妊婦に加熱不足の肉は危険!子どものだ液・尿にも感染リスクが。母子感染症から赤ちゃんを守るため、予防の周知徹底を【専門家】

妊婦さんがウイルスや細菌などに感染し、おなかの赤ちゃんにも感染することを母子感染といいます。先天性トキソプラズマ症、先天性サイトメガロウイルス感染症も、妊娠期に注意が必要な母子感染症ですが、産科や母親学級などでは十分な指導が行われていないのが現状だといいます。先天性トキソプラズマ&サイトメガロウイルス感染症患者会「トーチの会」の代表を務める渡邊智美さんと、同会の顧問を務める、長崎大学大学院 小児科学教授 森内浩幸先生に、おなかの赤ちゃんをトキソプラズマやサイトメガロウイルスから守るために必要なことを聞きました
2022年度中には、保険適用で抗サイトメガロウイルス薬が承認される見通し
先天性トキソプラズマ症、先天性サイトメガロウイルス感染症は、けして珍しくない母子感染症です。しかし治療や早期発見には課題があるといいます。
――母子感染で、赤ちゃんがサイトメガロウイルスに感染した場合、治療はできるのでしょうか。
森内先生(以下敬称略) 妊娠中、サイトメガロウイルスに感染し、母子感染した場合、おなかの赤ちゃんは流産、死産、脳や視力障害、進行性の難聴などになることがあります。
感染して生まれた赤ちゃんに脳や目・耳などの障害があったら「バルガンシクロビル」という薬を6か月間投与することが推奨されていますが、保険適用されておらず、治療できる赤ちゃんは限られていました。
しかし国内での研究成果を受けて、2022年度中にはバルガンシクロビルが保険適用される見込みです。早期投与することで、聴覚障害の進行などが抑えられると期待されています。
この薬が保健適用となれば、治療の道筋ができますが、万一、強い副作用が出現した場合、治療ができなくなってしまうことが課題になります。また、この薬で十分な効果が得られない場合もあります。
1種類の薬だけではなく、有効性・安全性が確認され、保険適用で使える薬が増えれば、治療の幅が広がります。
――赤ちゃんがサイトメガロウイルスに感染していることは、どのようにしてわかるのでしょうか。
森内 2018年から、先天性サイトメガロウイルス感染を確定診断するため、生後3週間以内の新生児の尿を用いた検査キットが保険適用になっています。また2021年にはスクリーニング尿検査の簡易キットも発売されています。
――こうした新生児の尿検査は全国的に行われているのでしょうか。
森内 さまざまな理由でサイトメガロウイルスの感染が疑われる赤ちゃんに対して、日本全国で広く検査が行われるようになって来ました。でも、たとえば、新生児聴覚スクリーニングで再検査が必要となった赤ちゃんへのサイトメガロウイルス検査も呼びかけられているものの、診断可能な時期(生後21日以内)に実施できていないケースは、今でもかなり多いようです。産婦人科医、小児科医、耳鼻咽喉科医への啓発が、もっともっと必要です。
――トキソプラズマに感染した場合は、治療はできるのでしょうか。
森内 おなかの赤ちゃんがトキソプラズマに感染すると、流産、死産、脳や目などに障害が生じることもあります
2018年には、妊娠中にトキソプラズマに初感染した可能性がある妊婦さんに保険適用で「スピラマイシン」の投薬治療ができるようになりました。「スピラマイシン」は投薬が早いほどおなかの赤ちゃんの感染を防ぐ効果が高いため、早期発見がカギになります。
早期発見は妊娠中の抗体検査ということになりますが、感染者の多いフランスでは、妊娠中トキソプラズマの抗体検査は何回も行います。しかし日本では任意検査で、妊娠中1回も抗体検査を行わない妊婦さんも珍しくありません。
おなかの赤ちゃんを守るには、予防の知識が必須
先天性トキソプラズマ症や先天性サイトメガロウイルス感染症を防ぐワクチンは残念ながらありません。そのためこの2つの病気を防ぐには、日ごろの予防しかないのです。トーチの会では、「知識というワクチンで、防ぎましょう」というキャッチフレーズで、トキソプラズマ、サイトメガロウイルスへの感染予防を呼びかけています。
――「知識というワクチンで、防ぎましょう」というキャッチフレーズに込めた想いを教えてください。
渡邊さん(以下敬称略) この2つの病気を防ぐワクチンは残念ながらないので、必要なのは生活の中での予防です。トキソプラズマもサイトメガロウイルスも、ごくありふれた日常の中で感染する可能性があるので、とくに妊婦さんは注意が必要です。
トーチの会では「妊娠中の感染予防のための注意事項-11か条」をイラスト入りでわかりやすくまとめているので、ママやパパはぜひチェックして、予防してください。
妊娠中の感染予防のための注意事項-11か条
――注意事項の中には、「ネコの汚れたトイレに触れたり、掃除をしたりするのはやめましょう」とあります。猫を飼っている家庭も多いと思うのですが、これはなぜでしょうか。
森内 猫のフンには、トキソプラズマ(の卵)が排出されていることがあります。でも、とっても小さいので目には見えません。
健康な人がトキソプラズマに感染しても問題はないのですが、妊婦さんが初感染すると流産、死産の原因になったり、おなかの赤ちゃんの脳や目に障害を起こしたりすることがあります。
ただし注意が必要なのは、トキソプラズマに感染して2週間以内の猫です。すべての猫が危険な訳ではないのですが、目で見て判断できるものではありません。
そのため妊娠中は猫のフンの処理は、パートナーに任せるのがいいと思います。猫のトイレは毎日、掃除しましょう。
妊婦さんが猫のフンの処理をするときは、使い捨てのビニール手袋をして、眼鏡などをして感染を防いでください。フンの処理後は、すぐに手を洗いましょう。
渡邊 また室内でずっと飼ってる猫だと感染のリスクは低く、フンの中にトキソプラズマが排出される可能性は低いのですが、エサとして生肉を与えているとトキソプラズマに感染し、フンの中にトキソプラズマを排出するリスクが上がるので注意してください。
猫のフンから排出されたトキソプラズマは、一般的な消毒液では殺すことができませんし、土や砂、水の中に紛れ込むと数カ月にわたって生き続けるので、土、砂、水が感染源になってしまいます。
どの猫が感染しているかわからないので“うちの猫は大丈夫”とは思わないでほしいです。
――ペットとして飼っている犬や鳥は大丈夫なのでしょうか。
渡邊 トキソプラズマは、猫だけでなく犬や鳥が感染することもありますが、トキソプラズマをフンで体外に排出するのはネコ科の動物だけです。
妊娠中の喫煙、飲酒の危険性と同じように周知徹底を
妊娠中のトキソプラズマやサイトメガロウイルスの感染を防ぐには、まわりの人の病気への理解や予防知識も欠かせません。
――妊婦さんがトキソプラズマやサイトメガロウイルの感染を防ぐために、ほかに必要なことを教えてください。
渡邊 妊婦さんだけでなく、家族を含め、親せき、友だち、勤務先などまわりの人たちにも予防について知ってもらうことが大切だと思います。妊婦さんをはじめ、まわりの人たちも知らないがために感染リスクのある行動をとってしまうことがよくあります。
森内 たとえばサイトメガロウイルスは子どものだ液にも含まれています。健康な人が感染してもまったく問題はないのですが、妊婦さんが初感染したり、疲れていたりして免疫力が低下しているときに再感染すると、おなかの赤ちゃんに影響を及ぼすことがあります。
たとえば子どもの誕生日会に妊婦さんを招いて、子どもがろうそくの火を吹き消したバースデーケーキを取り分けて、妊婦さんに振る舞うのは危険な行為です。ケーキには子どものだ液が付着している可能性があるからです。
また保育園に妊娠中の保育士さんがいたら、園長先生が率先して、年長クラスに速やかに異動させるなどの対応も考えてほしいと思います。低年齢のクラスほど、子どもの唾液や尿からの感染リスクは高まります。
一方トキソプラズマは、前述の猫のフンだけではなく、生や加熱不足の肉を食べることでも感染します。そのため妊娠のお祝いなどと称して、妊婦さんにローストビーフや生ハム、レアステーキなどをごちそうするのも厳禁です。
妊娠中の喫煙(受動喫煙)や飲酒は危険ということは周知徹底されています。医療機関で、X線撮影が必要なときは、必ず妊娠していなか確認されます。トキソプラズマ、サイトメガロウイルスの感染リスクとなることについても、妊娠中のたばこや飲酒と同じぐらい周知徹底されていくことが必要です。
――トーチの会の新たな活動について教えてください。
渡邊 予防については妊娠前からの啓発が必要と考えていて、短期大学の保育科の非常勤講師にお願いして、学生さんたちに先天性トキソプラズマ症、先天性サイトメガロウイルス感染症について授業で取り上げてもらっています。
また2021年11月には、先天性サイトメガロウイルス感染症によって障害をもって生まれた女の子の実話絵本『もふもふライリーとちいさなエリザベス』を出版しました。医療機関の待合室などに置いてあることもあるので、もし見かけたら手にとって読んでみてください。後書きまで読んでいただけると、私たちの親の気持ちがわかっていただけるかと思います。
お話・監修/渡邊智美さん(トーチの会代表) 取材・文/麻生珠恵、たまひよONLINE編集部
渡邊さんは、妊娠30週に受けた妊婦健診で、赤ちゃんの脳に異常が判明。おなかの赤ちゃんがトキソプラズマに感染していることがわかりました。原因で思い当たることは、当時、焼肉店で出されたユッケやレバ刺しを食べたことくらいでした。渡邊さんは「知識がなかったという後悔をほかの人にさせたくない!」という思いで、トーチの会の活動を続けています。
渡邊智美さん(わたなべ ともみ)
PROFILE
先天性トキソプラズマ&サイトメガロウイルス感染症患者会「トーチの会」代表。歯科医師。わが子の病気の情報が少ないことに困った自身の経験から、自ら患者会を立ち上げる。
渡辺さん着用のTシャツはチャリティーTシャツです。以下のサイトで購入できます。
(2022年11月15日~12月31日まで)
●記事の内容は記事執筆当時の情報であり、現在と異なる場合があります。
『もふもふライリーとちいさなエリザベス』
先天性サイトメガロウイルス感染症により、重い障害を持って生まれ16歳で亡くなった、アメリカの女の子・エリザベスの半生を母がつづった、実話小説『エリザベスと奇跡の犬ライリー』(著者/リサ・ソーンダース)の絵本版。トーチの会がクラウドファンディングで制作費を募り、2021年11月に出版しています。ナカイサヤカ文、うよ高山絵、リサ・ソーンダース原作/2090円(THOUSANDS OF BOOKS)