「病院にかかることが難しい外国人の妊婦」「生き延びるため、パートナーではない人と暮らして妊娠した女性」いくつもの出会いが活動の原動力に【助産師・土屋麻由美】
妊娠が、希望や喜びに満ちたものではないこともあります。私たちの身近なところで、予期せぬ妊娠にひとりで悩み、苦しみ、葛藤している人たちがたくさんいるのです。そんな妊娠が「困りごと」になっている人たちの相談に乗る「にんしんSOS」の活動や、居場所のない妊婦さんへの衣食住のサポートなどを行っている認定NPO法人ピッコラーレで理事を務める助産師の土屋麻由美さんに、今の日本で実際に起きている妊娠事情について聞きました。全2回インタビューの前編です。
妊婦さんや赤ちゃんの命を守るためには、相談員が一緒に動くことが重要
東京で助産所を開業し、自宅出産を希望する妊婦さんの出産の介助を行っている助産師の土屋麻由美さん。彼女の顔はそれだけではありません。認定NPO法人の理事として、予期しない妊娠で葛藤する人に寄り添い、居場所のない妊婦さんの衣食住を提供する活動や、出張保健室と呼んでいる学校や地域の居場所での中高生向けの性教育、さらには窓口に寄せられた相談から見える問題についての講演や行政への政策提言なども行っています。
土屋さんがこのような活動を始めたのは、印象的な妊婦さんたちとの出会いがあったからだそうです。
「助産師として大学病院や助産院への勤務を経て、出張専門の助産師を開業したのが28年前。その後、助産所を開きましたが、この28年の間に、いろいろな事情を抱える妊婦さんに出会いました。
たとえば、オーバーステイで不法滞在になっている外国人の妊婦さんから『お金がないから、出産の日だけ関わってもらえないか』という相談。不法滞在だとわかれば、国に強制送還されてしまうことを恐れて、病院にかかれないから、健診も受けていないし、受けられない。そのような状況だから、1人で出産せざるを得ないんだけれども、とても不安だから、出産の日だけ関わってもらえないか、と。健診も検査も受けないで、 お産をお受けするのは難しいので、まずは、検査だけでも病院で受けないかと伝えたら、その後、連絡は来なくなりました。その後しばらくして、同居人の方から「自宅で出産をして無事に生まれたが、しばらくしたら子どもを置いて出て行ってしまった。子どもをどうしたらいいか」と連絡が入ったことがありました。
また、住む場所にも困っていて、生き延びるために、パートナーではない人たちと居場所を共にする中で妊娠をしてしまったという女性との出会いもありました。彼女自身、妊娠しているとわかっていなくて、相手が誰かもよくわからない状況で、気がついたら予定日近くになっていたという時点で相談に来られたのです。
付き添って来られた親戚のおばさんが『突然来たと思ったら、おなかが大きくて。 本人は太っているだけだというんですが、そのおなかは絶対に妊娠だよと病院に連れて行ったら、妊娠が判明したんです。でも、その病院では出産を取り扱っていないから、ほかの病院を探してほしいと言われて、相談に来た』という経緯でした。
ご本人は今の自分の状況で子どもを育てることはできないから、養子縁組に出すことを考えていらっしゃいました。でも、おばさんが『産後1カ月は私が手伝うから、1カ月は自分で育ててみたらどう? それで無理だったら、赤ちゃんを誰かに託すっていう選択もできるし、産んですぐに手放すなんて、あなたも苦しいだろうし、子どもにとってもどうなのかな?』って言ってくださったんです。その言葉によって、その女性は 1カ月間だけなら…という気持ちで出産し、1カ月頑張って赤ちゃんを育てました。
その後、彼女は、女性相談員の方や子ども家庭支援センター、児童相談所など、いろんな方が関わってくださったことで、仕事にも就いて自立し、1人で子どもを育てていくことができたんですね。
このときに感じたのは、さまざまな困難な課題を抱え、妊娠してもなかなかつながり先もない人の支援は、相談を受けたとしても、自分1人で抱えられるものではなく、行政にも関わってもらいながら、チームで支援をして行くことが必要だということ。ただ、その時点では、こういう活動を一緒にやろうという人がいるかどうかもわからない状態でした。
それから10年以上たち、熊本の慈恵病院で、匿名で赤ちゃんを預けられる「こうのとりのゆりかご」事業の相談員をされていた助産師の田尻由貴子さんが中心となって、全国妊娠SOSネットワークという会議が開かれました。そこに参加した仲間の助産師たちと話を聞いて、『これはとても大変な問題だから、東京に相談窓口を立ち上げないか』という声かけがあり、私もこのメンバーとだったら一緒にこの課題に対して活動していけるんじゃないかと思い、みんなで活動を始めました。
思いがけない妊娠を1人で抱え、この妊娠が、ほかの人に知られてしまったら、自分は今の生活を送ることができなくなるのではないかと考え、だれにも相談できずに孤立してしまう方たちと実際に対面してみて、妊娠に気づいても、どうすることもできないと思ってしまったり、自分で行動することが難しい人、困窮されていて受診に必要なお金がなくて病院も行けないという人は、その日、生きることだけで精いっぱいで、安全に妊娠生活を送り、出産をしようというところまで、考えが及ばないのではないかと感じました。
それでも、お産が近くなり、やはり1人じゃ不安で、やっとの思いでSOSを出してきてくれたとき、これまでの生活や妊娠の経緯や本人の思いを聞き、一緒に同行して、医療や福祉につなげて、出産を迎えることができれば、その女性や赤ちゃんの命を守ることができるんだという経験は大きかったです」(土屋さん)
こうして、のちに『“にんしん”をきっかけに、だれもが孤立することなく、自由に幸せに生きることができる社会を実現したい』という理念をもとに活動を行う認定NPO法人ピッコラーレの前身団体がつくられたのです。
「生理、来てるよね?」相談を受けていて感じる「性教育の不足」
土屋さんが活動を行っている認定NPO法人ピッコラーレでは、東京・埼玉・千葉で、電話、メール、チャットで「にんしんSOS」という相談窓口を開設しています。この相談窓口には若年女性からの相談が多いですが、年齢や性別に関係なく、相談があるといいます。
「だいたい10代・20代の方からの相談が約35%ずつ、30代が約10%で、40代以上や年齢不明の方が約20%という感じですね。昨年度の東京に関しては、男性からの相談も19%あって、男性の相談が若干増えてきているかなという印象です。
相談窓口には『妊娠初期症状』『妊娠したかもしれない』『妊娠 不安』『妊娠 相談』『中絶費用』『高校生が妊娠』『避妊に失敗』のようなキーワードで検索して、たどり着いている方が多いようですね。
相談を受けていて感じるのは、性教育の不足です。先日も、初めて性行為をして1カ月後に生理が来るか不安という相談があったんですが、よくよく話を聞くと、性行為の翌日に生理があったそうなんですね。『あれ? 生理、来ているよね?』と聞くと『はい。でも次の生理が来るか不安で』と話されるんです。その方は、性行為をしたあとに生理があったら、妊娠の可能性はないということを知らず、1カ月間ずっと不安を抱えていたらしいんです。
性行為をしたあとに不安な要素があったりすると、小さなことでもいろいろと不安になってくるんですよね。生理前のおなかが張ったり、腰がだるかったりする症状も妊娠の初期症状に思えたり、風邪で発熱しても『妊娠すると体温が上がるって聞いたから、妊娠しているのかもしれない』と。それで、『夜も眠れません』『相手には言えません』と悩んでいるという方はとても多いです。
ただ、そのような相談の中にも、『妊娠検査薬で調べてみたら陽性が出た。もう1度調べて陰性になったりはしないでしょうか? 私は本当に妊娠してしまったのでしょうか?』という相談もあります。
このあたりは、性についての知識不足かなと感じるんですが、学校では妊娠の現実についてはあまり取り扱ってないんです。受精して胎児が育っていくところが、保健で理科的な感じで説明がありますけれども、妊娠したら女性はどんな状況になるかとか、どのタイミングで病院に行くかとかは、教科書には書いていません。避妊についても、高校生で習う内容なんですが、学校によって教えられる内容には差があります。
だからこそ、本当に知識がない子たちは必要以上に不安に感じてしまって、孤立してしまっているように思います。そんな状況の中で妊娠の相談をしているところが無料であるっていうことを知って、妊娠しているかどうかはわからない、疑わしい状況だけど…という感じの相談は多いですね。
男性からは、『コンドームで避妊をしていたけれど、相手の女の子に生理が遅れていると言われた。自分には関係ないですよね』というような、知恵をつけて逃げようとしている相談もありますし、『友だちはコンドームを使わずに外出ししていて、それでも妊娠なんかしないよって言っていたのに、彼女が妊娠検査薬で陽性が出たって言っている。自分は外に出しているから、ほかの人ですよね?』みたいなことを本気で言ってくる方もいます。
でも、そういう責任を逃れたい人ばかりではなくて、『コンドームが破れてしまって、自分はアフターピルを飲んでもらいたいから、お金は半分出すので産婦人科に行ってもらいたいと彼女に言っているんだけど、彼女のほうがそんな簡単に妊娠しないよって言って病院に行ってくれない。もしも妊娠していたら、自分が責任を取らなくちゃいけないと思うと、押しつぶされそうになってしまって、とてもつらい。だから、妊娠する可能性があるということを彼女に伝えてほしい』と、彼女と一緒に相談をしてくるケースもありました。
あとは、性行為をして間もない時期で妊娠週数もあやふやな感じなのに『相手から病院で妊娠しているって言われたから中絶費を払えと高額請求されています』みたいな、男性からの相談もあります」(土屋さん)
性に対しての知識がたりないからこそ、湧(わ)いてくる不安。そして、その不安をだれにも話すことができず、押しつぶされそうになる――。相談を受けていて、そんな人がとても多いと土屋さんは言います。このような背景もあり、土屋さんが理事を務めるピッコラーレでは「『包括的性教育※』を広げよう」というキャンペーンを行うなどの活動もしています。妊娠が困りごとになり、不安や恐れを感じて孤立してしまう理由のひとつに包括的性教育の不足があると考えているからだそうです。
※性や生殖について権利としてとらえ、同意や人との境界線、また性の多様性やジェンダー平等など、性についての知識を幅広く身につけること
お話/土屋麻由美さん 写真提供/認定NPO法人ピッコラーレ 取材・文/藤本有美、たまひよONLINE編集部
妊娠は、思いがけないことであれば困りごとになって社会から孤立し、場合によってはその人を押しつぶしてしまうことがある――。実際の妊婦さんの経験を聞き、改めて、今この瞬間も悩み、苦しんでいる人の存在を認識しました。それと同時に、性や生殖について、幅広く知識をつけていくことは、自分自身を守ることにつながるのだと感じました。後編では、最近話題になっているアフターピルのお話や、守られるべき「性と生殖に関する権利」とはどんなことなのかなどについて聞きます。
土屋麻由美さん(つちやまゆみ)
PROFILE
助産師。認定NPO法人ピッコラーレ理事。大学病院、助産院勤務を経て、1997年4月に出張専門の助産師として東京都中野区で開業。その後、東京都練馬区で麻の実助産所を開業。自宅出産をサポートするかたわら、自治体などの母親学級の講師や、きょうだいが生まれる家族に対しての出産準備教育の実践、幼稚園・保育園、学校、地域で、幼児から大人まで性教育実践を行っている。妊娠に関する相談支援窓口「にんしんSOS東京」を運営する認定NPO法人ピッコラーレの理事も務める。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●掲載している情報は2025年4月現在のものです。