「抱っこすると思わず涙する人も・・・」2カ月4g~10カ月3000gまで、9体の胎児人形がつなぐいのちのバトン
助産師で上智大学助教でもある光武智美さんと、羊毛フェルト作家であり保育士でもある小林尚美さん。2人は、妊娠月数と同じ大きさと重さの羊毛フェルト製胎児人形の展示や人形を用いた講演を行い、いのちの大切さを伝える活動をしています。2022年10月下旬にパシフィコ横浜で開催された「たまひよファミリーパーク」で、ブース展示を行っていた小林さんと光武さんに話を聞きました。
いのちのおもさを体感してほしい
――2010年に9体の胎児人形を展示する「いのちのおもさ展」を開始し、小中学校での出張授業や、たまひよファミリーパークにも出展しているそうです。活動のきっかけは?
小林さん(以下敬称略) 羊毛フェルト作家をしていた私が、以前制作した9体の胎児人形をを何かに活用できないかと思い、ママ友だった光武さんが助産師をしていると聞いて相談してみたんです。
光武さんは助産師として、ちょうど子どもたちにいのちの大切さを知ってもらう方法を探しているところでした。そこで、2人で胎児人形を使った授業をしてみよう、とPTA活動として自分の子どもの学校で授業をしたのが始まりです。
――活動を始めて12年、胎児人形はずっと同じものを使用しているんですか?
小林 はい。この胎児人形は、羊毛フェルトといって、羊の毛にニードルパンチという針を刺して固めて形づくる技法で作っています。大きさは胎児の医学模型を採寸して、重さは胎児の平均体重と同じ重さになるようにおもりを入れています。
この羊毛フェルトは作るのがすごく大変で・・・9体の人形を作るのに半年くらいかかっているんです。たくさんの人に抱っこしてもらっていると、毛玉ができたりしますが、そのメンテナンスをしてずっと大事に使っています。
授業や展示の初めに人形の抱っこのしかたは伝えますが、みなさん、大切に抱っこしてくれるから、これまでひどくいたんだことはありません。
――胎児人形を抱っこさせてもらいましたが、まるで首すわり前の赤ちゃんのように、首のところがぐらぐらするようにできているんですね。
小林 そうなんです。パーツを全部作ってから組み合わせているんですが、体と頭を組み合わせたら首がぐらぐらしたんです。できあがったとき「本物の新生児みたいだな」って自分でも思いました。ぐらぐらするから、みなさん、新生児を抱っこするときのように、首のところを支えて大切に抱っこしてくれるようです。
胎児人形を抱っこすると、思わず涙する人も
――これまで授業や展示で人形に触れた人数はどのくらいですか?
光武さん(以下敬称略) 「いのちのおもさ」の授業では合計8500人くらいです。2014年から「たまひよファミリーパーク」のイベント展示をしていますが、これまで東京・名古屋・大阪の会場に合計10回展示して、1日で1000人くらいの人に抱っこしてもらえるので、10回で1万人くらい、合計で1万8500人くらいの人に抱っこしてもらっています。
これだけの人数が抱っこするということは、この人形が抱っこしてくれた人たちの想いやいのちをつなぐバトンのようにも感じます。胎児人形を抱っこして涙する人もいます。
たまひよのイベントでは、妊娠中に抱っこした人が、翌年「生まれました」と再び来てくれることもありました。今回のイベントでは小学生くらいの上の子を連れた2人目妊婦さんも「懐かしい」といって抱っこしにきてくれました。
――パパたちの反応はどうですか?
小林 パパたちはすごく感動してくれますね。「これがおなかに入ってるの!すごいね!」とママのおなかをさすったり、胎児の重さをリアルに感じて「ママにもっと優しくします」と話してくれるパパもいます。
今年は「育休取ります!」と宣言をしたパパもいました(笑)。
光武 おなかの中で赤ちゃんを育てるママと違って、パパは赤ちゃんが少しずつ育つ体験ができないし、なかなか実感がわきにくいのでしょう。だから赤ちゃんが生まれて、すぐお世話に取りかかれるママと、戸惑うパパとでギャップが生まれてしまうこともあると思います。
でも、胎児人形を抱っこしてその重さを疑似体験することで、パパになる実感も持ってもらいやすくなるのかな、と思います。デパートで展示を行ったときには、80代の男性が「妻に感謝したいと思った」と感想を言っていたこともありました。
――今回、たまひよファミリーパークは3年ぶりにリアルな場での開催になりましたが、コロナ前と比べ来場者の反応に変化は感じましたか?
小林 今回は、コロナ禍で生まれた子とその家族が多く来場していました。以前と比べて家族の絆がより深い印象を受けました。とくにパパがママと赤ちゃんに寄り添って、夫婦で一緒に子育てにかかわろうとしていると感じます。
私たちが子育てしていた20年前くらいは、父親は外で働き母親は家で子育て、という家庭が多かったので時代の変化も感じました。
光武 一方で、展示ブースで胎児人形を抱っこしてくれる人の感想は変わりません。「すごいな」と感動したり、「おなかにこんな重い赤ちゃんが入ってるのか」と驚いたり・・・。開催がなかった2年間を経て、たまひよファミリーパークのようなイベントでたくさんの人に抱っこして感じてもらうことって、すごく意義があることだとあらためて強く感じました。
小林 2カ月の赤ちゃんを連れてきてくれた人で「今日がこの子の初めてのお出かけなんです」という人も。おなかの中にいたときのことがすでに懐かしくなっているようでした。みなさんがとっても楽しみにして来てくれたことに、私もすごく感動しました。
子どもたちに自分を大切にする気持ちを持ってほしい
――2012年に写真絵本『いのちのおもさ』を自費出版されたそうです。反響はどうでしたか?
小林 子どもたちに知ってほしいという思いと、妊婦さんの妊娠中の不安を少なくして赤ちゃんの成長を感じてほしい、という2つの目的で出版しました。初版時は大分県の幼稚園・小中学校・特別支援学校などに寄付して、学校の教材としても使われていました。
出産のあとに、子どもの誕生日プレゼントにしたり、出産祝いにする人もいたようです。
また、「いのちの授業」をするときに教材としても使用しています。
光武 「いのちの授業」や絵本を通して、子どもたちに自分や、将来の自分の子どもの命も大切にしたいと考えるきっかけになればと思っています。それがいじめや虐待の解決につながるとも思いますし、自分を大切にする気持ちがあれば、早すぎる性行為も踏みとどまる一助になるのではと考えています。
――親が育てられない子どもを匿名で預ける「赤ちゃんポスト」を東京にも設置しようとする動きがあるようです。このことについてどう考えますか?
光武 だれにも相談できないまま一人で出産し、赤ちゃんが置き去りにされてしまうことや、亡くなってしまうことを避けるためには「赤ちゃんポスト」は普及してほしいという気持ちはあります。ただ、「赤ちゃんポスト」と並行して普及してほしいのは、相談機関だと思います。妊娠してどうしたらいいかわからず、親にもだれにも相談できずにいるうちに、おなかがどんどん大きくなって・・・と、妊婦さんが葛藤を抱える間に、相談できるだれかや、助けてもらえる場所があれば、何かしらの手段が取れるでしょう。予期せぬ妊娠をした際に相談できる機関を充実させること、妊娠継続に困ったとときにどこに相談すればいいのか、という知識を普及することも充実させていく必要があるのではないでしょうか。
お話・監修・画像提供/小林尚美さん、光武智美さん 取材・文/早川奈緒子、たまひよONLINE編集部
羊毛フェルト製の胎児人形を実際に抱っこしてみると、やわらかい感触とずっしりとした重さで、不思議なあたたかみを感じます。たまひよファミリーパークの展示ブースを訪れたママやパパたちが、胎児人形を抱っこすると自然とにこやかな表情になっているのが印象的でした。
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小林尚美さん(こばやしなおみ)
PROFILE
羊毛フエルト作家。女子美術大学芸術学部工芸科卒業。中学・高校の美術・工芸教員1種免許取得。保育士・幼稚園教諭2種免許取得。カワイ絵画教室講師などを勤め、2019年、アトリエ杵築オープン。絵画工作教室、オンラインレッスンなどの指導を行う。2012年光武氏とともに羊毛フェルト製の胎児人形を使った「いのちのおもさ展」「いのちの授業」の活動開始。
光武智美さん(みつたけともみ)
PROFILE
助産師。上智大学総合人間科学部看護学科助教。博士(健康科学)。大学病院や産科医院、助産院などでの勤務、地域の赤ちゃん訪問やパパママ教室など幅広く活動。2012年より小林氏とともに羊毛フェルト製の胎児人形を使った「いのちのおもさ展」「いのちの授業」の活動開始。2016年より現職。