治療を中心に考えますが、ママやパパは「普通学級に入学できるかな」「結婚できるかな」など赤ちゃんの将来のことを考えます。そのような視点の違いから、ママやパパの不安の内容が医療スタッフに十分に伝わらず、ママやパパと医療スタッフのコミュニケーションがうまくいかないこともあります。心理士はママやパパが医師に聞きづらいことがあるときは「それを心配するのは当然の気持ちですよね」「それは大事な話だから、先生に直接聞くのがいいと思いますよ」と後押しをし、医療スタッフとママ・パパが対話を重ねてお互いを理解し合い、一緒に赤ちゃんを育てられるようにお手伝いをします。
――では実際に患者さんの家族からこんなことが助かった、と言われたことはありますか?
白神 あるとき、突然とても重症な赤ちゃんが生まれたことがありました。スタッフは赤ちゃんの治療でバタバタしていて、ママに声をかける間もないくらい大変な状況でした。赤ちゃんのベッド横のアラームが鳴るとママはハッと顔をあげ、不安そうな顔でNICUの中を見回しますが、それに気づくスタッフがいません。また、ママとパパは医師が近づくだけでどんな悪いことを言われるのかと身構えている様子でした。私にできることは、ママとパパが不安そうにしていればそっと看護師を呼んで対応をお願いすることや、医師が話すときにママとパパの近くで一緒に聞くことでした。
残念ながらその赤ちゃんは亡くなってしまったのですが、後からママに言われた言葉が心に残っています。「アラームが鳴っただけでも親の心は乱れます。だけど白神さんが看護師さんを呼びに行ってくれたり、先生の話を一緒に聞いてくれた。それだけでも親の心は静まって、赤ちゃんのために私が頑張らなければ、と思えるんです」と。お別れのときにそんなふうに言ってもらったこともありました。
コロナ禍でママたちの不安が増えた
――阪大病院NICUではコロナ前は24時間面会をしていたそうですが、現在は1日1回30分のみの面会制限がある状況だそうです。どのような変化がありましたか?
白神 ただでさえNICUに赤ちゃんが入院しているママは、赤ちゃんと一緒に過ごせない上に、赤ちゃんが病気や命の危険もあり将来の発達も心配で、気持ちが不安定になりやすい状況にいます。それでも、24時間面会ができていたころは、授乳や沐浴(もくよく)やおむつ替えなどの育児練習をするときに、看護師がママたちの何気ない話を聞いて、心のケアをできていたんですよね。でも今は30分の面会の間に育児の練習もしなくてはならず、赤ちゃんとママがゆったりと一緒の時間を過ごすことがほとんどできませんし、看護師も時間がない中で、ママの気持ちや心配ごとをゆっくり聞いてケアするのが難しい状況です。
NICUの外で心理士がママに声をかけると、面会中はなかなか話せないママのつらい気持ちや心配事を打ち明けられることが増えました。
NICUの中で赤ちゃんと会っているときは元気そうでも、「家ではずっと泣いています」という人もいて、ママたちが苦しんでいる姿がなかなか見えづらいんですが…。
NICUに赤ちゃんが入院していないママでも、不安なことがあるときには、産後の健診や、お住いの地域の保健師さんに遠慮なく相談してほしいと思います。
取材・文/早川奈緒子、ひよこクラブ編集部
心が傷ついたとき、ただ寄り添い見守ってくれる人がいるだけで救われることもあります。
白神先生によると、現在全国の多くのNICUには心理士がいて、医療スタッフとともにパパママの心のケアに携わっているそうです。心理士の先生方はNICUにいる家族をさりげなくサポートすることをめざして傾聴をする毎日です。
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