小さく生まれた赤ちゃんに母乳を届ける“母乳バンク”のしくみ。「日本は遅れている」と、学生が啓発活動を
早産や小さく生まれた赤ちゃんが、ママの体調が整わなかったり、病気治療などの理由で、十分な母乳が得られない場合があります。そのようなときにドナーから寄付された母乳を安全に低温殺菌処理、細菌検査、冷凍保管した上で、NICUの要請に応じて「ドナーミルク」として提供する「母乳バンク」の取り組みがあります。日本では年間5000人の早産・極低出生体重児(ごくていしゅっせいたいじゅうじ)の赤ちゃんが母乳を必要としているといわれます。
この「母乳バンク」の考え方を知り、取り組みを広めようと活動する学生たちがいます。文京学院大学外国語学部 渡部研究室の学生が2022年8月に行ったセミナーの内容や、活動について聞きました。
母乳バンクのドナー登録施設やドナーミルクを使用する施設が不足している
出生体重が1500g未満で生まれた赤ちゃん(極低出生体重児)は、体の機能が未熟なため、感染症や「壊死性腸炎(えしせいちょうえん※)」などの合併症を引き起こすリスクが高いとされています。母乳には赤ちゃんの腸の粘膜を成熟させる物質が含まれるほか、免疫力を高める効果などがあるため、生後12時間以内に母乳を与えることが大切なのだそうです。しかし、小さく生まれた赤ちゃんのママは、帝王切開による体力の低下や精神的な負担などから、産後すぐに母乳が出ないことも多く、日本では年間5000人の早産・極低出生体重児の赤ちゃんが母乳を必要としているといわれます。
小さく生まれた赤ちゃんがママからの母乳を得られない場合に、「ドナーミルク」を無償で提供しているのが母乳バンクです。母乳バンクは、母乳がたくさん出るママから寄付された母乳を低温殺菌処理・細菌検査・冷凍保管し医療機関の要請に応じて「ドナーミルク」として提供する施設です。
現在、世界50カ国で750カ所以上の⺟乳バンクがあると言います。
日本の母乳バンクの拠点は、一般財団法人日本財団母乳バンクが運営しているものと、一般社団法人日本母乳バンク協会が運営している「日本橋母乳バンク」の2つです。母乳バンクにあるドナーミルクが使用されている赤ちゃんはまだ360人ほどなのだとか。国内の需要に見合うだけの母乳バンクの整備が必要とされています。
このことを知り、関心をもったのが文京学院大学外国語学部 渡部研究室の学生たちです。日本の母乳バンクの課題を知り、母乳バンクおよびドナーミルクについて研究をしています。ゼミのホームページやSNSでの情報発信、ドナーミルクに関するセミナーを開催するなどの活動をしています。
妊娠中に夫婦が早産やドナーミルクについて話し合う必要がある
2022年8月に大学生に向けた2回目のセミナーがオンラインで開催されました。上映されたスライドでは、ドナーミルクとは一体どんなものか、どんな赤ちゃんに必要とされるものか、などの基本情報や、ドナーミルクが赤ちゃんに届けられるまでの流れ、衛生的な保管状況などの説明がありました。また、実際にドナーミルクを利用したママのコメントも。
セミナーを主催した文京学院大学外国語学部 渡部研究室 チームイースト代表の藤村冴菜さんは、「ドナーミルクの提供を受けるかどうかを決めるときに、事前にドナーミルクのことを知らない、理解ができていないと、両親が承諾するのに時間がかかってしまい、赤ちゃんへの投与が遅れることがあるので、まずはドナーミルクが広く認知されることを重要視している」と言います。
「ある夫婦は、緊急帝王切開での出産時にママの意識がもうろうとしていたため、パパがドナーミルクの決断をしましたが、その後ママは自分の承諾なくミルクの使用を決定されたことがショックだった、と話していました。夫婦で事前にドナーミルクのことを理解し、話し合っておけば防げたことかもしれません。そのため、女性だけではなく、男性も出産前から、妊娠は容体が急変することもあること、小さく生まれた赤ちゃんにはドナーミルクを使う必要があること、ママとパパの両方に決定権があることを理解しておくことが大事だと考えます」(藤村さん)
女性だけでなく男性にも、企業にも、広くドナーミルクを知ってほしい
この活動を始めるきっかけは、ゼミが出場するプレゼンテーション大会のテーマを探していたときに、偶然ニュースで目にしたことだったのだとか。
「小さな赤ちゃんの命を守るためにとても大切なことなのになぜ日本では進んでいないんだろう、と疑問を持ち、私たち大学生に何かできることはないか、と思ったのがきっかけです」(藤村さん)
藤村さんたちが行うセミナーは、一般からも参加できますが、とくに学生に広く知ってもらいたいと考えているそうです。
「現在、日本の初産の平均年齢は30代くらいです。妊娠中のプレママパパセミナーなどで母乳バンクが取り上げられることもあるようですが、赤ちゃんが早産になる可能性はだれにでもあることや、ドナーミルクについての啓発活動はあまり行われていないと聞いています。
実際にドナーミルクを使用する決断をしなければならないときというのは、ママや赤ちゃんの急な容体変化で緊急帝王切開出産となることが多く、その段階では勉強する時間が持てないので、学生である今のうちに知識を持っておくことが大切だと理解しています」(藤村さん)
また藤村さんたちは、ドナーミルクのテーマに取り組む中で、妊娠・出産・子育てへのイメージに変化があったのだとか。
「ドナーミルクのテーマに取り組む中で、妊娠・出産でトラブルがあった話を聞くことが多く、とても大変そうだな、というイメージがありました。一方で、赤ちゃんが成長する喜びや楽しいことがたくさんあるよ、という実体験も聞くことができたことで、妊娠・出産がポジティブなイメージに変わりました。
同時に、妊娠・出産は女性の体に起こるものだけど、女性だけの問題ではない、ということも学びました。パートナーの男性の理解ももちろん、妊娠や出産をしていない人たちも理解することが社会には必要だと考えています」(藤村さん)
現在藤村さんたちは、セミナー開催での啓発活動のほか、企業に向けた啓発も行い、活動に賛同してくれる企業を募集しています。
「私たちはこれまで100社以上の企業に働きかけましたが、その中で感じるのはドナーミルク自体の認知度がとても低いということです。『ドナーミルクってなんですか?』と聞かれることが多く、子育て世代でもある30〜40代の人たちにも、母乳バンクやドナーミルクがほとんど知られていないんだな、と実感しました。
まずは多くの企業に母乳バンクについて知ってもらい、ドナーミルクを使用するメリットを理解してもらうことが、より多くの人に知ってもらうために重要だと思うので、今後も啓発活動に力を入れていきたいです」(藤村さん)
お話/藤村冴菜さん(文京学院大学外国語学部 渡部研究室) 取材協力/⼀般財団法⼈⽇本財団⺟乳バンク 取材・文/早川奈緒子、たまひよONLINE編集部
文京学院大学外国語学部 渡部研究室 チームイーストでは、ホームページやインスタグラムでセミナー開催の告知や、ドナーミルクに関する情報提供を行っています。また、日本財団母乳バンクに協賛した個人などについてはインスタグラムアカウント(@saby_hmb)で氏名を掲載するそうです。
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