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子宮頸管を結んでも出血が続き、妊娠23週、帝王切開で誕生した570gのわが子【体験談・医師監修】

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生後72時間、危険な状態を乗り越えたのぞみちゃん。

新潟県に住む松浦一貴(かずき)さん(会社員・36才)は、妻のあかねさん(助産師・32才)、長女(7才)、長男(5才)、二女ののぞみちゃん(1才7カ月)の5人家族。二女ののぞみちゃんは、2021年2月、妊娠23週のときに570gで生まれた超低出生体重児でした。あかねさんの妊娠中から出産までのことや、パパとしてどんな気持ちだったか、一貴さんに詳しく話を聞きました。

妊娠初期から出血とおなかの張りで入退院を繰り返していた妻

――妊娠中の、あかねさんの経過について教えてください。

一貴さん(以下敬称略) 上の2人のときも切迫早産で長期入院し、38週、36週での経膣分娩だったこと、妊娠初期からおなかの張りもあったことから、妊娠14週のときに切迫早産予防のために子宮頸管縫縮術(しきゅうけいかんほうしゅくじゅつ)という、子宮頸管を結ぶ手術を行いました。

手術後、妻は子宮収縮抑制剤と止血剤を内服しながら、自宅で食事とトイレ以外は寝たきりの生活をしていましたが、なかなか出血が止まらず・・・。出血が増えると入院治療になり、何度か入退院と自宅安静を繰り返していましが、妊娠22週に大量出血して妻の勤務先の病院に入院することになりました。

――出血があると赤ちゃんのことが心配だったと思いますが、あかねさんから不安な気持ちを打ち明けられたことはありましたか?

一貴 それが、私も上の2人の子どものお世話、家のことや仕事など、目の前のことをこなすのに精いっぱいで、あまりゆっくり話を聞いてあげられませんでした。妻も性格上、私を気づかって我慢していたんだと思います。私も、妻は助産師ですし、なんでもわかっているだろうと頼りきっていたということもありました。
実は妻とは再婚で、今回の妻の妊娠は私にとって初めての経験でした。私は妊娠・出産についてほとんど知識がなく、妊娠中の状況の変化や、気持ちが不安定になりやすいことまで考えが及びませんでした。今思うとあんまり妻の気持ちをフォローしてあげられなかったな、と反省しています。

妻の入院中、子どもたちと3人の生活で・・・

――あかねさんが安静の状態のとき家事やお子さんのお世話はどのようにしていましたか?

一貴 お互いの両親も頼れない状況だったのですべて私がやっていました。食事は朝のうちに夜のぶんも作っておいて、子どもたちを保育園に連れて行って自分は仕事へ行き、帰宅したらレンジで温めて食べるようにしていました。子どもたちの保育園は土日も預かってもらえるんですが、6日に1日は休むように決まっているので、自分の仕事の休みの日に保育園の休みを合わせるようにしていました。日曜日に仕事があれば子どもを保育園に預けて、月曜日に私の振替休日に子どもも保育園を休む、という形です。

会社の上司からは家族を優先して休みを取っていいと言われていたので、当時は子どもの病気や妻の病院のつき添いが必要なときには家族を優先して休むようにしていました。

――ママが入院になって、2人のお子さんは不安になりませんでしたか?

一貴 私と3人の生活になって、妻には触っちゃダメ、開けちゃダメ、と言われているところを触ってみたり(笑)、3人だけの楽しい時間もありました。
当時5才の長女と3才の長男には冷蔵庫を開けさせたことがなかったんですが、子どもたちのやりたいように開けさせてあげて、ついでに「牛乳を取って」ってお手伝いに変換したりしていました。ほかにもやりたい放題にいろんないたずらをしていましたが・・・妻にはナイショです(笑)。

だけどやっぱり、妻が入院してから子どもたちのけんかやわがままが少なくなって、私を気づかってくれているんだな、と成長を感じました。
妻は入院後に妊娠23週で別の病院に転院することになったんですが、そのとき「ママの入院が長引くかもしれないよ」と子どもたちに伝えたら、長女が寂しさから泣き出してしまって・・・。子どもたちはすごく我慢していたんだな、と感じました。

手術室前で待つ間、心配で冷や汗が止まらなかった

生後すぐ、保育器に入ったのぞみちゃん。

――あかねさんが妊娠23週で別の病院に転院したときは、どのような状況だったのでしょうか。

一貴 入院してからも子宮収縮抑制剤の点滴の量を増やしましたが、おなかの張りと出血が止まらなかったんです。妻の勤務先の病院のNICUは32週未満の赤ちゃんは対象でなかったため、万が一赤ちゃんが早く生まれることになったときのために、23週の赤ちゃんにも対応できる総合周産期母子医療センターに搬送となりました。

搬送先の医師から「子宮収縮抑制剤の点滴をして様子を見るが、赤ちゃんが早く生まれる可能性がある」ということと、「その場合は帝王切開出産になる」と説明を受けました。

「早く生まれる可能性がある」と聞いても、そのときは正直実感がわかなかったというか・・・帰宅してから自分なりに早産のことを調べてみたりはしましたが、まさか大丈夫だろう、という気持ちもありました。現実味がなく、少しひとごとのようにとらえていたような気がします。

――その後、あかねさんが出産を迎えたのはいつでしょうか?

一貴 救急搬送されてから3日後の午後に「陣痛がきて子宮口も開いていてきているため緊急帝王切開になる」と連絡をもらいました。ちょうどその日は妻の入院先の近くで仕事をしていたので、すぐにかけつけました。出産前に、妻に一目あって「頑張って」と声をかけたかったんですが、病院に到着したときには妻はすでに手術室に入っていました。

看護師さんに「奥さんはもう手術室に入りました。帝王切開なのですぐに出てきます」と言われたんですよ。でも、手術室前で待っている時間がものすごく長く感じたことを覚えています。
いくら待っても赤ちゃんの泣き声も聞こえないし、スタッフもだれも通らなくて・・・、もしかしたら妻と赤ちゃんに何かあったんじゃないかと、ネガティブなことばかり頭をよぎってものすごく不安でした。そのときは2月で病院内も寒かったんですが、冷や汗がダラダラ流れ眼鏡がくもるほどでした。

実際には私が到着して10分後くらいに無事産まれたそうです。妊娠23週4日、予定より4カ月早く生まれ、体重570gの女の子でした。


――その後、赤ちゃんに初めて会ったときのことを教えてください。

一貴 1時間くらい待ったころ、看護師さんが「生まれました、女の子ですよ」と保育器に入った娘を連れてきてくれました。初めて目にした赤ちゃんは、想像していたよりもずっと小さい姿。皮膚も薄くて赤黒く、たくさんの管につながれていていました。

看護師さんに「ここから手を入れて触っていいですよ」と言われ、保育器の穴から手を入れて、娘にかけられたカバー越しに恐る恐る触れました。娘の手は触ったら指が折れてしまうんじゃないかというくらいの小ささ。誕生してくれた命に感動した反面、「どうかこの子を助けてください」と祈るような気持ちでした。

――手術後にあかねさんと対面してどんな声をかけましたか?

一貴 その後しばらくして手術室から運ばれてきた妻に「ありがとう、おつかれさま」と声をかけました。妻が無事で心底ホッとして、いろんな感情が込み上げて言葉が出てきませんでした。

どうか生きてほしい、と願い「のぞみ」と名づけた

1才7カ月現在ののぞみちゃん。出生時の身長体重と同じくまのぬいぐるみと並んで。

――赤ちゃんの名前はどのように決めましたか?

一貴 もともと、いくつか候補の名前はあったんです。でも早くに生まれ、医師から「72時間もつかわからない」と聞いて・・・とにかくこの子に生きてほしい、と願ったとき「のぞみ」という名前がふっと頭に浮かびました。それで、術後に麻酔から目覚めた妻に会ったとき、「名前の候補があったけど、『のぞみ』にするのはどうかな」と聞いてみました。するとなんと妻も「のぞみ」にしたいと考えていたと言うんです。私も妻も、まったく同じことを考えていたとわかり、赤ちゃんの名前は「のぞみ」に決まりました。

――今現在、のぞみちゃんはどんなふうに成長していますか?

一貴 危険な状態のときもありましたが、のぞみはいくつもの困難を乗り越え、生後半年で退院となりました。今、のぞみは1才7カ月。家族みんなに「のんちゃん」と呼ばれ、上の子たちからもすごくかわいがられています。

とくに、ここ1〜2カ月は本当にできることが急に増えてきて成長に驚かされています。上の子たちのまねをして、一緒に手をたたくようになったり、おふろ上がりに髪をとかしてあげると自分でもとかそうとしたり。家族と一緒にのぞみの少しずつの成長を見られることに幸せを感じています。

【あかねさんより】ママに早く会いたかったんだよ、の言葉に救われた

出産前に入院していたときは不安に押しつぶされそうで、病院のベッドで布団をかぶり声を押し殺して泣いたこともありました。産後は、夫にとって初めての赤ちゃんだったのに「なんで私はこんなに早く産んでしまったんだろう」って、申し訳ない気持ちでいっぱいで・・・夫に「ごめんね」と伝えたら「あかねは悪くないよ。きっとのぞみがママに早く会いたかったんだよ」と言ってくれ、その言葉にすごく救われました。

【小嶋絹子先生より】赤ちゃんの入院の際にもっと家族へのサポートが必要

切迫早産による入院は、突然ママがいなくなってしまうことですから、姉兄にとっても一大事だったはずです。パパも家事に育児にと、大変だった日々を楽しく過ごそうと奮闘されていた様子がとても頼もしく感じました。最近は日本でも育休など社会のサポートも増え、パパの育児参加も増えていますが、スウェーデンの育休取得は男性で8割以上だと聞きます。ママの入院、赤ちゃんのNICU入院の際にもっとサポートが得やすい社会になるといいなと感じています。

お話/松浦一貴さん、松浦あかねさん 監修/小嶋絹子先生 協力/板東あけみ先生 取材・文/早川奈緒子、たまひよONLINE編集部

あかねさんは妊娠中「助産師という仕事柄、母体や赤ちゃんについて知識があるからこそすごく怖かったし不安でしかたがなかった」と言います。産後も心配ごとはつきませんでしたが、のぞみちゃんは困難を乗り越え、成長しています。あかねさんは同じような状況のママたちの力になりたいと、リトルベビーサークル「こめっこくらぶ」を立ち上げ活動をしているそうです。

また、11月17日の世界早産児デーに合わせ、12月17日(土)〜22日(木)に新潟県民会館で、小さく生まれた赤ちゃんたちの成長の様子などの写真展を行うそうです。

新潟リトルベビーサークル こめっこくらぶ ホームページ

新潟リトルベビーサークル こめっこくらぶ インスタグラム

●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は記事執筆当時の情報であり、現在と異なる場合があります。

小嶋絹子先生(こじまきぬこ)

PROFILE
新潟大学地域医療教育センター 魚沼基幹病院 地域周産期母子医療センター/小児科部長・特任助教。2001年新潟大学医学部卒業。小児科学教室に入局し新潟県内の関連病院で勤務。2015年より現職。小児科専門医、周産期専門医・指導医(新生児)、国際認定ラクテーションコンサルタント。

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